2021年7月24日11:36に水瓶座の満月です
いろいろなことが起きて、数多くの計画が混沌に巻き込まれたけれど、それでも天頂に太陽の輝く獅子座の季節を迎えました。さまざまな意味で忘れられなくなりそうなオリンピックの夏。内側に複雑な思いや葛藤を抱えこみながらも、輝きをもって、過去を超えていく夏ですね。
光が満ちると影も色濃くなります。ひとつの極が際立つと、もう一方も際立つのは当然のことで、その明暗を、異なるふたつの極を、さまざまな状況において体験する夏となるかもしれません。
そもそも水瓶座はふたつの矛盾する極を持つサインです。土星と天王星という、真逆の質のふたつの星に支配される水瓶座は、自由を求めながらも、内なる秩序には絶対的に従い、革新的に目に見える物事を変えていきながらも、普遍的な変わることのない価値を求め、あらゆる物事をくつがえして混乱をもたらすと同時に、すべての人々が理想としてめざしていく希望をも象徴します。
つまり私たちが水瓶座グレコン時代を生きるということは、自由で革新的でこれまでのルールを破壊することで混乱をもたらすと同時に、自分の信念を見つけ出し、世界の絶対的な法則を理解して、すべての人たちの理想とする自由と尊厳を人道的に担保し合う生き方に向かうことでもあるのでしょう。
自由と革命の象徴であると同時に、正義を司る水瓶座は、たましいへの尊厳……決して生まれや育ちや性や固有の性質や能力の有無やその差異によって、誰かを傷つけることはできないし、誰からも傷つけられることはないという、すべての人々が人間として生きることの権利を内包している星座といえます。水瓶座の対面にある獅子座の「生きている生命としての存在」へのリスペクトに他になりません。
つまるところ風の時代、水瓶座の時代というのはこれに尽きるわけで、誰もが堂々と自分として生きる時代であり、それがどんな個性であろうと、選択であろうと、他者のそれを侵さない限りは批難されることはないし、お互いがそれを認めて尊重し合う、たましいを支え合う時代なわけですね。
しかし、私たちは風の対極として、水のエレメントを内側に有しています。それは私たちが心を持っているということで、心の特性である共感性はおのずと「好き嫌い」を生じさせるわけです。水は親近感を感じるものと一体化したがり、嫌悪感に触れるものを遠ざけよう、自分の世界から取り除こうとする質があるんですね。
この対立する水と風のバランスをとることは、とてもむずかしいです。むずかしいので、喧嘩もいじめも意地悪も戦争も、なかなかなくならないわけです。この対立のチャレンジポイントは「私はあの人のことは好きではないけれど、あの人の存在は認めている」というところに、落としどころを見つけることですよね。
私たちにとって、不快に感じる人を尊重するということは、大きなチャレンジです。でも、好きになることはできなくても、思いを寄せることはできるかもしれない。自分と同じように親がいて、家族がいて、友人がいて、さまざまな経験がある。その経験のなかで傷つき、人格が作られて、その来歴からやってきたもので自分を表現し、生きている。
誰もが自分と同じ命の輝きをもって生まれてきたのだという当たり前の事実を、本心から認識する。そのことが、私たちが自分自身のなかにある、扱いづらい質を認識して、そこにあることをゆるし、私が私の生まれ持ったすべてで生きることに価値をおくことにつながるでしょう。
すべての星を生きる。私の持っているすべてを認識して、命のスイッチを入れる。生命の光が輝いて地上に満ちる。世界のそこかしこで。ありとあらゆるところで。
これこそが水瓶座の象徴する進化と革新であり、自由であり、変わることのない普遍的な価値であり、すべての人たちが理想としてめざす希望でもあるのでしょう。この地上に生きるすべての人たちが、お互いの命の尊厳を担保し合う時代。長い長い差別と排除の時代の終わり。誰もが自分の輝きを放つ時代のはじまり。
さまざまな混乱と共に始まった日本の夏ですが、この混乱は水瓶座の満月そのもの。2月11日を建国記念日とする水瓶座の国・日本と、そこで生きる私たちが、いまひとたび自分自身と、そしてまわりの人々への尊厳に思いをいたして、リスペクトを捧げたい夏です。