こんにちわ、内澤です。
人は、人と付き合う中で
親しい関係にもなれば、
疎遠な関係にもなることが
あります。
そして、相手を信じられ
なくなる人間不信になる
こともあるでしょう。
「あの人信じてたのに」
そんな期待が強いほど、
人間不信も強くなります。
では、人間不信を
和らげるには、
どうすればいいのでしょうか。
1つは、初めから相手に
期待しないということです。
「この人なら信じられる」
それは、信頼ではなく期待です。
期待信頼は似ていますが、
期待は自分にとって都合の良い
相手だけを好きになることです。
ですが、信頼は好きな相手でも
嫌いな相手でも、相手を信じている
ということです。
そういう意味では、好かれてもいい
嫌われてもいいといった、どちらにも
執着しないリラックスしたぐらいが
ちょうどいいといえます。
自分だったらどうでしょうか。
相手が、自分の在り方で好き嫌いが
分かれていたら、本当にありのままの
自分を好きでいてくれているのか、
不安になりませんか?
それは、どんな人間関係にもいえることです。
なので、最初から期待しない、そのかわりに
信頼することがポイントです。
それは、人と付き合う時のポイントで、
他にいえることは、自分が人間不信に
思うポイントを知っておくことです。
もし、自分が相手を不信になった時に
起きた出来事は、他の人が経験すれば、
不信にならないかもしれません。
そう考えると、それは相手も関係
していますが、自分の在り方によって
不信に感じるかどうかが決まることが
分かります。
そうやって、自分がどんなときに
どんな気持ちを感じるか、気持ちの
パターンを知ることが、2つ目の
ポイントです。
そして、その気持ちを知り、癒すことで
相手への期待を手放し、これまで不信と
反応するところが、だんだんと和らいで
くるでしょう。
そして、3つ目のポイントは、人間の
仕組みを知るということです。
人は、何かに反応して生きています。
それは、相手にも自分にもいえることです。
相手がなにかをすることで、自分が
相手を不信になるなら、そうなる
刺激があり、それに自分が反応している
ということです。
さっきも出てきたように、それは
自分だけの反応であって、違う人が
それを体験しても、自分と同じ反応は
しないかもしれません。
そして、相手はなぜそういう反応をしたのか
を知ると、さらに不信を和らげることが
できるでしょう。
その反応は、過去の出来事によるものです。
たとえば、昔カレーライスを早く食べたら
お母さんに怒られるという過去があるなら、
大人になっても、カレーを早く食べるのは
どこか嫌な感じがするものです。
お母さんに怒られる感じが、どことなく
気持ちとして湧きあがってくるからです。
まして、それを他の人がやろうものなら
許せません。それが、過去のトラウマとして
残っているものです。
その過去を、現在の出来事に
合わせて記憶を呼び起こして
反応するのが、人の仕組みの
1つです。
感情的になっているとき、こうしたことは
振り返りずらいものなので、まずはなにか
人間不信になりそうなことがあったら、深呼吸。
何回か深呼吸をしてみると、
だんだんと冷静になってきます。
そして、その段階になると
気持ちの強い弱いの話に
なってきます。
なので、そこに執着する
ことは、見当ちがいともいえます。
分かっているけど、やめられない、
相手を信じないといけないと分かって
いるけど不信はやめられない。
そんなときは、過去の自分の出来事と
今の自分の思考のぶつかりあいを
しているので、その気持ちとどう
付き合うかの段階に入ります。
なので、その時点で相手は
あまり関係ありません。
相手は、自分の中にある感情を
教えてくれた、トラウマを癒す
機会を与えてくれたありがたい
人ともいえます。
なので、その相手の在り方に反応している
自分と、自分に反応している相手。そうやって
人間の仕組みから考えることができれば、
必要以上に人を区別することも執着することも
減るでしょう。
それらでも、人間不信を和らげることが
出来ますが、そこからどんな方向へいくのか
によって、分かれてきます。
「人間ってこんなもんだ」
と思うのか
「人間はみんな対等で素敵な存在だ」
と思うのか
その根本があって、今みてきた
方法がどう活かされるのかが
決まってきます。
その根本があって、なお人間不信
になりそうなことがあれば、今見てきた
方法をやってみると、より揺るがない
相手の在り方によって左右されにくい
自分の在り方が固まってくるでしょう。
内澤大樹