あなたは、自己啓発と心理学、
どちらが好きですか?
どちらも好きという人も、片方が好き
という人もいると思います。
面白いのは、自己啓発を
追求すると、心理学に
行きあたりませんか?
他にも、物理学、量子力学
といった学問から、宗教、
ヒーリング、気功、ヨガ、
呼吸法、禅、空といった
東洋のほうにいく人も
いるかもしれません。
最初は、
「こうすればいいんだ!」
という答えから入ったとしたら、
「じゃあこれはなぜなんだ?」
というもう1段階深いところが
知りたくなる人もいます。
例えば、リラックスするには
呼吸をこんなペースでやれば
いいんだと教えてもらったら、
今度は「なんで?」と質問し、
さらに深い理由が知りたくなる
人もいるでしょう。
そうして理由を追求するうちに、
その本質が分かってきます。
そして、その本質を知ると、
そうした技術を応用することが
できることもあります。
例えば、木でも先端の草や実
を生活に活かすこともできますが、
その木の成り立ちや分類が分かれば、
それ以外にも色々な実や草を
自分で作ることもできるでしょう。
なので、自己啓発セミナーや本では、
心理学や物理学などの本質から方法を
語る人がいることも分かります。
こんにちわ、内澤です。
人は、人と付き合う中で
親しい関係にもなれば、
疎遠な関係にもなることが
あります。
そして、相手を信じられ
なくなる人間不信になる
こともあるでしょう。
「あの人信じてたのに」
そんな期待が強いほど、
人間不信も強くなります。
では、人間不信を
和らげるには、
どうすればいいのでしょうか。
1つは、初めから相手に
期待しないということです。
「この人なら信じられる」
それは、信頼ではなく期待です。
期待信頼は似ていますが、
期待は自分にとって都合の良い
相手だけを好きになることです。
ですが、信頼は好きな相手でも
嫌いな相手でも、相手を信じている
ということです。
そういう意味では、好かれてもいい
嫌われてもいいといった、どちらにも
執着しないリラックスしたぐらいが
ちょうどいいといえます。
自分だったらどうでしょうか。
相手が、自分の在り方で好き嫌いが
分かれていたら、本当にありのままの
自分を好きでいてくれているのか、
不安になりませんか?
それは、どんな人間関係にもいえることです。
なので、最初から期待しない、そのかわりに
信頼することがポイントです。
それは、人と付き合う時のポイントで、
他にいえることは、自分が人間不信に
思うポイントを知っておくことです。
もし、自分が相手を不信になった時に
起きた出来事は、他の人が経験すれば、
不信にならないかもしれません。
そう考えると、それは相手も関係
していますが、自分の在り方によって
不信に感じるかどうかが決まることが
分かります。
そうやって、自分がどんなときに
どんな気持ちを感じるか、気持ちの
パターンを知ることが、2つ目の
ポイントです。
そして、その気持ちを知り、癒すことで
相手への期待を手放し、これまで不信と
反応するところが、だんだんと和らいで
くるでしょう。
そして、3つ目のポイントは、人間の
仕組みを知るということです。
人は、何かに反応して生きています。
それは、相手にも自分にもいえることです。
相手がなにかをすることで、自分が
相手を不信になるなら、そうなる
刺激があり、それに自分が反応している
ということです。
さっきも出てきたように、それは
自分だけの反応であって、違う人が
それを体験しても、自分と同じ反応は
しないかもしれません。
そして、相手はなぜそういう反応をしたのか
を知ると、さらに不信を和らげることが
できるでしょう。
その反応は、過去の出来事によるものです。
たとえば、昔カレーライスを早く食べたら
お母さんに怒られるという過去があるなら、
大人になっても、カレーを早く食べるのは
どこか嫌な感じがするものです。
お母さんに怒られる感じが、どことなく
気持ちとして湧きあがってくるからです。
まして、それを他の人がやろうものなら
許せません。それが、過去のトラウマとして
残っているものです。
その過去を、現在の出来事に
合わせて記憶を呼び起こして
反応するのが、人の仕組みの
1つです。
感情的になっているとき、こうしたことは
振り返りずらいものなので、まずはなにか
人間不信になりそうなことがあったら、深呼吸。
何回か深呼吸をしてみると、
だんだんと冷静になってきます。
そして、その段階になると
気持ちの強い弱いの話に
なってきます。
なので、そこに執着する
ことは、見当ちがいともいえます。
分かっているけど、やめられない、
相手を信じないといけないと分かって
いるけど不信はやめられない。
そんなときは、過去の自分の出来事と
今の自分の思考のぶつかりあいを
しているので、その気持ちとどう
付き合うかの段階に入ります。
なので、その時点で相手は
あまり関係ありません。
相手は、自分の中にある感情を
教えてくれた、トラウマを癒す
機会を与えてくれたありがたい
人ともいえます。
なので、その相手の在り方に反応している
自分と、自分に反応している相手。そうやって
人間の仕組みから考えることができれば、
