ありがとう、パパ。 | ひねくれ適当女子大生日記

ひねくれ適当女子大生日記

自分では誰よりも真面目に生きているつもりですが、それを言うとなぜか鼻で笑われる女の日記です。
客観的に見て、私の日常ってそんなに自由奔放に見えるのかを知りたくてブログを書いてみてます。
あの・・・私、一応努力してますよね?

昨日夜中、お父さんと語りました。

お母さんと何時間も語るのはよくあるけど、お父さんとは真面目な話の一つもした事がありませんでした。
学校で死刑についての話が出たので、リビングで一人でワインを飲んでいたお父さんに、私が何気なく「死刑反対?」と聞いたのが始まりでした。
そこから話はどんどん盛り上がり、何故か芸術の話になりました。
私は大学で美術部に入っている事もあって、普段時間があると絵を描きます。
でもそれまで、あまり自分の絵に自信がありませんでした。
周りの人はよくほめてくれます。
沢山の作品が飾られる学祭の展示の時も、半分近くの人が、私の絵が気に入ったと、アンケートで答えてくれました。
でも誉め言葉は決まって「本物みたい。」でした。
私はその言葉を聞く度「ありがとうございます」とは言うものの、心の中では「だったら本物みた方が良いじゃないか。写真でいいじゃないか」と思ってました。
絵だから表現できるもの。
絵だから伝える事ができるもの。
そんなものが描きたかったんです。
私は子供が羨ましかった。
子供の描く絵は、縛られず、自由で、不思議な力があるように思います。
大人には描けません。
正解を求めようとするからです。
他人に評価される事を考えるからです。
私は実際にはあり得ないような絵を描く人が羨ましかった。
目には見えない物を、自分が主張したい事を一生懸命絵にしようとしているのが分かりました。
でも、子供の絵を真似ようとしても、目には見えない物を描こうとしても、私には所詮真似事の絵にしかなりませんでした。
だから私は、人にほめられても、その言葉は救いになるどころか、皮肉や嫌味に聞こえてしまっていたのです。
「私には、目に見える物をそのまま描く事しかできない」「万人うけする絵しか描けない」と思ってました。
私は思わずお父さんにその事を言いました。
「私の絵はつまらない」と。
するとお父さんは言いました。
「じゃぁお前の絵を見て気に入ったと言ってくれた人は、何なんだろう。お前が絵を描きたいと思ったのは何なんだろう。」
私は始めよく意味が分かりませんでした。
お父さんは続けました。
「お前が学園祭で飾った猫の絵、俺は好きだよ。すごく面白いと思う。
お前は本物を見た方が良いって言うかもしれないけど、俺はただ目の前を猫が通り過ぎるだけじゃ、面白いともなんとも思わない。
きっとそれはアンケートにお前の絵が気に入ったって答えた人も同じじゃないか?
お前の描いた、あの絵だから心に響いたんじゃないか?
それに、自分の絵には主張が無いと言うけど、じゃぁお前はなんで猫の絵を描いたんだ?
描きたいと思ったんだろ?猫がかわいいと思って描いたんだろ?
どうしてあの表情の猫を、キャンパスのあそこに、あの姿勢でのせたんだ?
それがお前の主張でいいじゃないか。
立派なお前の表現じゃないか。
他人の絵を真似なくたって、目に見えない物は、ちゃんとお前の絵から伝わってくる。だからお前の絵がみんな好きだよ。」
私は今までの自分の絵に対する言葉のどれよりも、その言葉が嬉しく思いました。
初めて認められた気がしました。
「焦らなくても良いんだ。」「自分の絵を描けば良いんだ」と思えました。
お父さんは喋った後、「あ~、ワイン1本空けちゃうよー。お母さんに残しとかないと怒られるからここら辺で自粛せねば。」と言って、逃げるように自分の書斎に入っていきました。
きっと照れたんです。
その後私はしばらくして部屋に入ってきたお母さんと、ボトルに残ったワインを飲み干しました。


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