自ら率先して
この道に進んだわけではなく

もう仕方ないんだ
お役目開始の時期に入ったんだ
もう逃れられないんだ

だからこの道に入った
そんなかんじでね

就職先第一志望でもなくて
むしろ絶対に避けたかった方で

ふてくされた状態かつ
やるしかないんだという

追いつめられたような

そのような状態で
この道に入ったというかんじで

それまでの生活が
自分でも直視するのはきついなと
そんなかんじだったから

さらにこれでもかという

なにかしらの罰を受けているような
そんな気持ちというのかな
そんなかんじだったね
正直言うと

やるからには必死でもあったし
そうでないと取り組んでいくには
ハードだったから

独り黙々と
御嶽・拝所・グスク・カー(泉)
王族・士族の方たちのお墓を廻る

何度も折れたし 泣いたし

御嶽が在る藪や森の中で
地べたにそのまま座って

疲れたなぁ
もう嫌だなぁと

ため息とと共に ぼんやりした事も
たくさん在ったしね

現地に到着したら
ブーブーふてくされても
始まらないので

真摯に取り組んでいった
そんなかんじだったなぁと

何度も何度も伝えてきたけど
そんな華やいだもんじゃないよ

ただ御嶽や拝所を廻って
ビンシー拡げて
お線香やうちかびや半紙を
置けばいい

そんなもんじゃないしさ

あたる、あたらない
うわぁ~というような
称賛求めているわけではないし

そんなもん必要ないし

そのような状態の中で
取り組んでいくという事とは
出来ない内容の事柄を
取り扱っているからさ

他のひとたちは
どのような思いなのかは
僕は知らないけど

あくまでも僕に関しては

そのような気持ちでは
この仕事なんて
取り組んでいけないからさ
ほんとうに

楽しいというそんな言葉で
表現できる
そんな内容の仕事ではないけど

一緒に根気よく取り組んでいく
依頼者さんたち家族が
落ち着いた状態になっていく

その過程の姿に触れさせて頂く度に
喜びは溢れ出るよね
まじで

その姿に触れさせて頂いてきた
そこに辿り着ける
通過していく事が出来る

それを知っているから

真摯に この仕事に向き合い
取り組ませて頂いている

僕はそんなかんじです

離島からの相談者が続いて
離島出向へと入っていきます

本島とはまた違った
独自の歴史・文化・慣習・風習が在り

郷に入ったら郷に従うという
スイッチの切り替えもまた
求められますが

心落ち着かせて
取り組んでいこうと思っています

ありがとうございます

 
 
愛は忍耐強い
愛は情け深い
ねたまない
愛は自慢せず
高ぶらない
礼を失せず
自分の利益を求めず
いらだだず
恨みを抱かない
不義を喜ばず
真実を喜ぶ
すべてを忍び
すべてを信じ
すべてを望み
すべてに耐える