必要以上に人を区別することも執着することも
減るでしょう。
それらでも、人間不信を和らげることが
出来ますが、そこからどんな方向へいくのか
によって、分かれてきます。
「人間ってこんなもんだ」
と思うのか
「人間はみんな対等で素敵な存在だ」
と思うのか
その根本があって、今みてきた
方法がどう活かされるのかが
決まってきます。
その根本があって、なお人間不信
になりそうなことがあれば、今見てきた
方法をやってみると、より揺るがない
相手の在り方によって左右されにくい
自分の在り方が固まってくるでしょう。
内澤大樹
人は、人と付き合う中で
親しい関係にもなれば、
疎遠な関係にもなることが
あります。
そして、相手を信じられ
なくなる人間不信になる
こともあるでしょう。
「あの人信じてたのに」
そんな期待が強いほど、
人間不信も強くなります。
では、人間不信を
和らげるには、
どうすればいいのでしょうか。
1つは、初めから相手に
期待しないということです。
「この人なら信じられる」
それは、信頼ではなく期待です。
期待信頼は似ていますが、
期待は自分にとって都合の良い
相手だけを好きになることです。
ですが、信頼は好きな相手でも
嫌いな相手でも、相手を信じている
ということです。
そういう意味では、好かれてもいい
嫌われてもいいといった、どちらにも
執着しないリラックスしたぐらいが
ちょうどいいといえます。
自分だったらどうでしょうか。
相手が、自分の在り方で好き嫌いが
分かれていたら、本当にありのままの
自分を好きでいてくれているのか、
不安になりませんか?
それは、どんな人間関係にもいえることです。
なので、最初から期待しない、そのかわりに
信頼することがポイントです。
それは、人と付き合う時のポイントで、
他にいえることは、自分が人間不信に
思うポイントを知っておくことです。
もし、自分が相手を不信になった時に
起きた出来事は、他の人が経験すれば、
不信にならないかもしれません。
そう考えると、それは相手も関係
していますが、自分の在り方によって
不信に感じるかどうかが決まることが
分かります。
そうやって、自分がどんなときに
どんな気持ちを感じるか、気持ちの
パターンを知ることが、2つ目の
ポイントです。
そして、その気持ちを知り、癒すことで
相手への期待を手放し、これまで不信と
反応するところが、だんだんと和らいで
くるでしょう。
そして、3つ目のポイントは、人間の
仕組みを知るということです。
人は、何かに反応して生きています。
それは、相手にも自分にもいえることです。
相手がなにかをすることで、自分が
相手を不信になるなら、そうなる
刺激があり、それに自分が反応している
ということです。
さっきも出てきたように、それは
自分だけの反応であって、違う人が
それを体験しても、自分と同じ反応は
しないかもしれません。
そして、相手はなぜそういう反応をしたのか
を知ると、さらに不信を和らげることが
できるでしょう。
その反応は、過去の出来事によるものです。
たとえば、昔カレーライスを早く食べたら
お母さんに怒られるという過去があるなら、
大人になっても、カレーを早く食べるのは
どこか嫌な感じがするものです。
お母さんに怒られる感じが、どことなく
気持ちとして湧きあがってくるからです。
まして、それを他の人がやろうものなら
許せません。それが、過去のトラウマとして
残っているものです。
その過去を、現在の出来事に
合わせて記憶を呼び起こして
反応するのが、人の仕組みの
1つです。
感情的になっているとき、こうしたことは
振り返りずらいものなので、まずはなにか
人間不信になりそうなことがあったら、深呼吸。
何回か深呼吸をしてみると、
だんだんと冷静になってきます。
そして、その段階になると
気持ちの強い弱いの話に
なってきます。
なので、そこに執着する
ことは、見当ちがいともいえます。
分かっているけど、やめられない、
相手を信じないといけないと分かって
いるけど不信はやめられない。
そんなときは、過去の自分の出来事と
今の自分の思考のぶつかりあいを
しているので、その気持ちとどう
付き合うかの段階に入ります。
なので、その時点で相手は
あまり関係ありません。
相手は、自分の中にある感情を
教えてくれた、トラウマを癒す
機会を与えてくれたありがたい
人ともいえます。
なので、その相手の在り方に反応している
自分と、自分に反応している相手。そうやって
人間の仕組みから考えることができれば、
必要以上に人を区別することも執着することも
減るでしょう。
それらでも、人間不信を和らげることが
出来ますが、そこからどんな方向へいくのか
によって、分かれてきます。
「人間ってこんなもんだ」
と思うのか
「人間はみんな対等で素敵な存在だ」
と思うのか
その根本があって、今みてきた
方法がどう活かされるのかが
決まってきます。
その根本があって、なお人間不信
になりそうなことがあれば、今見てきた
方法をやってみると、より揺るがない
相手の在り方によって左右されにくい
自分の在り方が固まってくるでしょう。
内澤大樹
こんにちわ、内澤です。
誰かの言う言葉が
たまにチクっと痛い
ときはありませんか?
