母娘の深夜トーク | ひねくれ適当女子大生日記

ひねくれ適当女子大生日記

自分では誰よりも真面目に生きているつもりですが、それを言うとなぜか鼻で笑われる女の日記です。
客観的に見て、私の日常ってそんなに自由奔放に見えるのかを知りたくてブログを書いてみてます。
あの・・・私、一応努力してますよね?

今日また母親と夜中2、3時間喋った(笑)

何故か大抵妹の話は入る。

私が持ち出すんだけど。

また慰めてたら泣かせちゃった、とかで。

あと、男性が女性に言う「君」って言葉は素晴らしいという話。

そういえば、友達で「お前」って呼ぶ人は多いけど、あんまり仲良くなんない。

自ら進んで仲良くなりたいと思う人は、たまに「君」って言う。

そして好きになる人は特に「君」って言う。

母親と語る「君」の素晴らしさ。

「なんかさりげなくこっちをたててくれる感じがするよね…」

「押し付けがましくなく、思いやりを感じれるよね…」

「威圧感がないよね…」

「距離感が絶妙だよね…」

「単純に響きが好きだよね…」

そう考えると、「お前」って呼ばれるのが急にムカついてきた(笑)

そしてたまに出る好きな人の「君」という言葉が急に愛しくなってきた。

そして思い出す「君」の記憶。

『そっか、帰り道は君と一緒か。』

『君、ちょっと聞いていい?』

当たり前に聞き逃していたけど…あぁ、素敵だ…「君」。

もっと大事にしよ…「君」って呼んでくれる人。


あと、残念ながら生きている意味も理由もないし、始めっからなかったらないで問題ない命なんだから、「生きてる意味がない」って落ち込むのはやめようという話。

楽しければ、生きてる意味なんてどうでも良くなるよ。

死にたいと思ったってどこかで死にたくないと願うことには、きっと意味やら理由やらがあると思うし、という話。

あと、お母さんは「自殺は絶対しちゃいけない事」って表現したけど、私は「自殺は悲しい事」って言った。

お母さんは死んだあとに残された人たちの苦しみを言ってて、私はある人がそうする以外に選択肢が残されていない状況がこの世に多くあることの残酷さを言った。

あと、家族5人が集まった時がどんな時より楽しいっていうのは、誰に感謝していいのか分かんないような、本当に恵まれた事だよねって話。

あと、誰にも伝えられない、本当に孤独な孤独感は、埋めようとすると変な男にひっかかるという話(笑)

そういう孤独感は、どんな愛する人と一緒にいたって存在するもので、むしろ人に優しくなるために必要で、大切にしなくちゃいけないもんなんだよねって。

その他もろもろいろんな話をしました。

お母さんは友達と話すよりも、ずっと話が通じてしまう。

夜中の母娘の会話は、大切です。

そして父親には聞かせられませんm(_ _)m