ルソーは《エミール》(1762)で,当時のフランスの特権階級の教育がいかに人間の自然の発達をゆがめているかをするどく告発し,大地の上で額に汗して働く農民の生活こそが教育的機能を果たしている,と指摘し,〈農夫のように働き哲学者のように思索する〉人間の育成を教育の目標として示した。…
私たちは子どのころ、みな農家の子であった。農繁期には、学校も休みになったので、鍬や鎌を持って家の仕事を手伝った。隣の田んぼも又その隣の田んぼも、家じゅうが揃って田植えをしていた。勉強は皆嫌いで、上級生から下級生迄、夕日が沈むまで、野原を駆け巡って遊んだ。別れ際には「あしたてんきになーれ」と言って履いている草履を飛ばした。
しかし、70年後の今、車、飛行機、原子力など文明は進んだ分、時に凶器と化し人を殺傷するようになった。ルソーは「エミール」で特権階級の教育がいかに人間の自然の発達をゆがめているかを告発し、大地の上で額に汗して働く農民の生活こそが教育的機能を果たしているとする。
いじめ、不登校、引きこもり、いずれも人間の内なる自然を抑圧するところから生まれる。小手先のカウンセリングでは治らない。田舎に広大な、共同農場をそこで、彼らを働かせよう。