【川崎市】無量院 | ぼっちあるき

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歩きながら考えてみた

無量院にやって来ました。

 

 

山門左手に龍燈観音と刻まれた石碑があり、右手には小倉池の伝説という案内板があります。小倉池は、ここから南西方向にある小倉小学校の辺りにあった池です。江戸期に二ヶ領用水と繋がって小倉用水池となり、宅地化の進んだ戦後(1952年)に埋め立てられてしまいました。

 

 

小倉池の伝説とは、「鉈(なた)を池に落としてしまったおじいさんが誤って池に落ちてしまい、そのまま行方不明になったものの、3年後に池の中の竜宮城から帰ってきた」というどっかで聞いたことのあるような話です。続きも予想に違わず、「玉手箱を開けてしまったので死んでしまった」となります。

 

浦島太郎は若かったので、おじいさんになることで時の経過が表現されていますが、このおじいさんは余命3年だったのでしょうか。それとも禁断の箱を開けてしまったことで、竜宮の存在を知らしめてしまったことに対する咎なのでしょうか。あるいは、極楽を知ってしまったおじいさんに、これ以上厳しい現実の生活は酷だという竜宮の配慮でしょうか。ただ人間の愚かさを浮き彫りにしているだけなのかもしれません。

 

 

玉手箱には小さな観音様と龍の鱗が入っていたので、観音様はご本尊の胎内に、龍の鱗は常夜灯に納められました。それ以来、常夜灯には毎晩灯が燈るようになったので、龍燈観音と呼ばれているそうです。手水に組まれた石柱にも、龍が彫られていますね。

 

ん?保護色になっていて分かりにくいけど、にゃんこがいますね。

 

 

アップにしても見辛いけど、真ん中辺ににゃんこがいます。先程立ち寄った正蔵寺にもにゃんこがいたんですが、警戒心が強くて逃げられちゃったんですよ。このにゃんこは人に慣れているのか、微動だにせずカメラに収まってくれました。

 

 

庚申塔です。川崎市では最も古いもので、寛文元年(1661)に建てられています。三猿がはっきりと分かりますね。三尸(さんし)が天帝に告げるという人間の罪を「見ざる言わざる聞かざる」という意味合いが込められているのでしょう。石灯籠型の庚申塔は稀に見かけますが、これだけはっきりと三猿が確認できるのは初めて見ました。

 

 

明王堂と書かれていますが、どう見てもトイレですね。さてはアレかな。

 

 

ありました。烏枢沙摩(うすさま)明王です。トイレの神様という名の方が有名ですね。

 

次回はここから北へ向かって、「銀座」を歩きますよ。それではまた!