ときどき日輝(2) 4つの死 | 自分史の旅 tarojie

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黄昏の落ち葉が似合う年齢になった。何かを残すこともない過ぎ去る日々、何かストーリーを書いておきたいと思いブログを始めたものの面倒だと思う日もある。忘れること思い出すことできなくなるかもしれない。まだ真黄色な楽園ではない。少しは色もある萎びれ枯れて行く。

ときどき日輝(2) 4つの死

 

今日は4つの死にめぐり合わせた。最初にセメントブロックを除けるとムカデが出た。足で間髪を入れず踏みつぶした。2つ目は蛇の死であった。駐車スペースのセメントに下半部が引きちぎられて横たわっていた。多分カラスが原因だと思った。

3つ目の死は昨夜から鳥かごに保護した2羽のウグイス幼鳥であった。隣接する雑木林の枝木をカットして見え易くなったかもしれない。おそらく巣を襲われて巣から離れたのだろうか家の塀に噛り付いていた。簡単に手で捕まえられたのでそれほど飛べない。このままにしておくと猫の餌食か、カラス、ムクドリ、ヒヨドリに襲われる。一晩鳥かごに保護した。一羽は衰弱して亡くなってしまった。もう一羽は親鳥が来ていたので放した。

 

最後の死は散歩途中の大きな鯉の死であった。半分食いちぎられていた。多分カラスであろう。元は誰かが釣ってリリースしてカラスに襲われたと思う。  

ムカデ、蛇、鯉にはそれほどの悲しみは無い。死は突然にやって来たと思った。ムカデは私自ら足で踏んでいた。嫌われ害虫そのものだった。10㎝以上あったので賞賛に値する大きさであった。蛇は自然の摂理であった。これも嫌われ者で家内は引きつっていた。鯉は50㎝以上あって見事な大きさであった。これは最大限人間の身勝手であった。

 

小鳥の死は何といえば良いか。1羽は卵から孵化して短い生涯であった。1羽は勝手に救ったと思っているだけかもしれない。可哀そうなことをしたと同情をしている身勝手であった。雑木林からウグイスがよく聞こえる。恨んでいるのかもしれない。

 

人間は死ぬと21g軽くなるという研究報告が昔あった。

(2021年6月10日)