木版画-福智仁英ブログ-「LIGHT MADE SHADOW」 -14ページ目
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「花の器展に行く」

花器

今日は天気がいいので自転車でぶらりと画廊喫茶「喫茶去だっく」へ。
工房カポック・竹田悦子さんの「花の器展」をやっていたので気にいったものをひとつ購入。
直径40cmほどの大きな花の器だったので
マスターに「背負って帰るかい?」と言われたので、おもわず調子を合わせて「じゃあ、頭にかぶって帰ります」と言った。
ほんと…お互い芸術作品を何だとおもっているのだろうね(笑)
おまけにマスターは木版画を創る方なのだが、せっかく何時間もかけて彫った版木を摺り終わったからって雨漏りの修繕の材料に使ってみたりするし…ある意味では尊敬しないといけないのかな…真似はしたくないけど…ってそっとつぶやきたくなる。
…と、そんなユーモアから始まって絵の話などなど2時間以上話してしまった。

竹田さんの展示会のほうは今回は趣向が変わり、犬の物語の陶器が面白かった。

「2つ展示会に行きました」

うなか

深川市の小さな美術館「うなかがめ~ゆ美術館・渡辺通子展」に行ってきた。

人柄を表したような作品を一通り観てから通子さんにお話を伺う。


ここでは同じ人物を鏡のように対にした作品についてお話をした。「鏡って不思議なもので『こんな顔見たくない』という否定的な気持ちと『もっと眺めていたい』という肯定的な気持ちが同居していてシーソーのように働くので面白いですね」と作品についてのコメントすると笑いながら同意していただいて次のように話された。

「現代の方たちって相手と話をしているときでも携帯が鳴ると受話器を取るでしょ、目の前の現実の方よりも仮想の存在に振舞わされていて「本質」が観えなくなっているとおもうの」

これは、前から気になってたことなので納得しながらお話を聞いた。

だから今度の作品は「仮想」存在が増えていった作品になるという。

そしてちょうど同席されていた作家の方たちとも作品の写真を観ながらの交流。


そして札幌STV北2条ビルのエントランスアート「さくら、咲く。・北口さつき」にも観に行く。 http://www.stvkohatu.co.jp/entransart/kitaguchisatuki/kitaguchisatukim.html

北口さつきさんは色彩の扱いが大胆でとても気になる作家さん。

http://satsuki-kitaguchi.com/japanese/j-index.htm

アイヌ文様の衣装を着る少女と左右に月、背景にソメイヨシノが咲いている100号3枚の大作をしばらく観つめていた。アイヌ文様の美しさもさることながら丁寧に緻密に描かれた作品に圧倒された。桜という淡い色使いの作品を観ることが出来てよかった。

ほんと、しばらく眺めていたかった…

久しぶりに絵から大きなエネルギーを頂きました。


札幌資料館での展示会が申し込みの結果11月7日~12日に決まったし、これから計画を立てながら作品を創らなきゃ…

「裸婦デッサン会9回目(クロッキー)」

0513デッサン


13日は日常品の買出しをする。

岩見沢の「生鮮市場」を始めて行くが安くて驚いたので、おもわず黒砂糖と黒豆、大豆、金時豆を買いだめできた。

うれしい。


そして、江別で裸婦デッサン、今日はモデルさんになりきろうという「意識」を働かせながら描いた。 わりとうまくいったのをアップ。

がんばります。

「自己矛盾」

自己矛盾-
「自己に対して矛盾すること。自己自身の定立に対して同時にそれを廃棄・否定するような働きが同一の主体に具わっていること。」(広辞苑第一版)


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ルドルフ・シュタイナーの「自由の哲学」の第二章「学問への基本的欲求」という章にこういう文がある。


「我々が事物の中で探し求めているもの、事物において我々に直接与えられている以上の過剰なものは、我々の全存在を、二つの部分に分裂させる。すなわち我々は自分が世界と対立していることを意識するようになる。我々は、自分が世界に対して自立した存在であるという態度をとる。宇宙全体は我々にとって、自我と世界という二つの対立する部分となって出現するのである。
 我々の中で意識がひらめくや否や、我々は自分と世界との間を隔てる壁を築くのである。しかしながら我々は、自分がそれでも世界の一部であり、我々と世界とを結ぶ絆が存在しており、我々は世界の外側にいるのではなく、その内側にいる存在であるという感覚を、決して失わないのである。
 この感覚により、この対立の橋渡しをしようとする努力が生じてくる。この橋渡しの中に見られるのは、究極的には人類の全く精神的な努力である。精神的生命の歴史は、我々と世界との統合を求め続けている試みなのである。宗教、芸術、学問はいずれもこの目標を追及している。」


という内容から「自己矛盾」という言葉が浮かんで広辞苑を調べた。


これは自己の矛盾から虚無の世界に陥ることでも無我の境地だけを目指すことでもないことだというのはなんとなくわかる。


広辞苑でいうところの「自己自身の定立に対して同時にそれを廃棄・否定するような働きが同一の主体に具わっている。」とする「主体」の働きに注目しなければ振り子のようにぶれた標準が定まっていかないような気がする。


ともあれ「自由の哲学」は難しい…まだまだ読んでいる最中。
…もっと勉強が必要だ(汗)

「果てに観得もの」

果て

この版のタイトル。
パソコンで色を配置している最中。
創っている最中のものを御見せするのは少し気がひけるが、今の経過をアップしたい。
赤+青+黄+黒(墨)の不透明水彩予定、何パターンかバリエーションを用意して、そこから決定して各版の制作に移る。

ちなみに、これは90cm×44cmの大きさ。

「彫の途中」

彫の途中


版木を彫っている最中。
この版は4色を予定しているが、
このイメージも捨てがたいので根本から思案中。

そういえばこの前、近くの温泉に行ったとき、いつも行く自転車屋さんの店長にばったり会って「コンピューターの仕事しているのにいい身体しているね」と言われた。
版画を彫れば嫌でも筋肉がつくとおもうのだけど、余計な力をただ単に入れているだけで変な筋肉の付き方かもしれない。

余談でした…(汗)

「江別市セラミックアートセンター」

セラミック


江別といえば陶芸の街、今日はセラミックアートセンターに行ってきた。
「和食の風景2006~春を感じ、楽しむ器~」ということで北海道内の作家の作品がならんでいた。
http://www.city.ebetsu.hokkaido.jp/ceramic/
写真は長畑ふみ子さんの作品。雪だるまの鍋にカエルのはしおき、幾何学模様の皿など表現の引き出しが多くて観ていて面白かった。
作家の毎日の生活に対する視点が伝わってくるようだ。

「版木用下絵完成」

版画下絵1

版画下絵2


版木の方に下絵を描き込む作業が終わった。


1枚目はイメージを膨らませながら描き、

2枚目は身体を使って溜めながら描いた。


1枚目は彫りながら壊していくやり方、

2枚目は彫りながら整理していくやり方で始めたい。


下絵はあくまで下絵なのでそれにとらわれないようにしたい。


今、版画にベタを塗ったので乾くまでの間、江別のセラミックアートセンターで陶芸を観に行ってきます。

「只今製作中」

下絵


版画用の下絵。

90cm×60cmの版木なのでいままでで一番大きい。

3人体と太陽での構成案。いつも下絵からイメージを膨らませていくやり方なので版木に直接描き込む最中が緊張する。 いつもの裸婦デッサンが役に立つといいな…?

「石膏デッサン」

石膏1


いつも練習している石膏デッサン。顔はしっかり描いて頭は適当だけどお気に入り。

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