僕もあります、人によっては
チクッじゃなくてグサッ!
かもしれません。
刺さり方によっては
痛いですよね(笑)
人それぞれ、誰かが言った
ことが心に刺さる言葉は
違うと思います。
では、そうした誰かが
言う言葉は、本当に
力があるのでしょうか?
もちろん、誰かが何かを
言うことで、ケンカになったり
悲しい気持ちになることが
あります。
ですが、たまに誰に
何を言われても平気な
人はいませんか?
「自分はこんなに傷つくのに」
そう思って自分と同じことを
言われても、へらへらして
平気な人もいます。
あるいみ、無神経ともいえますが、
それだけ心が動かないところは、
学べるところかもしれません。
人間である以上、身の安全を
守るように脳のプログラムが
できています。
なので、痛みを避けて快楽を
得るように体が出来ているので、
誰かに何かを言われて批判したり
悲しくなることはあります。
ですが、その言われたことの
解釈1つによって、痛みになるのか
快楽になるのかが変わると聞けば
ちょっとは楽になるかもしれません。
もちろん無神経すぎると、
人との心の繋がりが分からなく
なることもあります。
ですが、必要以上に悪くとらえる
のも、ちょっと人と会うだけで嫌な
気持ちを感じるきっかけになるでしょう。
なので、これまで痛みに感じて
いた、誰かの言葉を、痛みを
感じなくなるように解釈を
変えてみると、もっと楽になる
と思います。
なので、言葉に力があることは確か。
でも、それを聞く人の解釈によって
力が1にも100にもなるということは
覚えておくと、人付き合いがもっと
楽になると思います。
内澤大樹
誰かの言う言葉が
たまにチクっと痛い
ときはありませんか?
僕もあります、人によっては
チクッじゃなくてグサッ!
かもしれません。
刺さり方によっては
痛いですよね(笑)
人それぞれ、誰かが言った
ことが心に刺さる言葉は
違うと思います。
では、そうした誰かが
言う言葉は、本当に
力があるのでしょうか?
もちろん、誰かが何かを
言うことで、ケンカになったり
悲しい気持ちになることが
あります。
ですが、たまに誰に
何を言われても平気な
人はいませんか?
「自分はこんなに傷つくのに」
そう思って自分と同じことを
言われても、へらへらして
平気な人もいます。
あるいみ、無神経ともいえますが、
それだけ心が動かないところは、
学べるところかもしれません。
人間である以上、身の安全を
守るように脳のプログラムが
できています。
なので、痛みを避けて快楽を
得るように体が出来ているので、
誰かに何かを言われて批判したり
悲しくなることはあります。
ですが、その言われたことの
解釈1つによって、痛みになるのか
快楽になるのかが変わると聞けば
ちょっとは楽になるかもしれません。
もちろん無神経すぎると、
人との心の繋がりが分からなく
なることもあります。
ですが、必要以上に悪くとらえる
のも、ちょっと人と会うだけで嫌な
気持ちを感じるきっかけになるでしょう。
なので、これまで痛みに感じて
いた、誰かの言葉を、痛みを
感じなくなるように解釈を
変えてみると、もっと楽になる
と思います。
なので、言葉に力があることは確か。
でも、それを聞く人の解釈によって
力が1にも100にもなるということは
覚えておくと、人付き合いがもっと
楽になると思います。
内澤大樹