「愛の予備校」というオンラインの講座をやっているのですが、そこでは対人関係にまつわる星を毎回ひとつずつピックアップして、自分や相手が関係のなかでどんなものを求めているのか、その奥にあるニーズは何かということを細かく探求しています。
先日は小惑星セレスをテーマにワークをしました。小惑星って細かく見ていくと、日常のなかでしっかりと機能しているなと感じます。
セレスはローマ神話における豊穣の女神で、ギリシャ神話のデメテルと同一視されます。
セレス(Ceres)という名前はシリアル(Cereal)の語源になっていて「穀物」ですね。デメテルは「大地の女神」「大地の母」という意味があるので、両女神は大地母神といえます。
デメテルの父親は土星クロノスですが、クロノスは季節の運行や農耕の一連の生成プロセスを司る神です。娘はこの流れにおいて、絶えず実らせ続けること、世界を豊かにすることの象徴でもあるわけですね。
この育成する質というのは、私たちのなかで絶えず働いています。季節の運行と生成プロセスの土星と、自然の満ち欠けのリズムに合わせて、日常を育むための器は月。そこにセレスは豊かに実らせるという貢献をしているのでしょう。
これらの月・土星・セレスの質を通して、育成する質が私たちの日常に入り込んでいます。農業、林業はもちろんですが、家畜を飼育したりですね。ゲームのジャンルでも育成系って、かなりありますが、私たちの「何かを育てたい!!」という本能が刺激されるのでしょうね。
しかし、せっかく大事に育てたものに裏切られる、ということは、ままあります。親子間ではしょっちゅうありますよね。親の心、子知らず。
神話のなかでも、デメテルが手塩にかけて、人目に触れないように箱入りで育てた娘が、冥王ハデスに誘拐されてしまいます。
このくだりを読むと、たまに夏の農村部で見かけるローカルニュースの野菜泥棒を思い出します。せっかく丹精込めて育てたのに、収穫直前に根こそぎ盗まれるとは…!! 金額の問題でなく、大事なものが踏みにじられる悔しさがありますよね。
泥棒でなくても、イノシシに食い荒らされたり、台風で根こそぎ流されてしまったり、虫にやられて全滅……ということもあるでしょう。
デメテルが体験したがっかり感は、私たちが大切に大切に、時間と愛と労力を惜しみなく捧げ続けてきた、その対象に裏切られたときのそれです。
男に裏切られた、女に裏切られた、仲間に裏切られた。上司に見限られた。部下がついてきてくれなかった。仕事で望むような成果を出せなかった。育ててきたものが思うように実らなかった。
これまでかけてきた愛と労力と情熱は無駄だったのか?
セレスが人間関係に関わってくるのは、まさにこの部分です。大好きな人のために自分を捧げたのに「あーあ」っていう経験って、誰にもありますよね。
そして期待が大きいほど、喪失感も大きく、嘆き、悲しみ、荒れて「もう愛を捧げるのはやめてしまおう」とも感じられるでしょう。神話のデメテルは悲しみのあまり、大地を実らせる仕事を放棄してしまいます。
その愛と情熱を向けることで、何を得ようとしていたのか……その奥にあるニーズを自覚することが、とても大事だなと感じます。
ある人にとっては、その対象に愛を向けることで「安心」を得ようとしていたのかもしれないし、別の人にとっては「貢献」したかったのかもしれないし、あるいは「居場所」や「意味」や「つながり」を求めていたのかもしれないですね。それらを得るために、私たちは愛と労力と情熱をその対象に捧げてきたのです。
それらのニーズが外からもたらされることを期待して、せっせと尽くしてきたのかもしれませんが、私たちの内側に自分の必要なものはすべて宿っています。
私たちは自分に力があることを、外の世界に投影して見ることが好きなので、外に自分の一部を見ようとしますが、そのもとになっている力は自分のなかにあるので、たとえ、外側でそれを見ることができなかったとしても、目の前の人に、目の前の結果に、がっかりするようなことが起きたとしても、本当の意味でそれが失われることはありません。
自分のなかにある安心や、貢献や、居場所や意味やつながりを見出して、すでにそれが満ちていることを思い出すことができれば、本当は何も失っていないことがわかるでしょう。
小惑星セレスは、私たちが外の世界に求めてやまない愛を、自身の豊かさで満たすことができるという、インナーマザーの象徴です。他者との関係に裏切られて、がっかりしたときほど、セレスの愛を内に見ることで、私たちは自身を成熟させることができるのでしょう。