コリントの信徒への手紙
13章4節~7節




この道に入る前
苦しくて 仕方なくて

いてもたっても
いられない

そんな心境に
何度も
陥っていました

そのような時代

僕が住んでいる
浦添市から
車で1時間くらいかな

勝連半島に在る
浜比嘉島へ
頻繁に訪れていました

平安座島から
浜比嘉島へと通じる
橋が架けられていて

歩行も可能で

橋を渡る際に

平安座島側の方に在る
駐車場で
車を停めて

浜比嘉島へと
繋がっている
その橋を渡り

渡って 右側のビーチの方で
何時間か過ごし

また橋を渡って
平安座島側へと戻って

駐車場に停めていた
車に乗り

帰宅するという

僕のなかでは

ちょっとした
ショートトリップのような
そんなかんじで

荒れた心の中の海を
穏やかにさせていく

そんな事をしていた
時代が在りました

橋を渡りながら

海面に反射している
光たちを観ながら

きっと 大丈夫だろうと

特別、確定したなにかを
示されたわけでは
なかったのですが

そんな事を
静かに
感じ思ったりしていました

なんていうのかな

他の誰でもない
僕自自身が

僕の人生を
振り返った時に

けしていいとは 言い難い
そんな内容のものに

目がいきやすかったり
するのですが

毎回、橋を渡りながら

帳消しまでとは
いかないけれども

経験してきた事柄たちが

やさしく やわらかく
ふんわりとした
なにかに
包まれていくような

そんな気がしたりもしました

一気にではなく

すこしずつ
すこしずつ

すこしづつ
すこしづつ

あの時代の僕にとっては

あのやり方が

あの時代の僕を
救ってくれて

最近は

以前のような頻度では
訪れなくはなりましたが

あの頃を思い出す瞬間が
たまにあって

あの頃の僕に向かって

大丈夫だからと

そう 心の中で
伝えたりもしています

ありがとう
感謝
 
 
モカさんが旅立って2年半
202年10月5日 ライティング
 
モカさんがいない暮らしに
慣れてきた自分がいる

モカさんは
2014年6月に他界した
6歳下の弟が連れてきた

モカさんにとっては
6歳下の弟が親で
僕は保護者のような
そんなかんじだったと思う

いろいろと事情があって
この家に住むことになり

結果、僕がご飯をあげたり
散歩に一緒に行ったり
お風呂にいれたりした

僕が35歳の頃だね

その頃は2014年10月に他界した
双子の片割れも生きていて

片割れは統合失調症を
患っていたこともあり
けっこう大変だった

その頃の比嘉家は
常に緊張状態で

皆が追いつめられているような
そのような心の状態だった

皆が不安定な状態だったな

そんな状態のなか
モカさんとの
共同生活が始まった

あの頃の僕は
他の家族メンバー同様に
心の状態がいいとはいえない
状態だった

元気がなかった

他の家族メンバー同様に
常に緊張状態で
糸がピンと張り詰めていた

そんななか

モカさんとの共同生活がスタートし
少しづつだったけれども
生命の循環、
その力を取り戻していった

そんな気がする

親父が旅立って
6歳下の弟が旅立って
双子の片割れも旅立って

僕はユタの道に進んで

まぁこれから先、
なんとかやっていけるだろう

そんな状況を
見計らっていたのだろうか

2年半前、
2022年5月に旅立った

17歳10月。大往生ですよと
ペット葬祭の職員さんが
言ってくださった

当たり前のように
傍にいてくれた存在がいなくなった
その喪失感に
しょぼんとなったけど

それくらい凄い力・生命力を
与えてくれていたんだなぁと

あらためて思い知らされた

たまに モカさんが
この世界にいた頃のように

モカさんの名前を
言葉に出したり

モカさんをお風呂に入れる為に
お風呂場に連れていくあいだに
勝手に作ったうたを
口ずさんだりする

出会ってよかったな
一緒に暮らせてよかったなと

心から感じ思う

もうこの世界にはいないけど
深く強く柔らかい繋がりを
いまもはっきりと感じる

見守ってくれているんだなぁと

それが僕にとっての心強い
お守りのようなものでも
あったりする
 
 
もう3年が経ちました 
 
モカのいない生活にも 慣れてはきましたが 
時々ワン!と声が聞こえたような
感じにもなったりします 
 
モカとの共同生活は ペットという枠を超え 
家族の一員としての付き合いに 変化していった 
その心境の変化というのか 
思いの変化というものが 
自分でも不思議だったりしたかな 
 
首輪も嫌がっていたので 散歩以外はしなかったし 
オムツも嫌がっていたので 
歩く事が出来なくなった日々は ブルーシートをひいて 
柔らかい布をひいて 寝やすいような環境を作って 
そのまま おしっこうんこをさせて
その度に切り替えて 夜に洗うという 
ほんと介護生活でした 
 
