大連の朝。
寒い。
曇りときどき雨。
濃霧。
今日は旅順観光。
こんなに霧がひどくては
203高地から旅順港は見えまいなと思いながらスタート。
大連から旅順までは車で1時間程度。
距離にして50キロだそうだ。
大連から鉄道も走っているそうだがおよそ2時間かかるという。
どれだけゆっくり走るんだ。。。
まずは東鶏冠山。
日露戦争激戦地のひとつ。
ロシア側の要塞山だ。
山腹には塹壕が張り巡らされ
山内は地下通路が網の目のように走っている。
つい最近まで外国人入場お断りだったらしいが
最近解放されたとのこと。
ただ崩れているところも
多くかつては中に入って見学ができたというが
今は危険なため外から見るだけだ。
残念。
東鶏冠山に撃ち込まれたわけではないが
あの有名な280ミリ弾のレプリカがおいてある。
大きい。
児童公園においてあるベンチのような大きさ。
これを旅順港に向けて2000発以上撃ったというから
ロシア人もさぞやびっくりしたことだろう。
それにしてもロシアも日本も人の国でよくやるよ。。。
巻き込まれた中国人こそいい面の皮だ。
帝国主義ってのは一体なんだったんだか。。。
ところどころにある説明看板は
明らかにロシア側からの見解で書かれていて
まぁ気持ちは分からなくもないが
来るのは日本人の観光客なんだから
せめてもう少し客観的な表現ができないものかと首を捻る。
旅順博物館。
ここも外国人に開放されたのはここ数年のことらしい。
博物館の研究員の方が日本語で案内してくれた。
とても大きな博物館でゆっくり見ると1日がかりだそうだ。
一番目を惹いたのはウイグルで発見されたという2体のミイラ。
戦前日本の探検家が発掘したものを
戦後引き継ぎで保管しているのだという。
エジプトのミイラのように作ろうとして作ったのではなく
自然にミイラになったという。
髪の毛やひげまで残っていてじっくり見ていると
ニヤっと嗤ったりしそうだ。
博物館の建物自体がロシア占領時に
軍人の遊興場として作られたものだそうで
天井が非常に高く外観や内装も中国ではない雰囲気を持っている。
日本の支配下に入った後日本政府が手を入れた部分は
神社かお城かというような造りで不思議な感じがする。
博物館の展示品も日中戦争後戦利品として獲得したものがあるという。
敷地の内部には関東軍の総司令部の建物があったり
やはり満洲国の遺産で食べてるんだなあと思ったりする。
見学の最後に展示室とは違う小部屋に案内された。
博物館の維持管理にお金がかかるので
展示品の一部を販売しているという。
もともと寄贈されたものだから
まぁその辺は・・・ということらしいが
内容を見ると文化財というよりは骨董品なのでありなのかなぁ。
実際売約済みのものもあったし。
瑪瑙や翡翠などでできた骨董品11点と
黒檀の展示棚とセットで150万円だそうだ。
値段を聞くと結構現実的かもと思えてくる。
買えない値段ではないし、博物館のお墨付きなわけだから
変な骨董品を買うよりずっと安心だし
とっておけば必ず価値が上がるわけだから
そこそこお金のある人にしてみれば
悪い投資ではないのかもしれない。
旅順駅。
なんてことはない小さな駅。
駅舎はロシア製と思われるデザインで
おとぎ話にでも出てきそうなかわいらしい外観。
日露刑務所。
もとはロシアが作ったものを日露戦争後に日本が拡張したそうだ。
外国人に開放されたのは数年前のことだという。
安重根が収監されていたため韓国人観光客も多いとのこと。
車窓から写真を撮って終了。
川島芳子の旧宅。
これも車窓見学。
写真をとるのもなぁという老朽ぶりだった。
建物が残っているだけなのだろうか。
川島芳子については男装の麗人とか東洋のマタハリとか
そういうキーワードでしか知らないので。。
水師営会見所。
日露戦争終結のときに日本側司令官の乃木希典と
ロシア側司令官のステッセルが会見を行った場所だ。
オリジナルの建物は文化大革命で壊されてしまい今あるのは復元。
といっても田舎の農家といった風情のなんてことはない建物だ。
こんなところで歴史的会見がねぇ・・・というほどのあばら家だった。。。
中には当時の写真や使った調度が保管されている。
しかも中でお土産販売をしている。
文化財の保護のための寄付ですから買ってくださいという言い方である。
旅順博物館のときと同じだ。。。
最近日本人も賢くなって財布のヒモが固いから
こういう売り方になったんだろうかとちょっと穿った見方もしたくなる。
会見所のすぐ前のお店で昼食。
田舎料理ですよとガイドさんは言っていたけれどどれもおいしかった。
大連は海が近いから結構海産物は豊富だそうだ。
餃子パーティーも迫力があってよかったけどやっぱ私は海鮮派だな。
午後は203高地。
一向に霧は晴れないがとりあえず登る。
道は舗装されていてほんの数分で到着。
あれだけの死者を出して戦ったなんて信じられないような簡単さで登れてしまう。
冬だから花はないけれど道なりに桜の木が植えられていて
春になるとさぞかしきれいなのだろう。
280ミリ砲のレプリカとご対面。
案内板によると
日本軍はこれで狂気じみた無差別砲撃を行い
ロシア軍は粘り強く戦った
そうだ・・・
立場が違えば表現も違って当然とは思うが
ここだって来るのは日本人ばっかりだろうに・・・
こっちが旅順港でこっちが渤海ですと説明されても
どっちも霧がかかって真っ白だった。
ここはいずれリベンジしようかな。。。
頂上にもう一つ見るべき場所がある。
それは日露戦争で亡くなった兵士の慰霊碑である。
砲弾や銃弾の薬莢や破片を鋳固めて作った銃弾の形をした慰霊碑だ。
爾霊山と銘打ってある。
乃木希典の揮毫だそうだ。
銘の横に乃木希典の名前も入っていたそうだがいつのころか取り外されたとか。
ここの案内板には国恥忘るな的な中国語の看板が立っていた。。。
疲れるなぁ中国人・・・
ここに小さなお土産屋さん。
寒いのでちょっと寄って温まろうと入ったところ
案の定・・・である。
私的には面白いTシャツを見つけて買えたからよかったけど
どこにいってもほんとに売りつけてくるよなぁ・・・・・。
203高地は肩透かしで終わったがおかげで少し早めにホテルに戻れた。
疲れていたからありがたい。
一休みして夕食へ。
火鍋と聞いていたからあの辛いやつかと思っていたのだけれど
普通のしゃぶしゃぶだった。
肉の量が半端なく多くて結局食べきれなかったけれど雑炊は結構おいしかった。
オジサマ方は夜の街に繰り出すそうなので先にお別れして本日も無事終了。
もう明日には帰国かぁ。