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マスターベーション。

人はいつ大人になるのだろうか

この問いかけにもちろん応えはない。肉体的に線引きはあっても、精神的な線引きは個人差に左右される。ただ、僕自身は一個の考えがある。

大人は正しい、ってのは大間違いなんだなぁ。と気づいたとき。

大人に対して疑問を持ったときがスタートと考えている。
この基準に合わせて考えると、小学校低学年に経験をした人もいれば、20歳超えても未経験の人もいると思う。こんな小さなブログで垂れ流している戯言だし、許してほしい。

小さなころ、人は批判的にモノを見ることができない。というか、そんなことをしていては生きていけなくなってしまうのだ。熱いヤカンに触って怪我をした子供は、「ヤカンには出来るだけ触らないこと」を憶える。「いや、本当にヤカンが原因か?」なんて考えていては、いつまでたっても学習できないのだ。
それに対して、大人の学習とは、この批判的なモノの見方が前提となる。
「本当にこれは正しいのか」を疑うことから始まるのである。

人は一生学んでいく生物でありながら、その姿勢は大人と子供で異なる。
そこで、大人的な学習の仕方を初めて行った瞬間が、重要なのである。
もちろんここには、自発的に自分の頭で、という重要なワードが組み込まれる。

そして、我々が最初にぶち当たる(確率の高い)問題とは、
大人(親や教師など)との関わりである。
そこから人は、様々な人としての感情を憶えるのである。

こういう点から、
大人の言うことやることに疑問を持ち、
「あぁ、大人ってのは正しい訳じゃないんだな。」と考えた瞬間こそが大人に
変わった瞬間なのではないだろうか。


世の中にはロクでもない人間が山ほどいる。
そして僕個人としては、教師という職業の方の中にあまりにも多いような気がしてならない。
もちろん統計も何もない。完全に個人の意見である。文句あるかいってんだ。

「彼らは、日常で満たされない部分を、従順な子供たち相手を威嚇することで
埋めようとしている寂しい人間なんだ。」(村上龍『69』)
当時この本を読んだ私は、大いに賛同した。
同時に、このように教師を見ることの出来る生徒はとても少ないだろうと感じた。

多くの生徒は、「大人は無条件に正しい」という感覚を持っている。
そして、自分が怒鳴られるようなことがあれば、その責任を自分に求めるのである。
素直で家族から愛されてきた子供ほど、その傾向は強い。
これは傷つくことへの恐怖心を植え付け、周りの目を気にする精神を育ててしまう。
怒られたくないから、大人しく気をつかう、なんてことがまっとうな成長のはずがない。

それでも、子供に対して理不尽に怒鳴りちらすようなロクでもない教師は、
自分のおかげで大人しくなったと喜ぶかもしれない。
モノを教える人間どころか、まずは教育されるべき人間であるといえるだろう。

私はこういった人間が本当に大嫌いである。
小学2年生で教師から驚くほど嫌われた私は、相手に好かれることをよく心得た
「要領の良い子」になった。

中学二年生で数学の教師に憎まれた私は、今まで好かれてきた分だけ、
嫌われたことに傷付いた。未だに100%トラウマを払拭したとはいえない。

こういう人生上のダメ教師を通して、学んだことなど何一つない。
どうやったって役に立たない存在はいるのである。
「こいつはどうやらおかしいな」と考えて、さっさと逃げるべきである。