11月から8ハウス研究会が始まりましたが、先日は占星術の研究クラスで「冥王星の探求」を、みっちりとやりました。冥王星だけにスポットを当てて、じっくりと熟考する、深くて豊かな時間。
冥王星は命の源であり、生きている命のエネルギーそのものであり、だからこそサバイバルするための激しい本能でもあるんだなと、探求するほどにつくづく感じます。
命はいつでも動いているのですが、特に激しい形で出現するのは8ハウスなので、他者との深い関係に突入したときですが、これは集団同士が生き残りを賭けて戦う本能だったり、より強い子孫を残すために条件の良い相手を見つけようとする本能だったりもしますね。
あらゆる動物が、この地上に生まれてきた限り、生き残るために小さくても大きくても、どんな特性だろうとも、過酷な運命や状況のなかで戦う力。そこにある激しさと賢さ。
私たちは命の危機に直面すると、それを乗り越える力や知恵を持っていないとき、硬直する、パニックを起こすでしょう。その硬直したものは、私たちがそれを扱えるようになるまで、そのまま留まります。
冥王星の持つ激しい命のきらめきを、いかに自分の力に変えるか……その激しさの扱い方をマスターするために、8ハウスの向かいに2ハウスがあるのでしょう。技術や知識、経験を使って「わたしのモノ」にする。
2ハウスに入ったものは、自分に属するので、自在に使えるようになるわけですね。すると激しい状況においても、冷静に行動することができるようになるのでしょう。
冥王星の探求は興味が尽きないのですが、それは命そのもの、人間が持っている深くて神秘的な能力そのものの探求だと感じます。
平和な時代と場所に生まれた私たちは、職業的な立場でもない限り、なかなか日常で死を思うことは難しいものです。
戦時中はいつも死は隣人のように身近にあっただろうし、それ以前の食うや食わずの時代も、いつでも死は手を伸ばしたところにあったのだと思います。
12ハウスは「いかに死に向かうか」というテーマを扱う部屋ですが、死を想うことで、私たちの人生は色鮮やかに息づき、その出会いや、会話や、いまを生きる一瞬が、とても大切なものとなるのでしょう。