けっこうきついなぁと
正直感じ思ったりもしたけれども
 
確実に少しずつ
この世界から離れていこうとしていた
あの最期の時間のながれが
いまとなれば
モカの匂いや存在自体の感覚を 
自身の身体に 染みこませるというのか
そんな時間だったような
気がしたりもします
 
貴重な時間でもあり 
揺るぎない
穏やかな時間の流れであったなぁと
 
3年経った現在、いま モカの事を思い出して 
懐かしさは出てきますが 
もう悲しいという思いは 薄れてきています 
 
こうやって ひとは 身近なひと(?)との死を 
身体で受け止めながら 時間の流れの中で 
癒していくんだなぁと 
そんな事を感じ思ったりもしています 
 
まぁ僕もあの世に行ったら 
必ず会えると思っているので 
それまではこの世界で 
僕なりに 頑張っていこうと思います 
あのピンクのお腹に顔を埋めるのは 
それまでおあずけで・笑
 

ギフテッドについて

 

精神科医がこころの病気を解説するCh

 

心理療法士 服部 信子

精神科医 益田 祐介

 
 
 
茂木 健一郎の脳の教養チャンネル l 脳科学者 茂木 健一郎
 

 

いいかんじのサイクルを 創っていこう

見据えていこう

 

いつも優しくていい子な君が 

調子悪そうにしているなんて 

いったいどうしてだ、

神様 そりゃないぜ 

 

そっと見守ろうか? 

それとも直球で聞いてみようか? 

傷つけてしまわないか? 

 

わかんないけど 

君のこと絶対守りたい 

絶好調でも BAD モードでも 

君に会いたい 

I can’t let you go (let you go) 

I just want you more in my life 

絶好調でも BAD モードでも 

好き度変わらない

 

 

 

 
 
随分と時間が経過して
記憶を取り戻しながら
はっとなり
ぐっとなったりしている

時間というもんは
摩訶不思議で

何十年も前なのに
つい先日の事のようにも
感じ思われて

他のひとはどうかは
知らないけれども
僕にっては

過去も 現在も いまも 未来も
同時進行形でも在ったりする
そのように感じ思ったりもする

過去に起こった事は
変えられないけど

観方・捉え方に関しては
変えていける

その可能性は 秘めているなぁと

その為には
本人が認識を変えるという
ある意味、強い意志が
求められたりするなぁと

ある出来事が起こった
その要因には

生育の過程で培われていった事柄が
影響する事が多いかと思うけど

本来その人自身が持って生まれた
機能というのか

その事を視野にいれていくと

ぐっと観方・捉え方に
変化が在ったのも
ここ最近の僕で

そのように捉えると

悪いとか責めるとか
そのような次元だけでは
整理は出来ない

また違った思いもまた
持てるようになってきて

そんなかんじで
ここ最近は過ごしている

穏やかだなぁ

静かな明け方の湖のような
そんな感覚かな

ありがとう
愛しているよ😊

 
 
取り組まさせて頂いている仕事の内容・詳細、

問い合わせ先です

 

僕の人生のあらすじを綴っています

 

 

御嶽・御殿・拝所を継承していく一族で

長い年月のあいだ放置状態を続け、現在に至り

どのように扱っていけばいいのか?

模索している方たちに向けて

 

そのような状態の中に在る、

御嶽・御殿・拝所の復活に関しては

「僕がさせて頂いている仕事について」内に

詳細が綴られています

 

参考にされてください

 

 

主よ、あなたはわたしを究め

わたしを知っておられる。

 

座るのも立つのも知り

遠くから私の計らいを

悟っておられる。

 

歩くのも伏すのも見分け

私の道にことごとく

通じておられる。

 

わたしの舌がまだ

ひと言も語らぬさきに

 

主よ、あなたは

すべてを知っておられる。

 

前からも後ろからも

わたしを囲み

 

御手を

わたしの上に

置いてくださる。

 

その驚くべき知識は

わたしを超え

 

あまりにも高くて

到達できない。

 

詩編139