ときどき日輝(33) ボクサーの学歴 | 自分史の旅 tarojie

自分史の旅 tarojie

黄昏の落ち葉が似合う年齢になった。何かを残すこともない過ぎ去る日々、何かストーリーを書いておきたいと思いブログを始めたものの面倒だと思う日もある。忘れること思い出すことできなくなるかもしれない。まだ真黄色な楽園ではない。少しは色もある萎びれ枯れて行く。

ときどき日輝(33) ボクサーの学歴

プロボクシングは世間でいうネガティブなイメージが付きまとう。先ずは貧困、中学を卒業してアルバイトをしながらジム通い、そのうちに日本ランカー、チャンピオンになってもファイトマネーは低く生活はできない。

 

日本より上は東洋、太平洋チャンピオンが存在する。これもアルバイトしながら試合をする。もちろん生活はできない。世界ランカーになってもマッチメイクに恵まれないと試合は組んで貰えない。もちろんまだ名前を知られているわけではない。

 

ファイトマネーは安い。やっと試合に恵まれ運よく世界チャンピオンとなれたもののテレビ放映もなく試合の注目度も低く1-2度防衛してもまだ生活ができない。だいたい普段の体重から10㎏程度の減量は当たり前、体をいじめ倒してリングに上がる。

 

運よく5,6回防衛できると知名度も上がりテレビにも出てやっとアルバイトから解放されるようだ。そんなぎりぎりの試合を見ているとやけに私は興奮している。今夜は寺地選手と京口選手のタイトルマッチを見ていた。どちらも世界チャンピオンベルトを持っている。

 

彼らは貧困からのボクサーではない。両者とも大卒ボクサーだ。もう一人の敗れはしたが彼も早稲田大学だ。解説していた村田選手も大卒だ。過酷な鍛え方をしているのだが何となくスマートさがある。寺地選手が勝利後コーチをリングにあげ呼んでいた。

 

練習メニューを考え問題点を解決して試合に臨み、本人の根性論だけでは進歩が無いようだ。コーチの指導の下に練習し解決する能力も必要だ。昔の泥臭さは全く感じさせ無くなった。沢木耕太郎氏が描いているボクシングの裏側がみじんも感じられない。

 

減量も理論的にやっているようだ。バカで根性論だけではボクシングはできない時代のようだ。じめじめしたボクサーの成れの果てのネガティブイメージは払拭して貰いたい。その試合は年間最高試合になるぐらい素晴らしかった。残念ながら地上波での放映は無かった。

(2022年11月3日)