新版(2023年5月発売)の変更点・追加部分です。前回は謝憐が面壁を覚悟し、扉が閉まった瞬間に、子供が泣き叫ぶ声が聞こえるところまで紹介しました。(緩い意訳です)

次の瞬間、突然扉が開きました!

 

警鐘が鳴り響き、黒い煙が勢いよく流れ込み、梅念卿は外で怒りながら叫びます。

「どうしたんだ?」

 

殿の外は混乱していました。

「国師、私達にもどういうことなのか分かりません。先ほど封魔殿の邪崇が全部出てきてしまったんです!」

 

太蒼山には、たくさんの封魔殿があり、妖魔鬼怪を入れた容器を封印していました。どういうわけか、怨霊が暴動を起こして全て出てきてしまったのです!

 

謝憐も、もう禁足どころではありません。神武殿を飛び出してみると、どの山の峰にも、怨霊からできた黒雲が勢いよく上がり、こちらに向かってきて、神武殿の上に大きな雲の陣を成していました。

 

太蒼山の全ての封印された怨霊はここに集まっていて、手を伸ばしても指先が見えないほどになっていたのです。

「まずい!太子殿が燃えてるぞ!」

 

遠く離れた仙楽宮の一角では火の手が空に向かって燃え上がり、上の黒雲を赤く照らしていました。謝憐はそこに武器庫があることを思い出しました。そこには父親が各地から集めてきた有名な武器がたくさん置かれているのです。

 

急に心が痛み、叫びます。「風師、慕情!火を消せ!」

 

風信の声が広場から聞こえてきました。「殿下、今離れられません!何かおかしいんです!」

 

その時、怨霊達が金切り声を上げ、今にも狂いそうでした。謝憐は耳を塞ぎながら、「陣を作ろう!」と言い、手を伸ばして札を一つ取り出し、特に激しい黒煙をいくつか散らしました。それにより、怨霊達は少し落ち着きます。

 

大量の怨霊が集結している時は、本能的にその中の一番強いモノについていく習性があるのです。その強い一匹さえ散らすことができれば、他の怨霊は先導を失い、一時的に進むべき道を見失ってしまうのです。謝憐はお札で一番先頭の怨霊を散らしたのです。

 

それと同時に道人たちは陣を作り、先導を失った怨霊たちは蝿のようにあちらこちらを飛び回り、最終的にどうしようもなく容器の中に戻ります。濃い黒煙は少しずつ消え、謝憐はやっと広場の状況が見えます。

 

道人達はまだ怨霊がもたらした邪火を消していました。風信と慕情は、頭を抱えて何も話さない小さな黒影を真ん中に挟んで警戒しています。

 

梅念卿は歩いてきて、顔色が悪く、「この子供はどういうことだ?彼は何をしたんだ?どうして封魔殿の怨霊が彼に全部引きつけられてきたんだ?」と言います。

 

風信は衣も焼け焦げてしまいました。「分かりません!さっき大声を上げたら、黒いものがたくさん飛んできて、だんだん増えて、何も見えなくなったんです!」

 

梅念卿は子供を見つめながら眉をしかめ、指で占い始めます。だんだん顔色が悪くなり、額に冷や汗も滲んできます。

 

「どうりで...どうりで...どうりで祭天遊は彼にぶち壊されたわけだ。封印された怨霊達も、彼の匂いを嗅いで興奮したんだ。これは...これは...これは本当に...」

 

謝憐「本当になんだ?」

 

梅念卿は汗を拭いながら、大きく後ろに退きます。「太子殿下、本当に大変なものを連れて帰りましたね!この子供は大変な害毒ですよ。天赦孤星で、先祖も滅ぼす命格で、少しでも近づく者は悪運に見舞われ、親しいものは命を失うのです!」

 

まだ言い終わらないうちに、子供が大声を出して跳び上がり、梅念卿に向かって突進します。

声は幼いですが、その大声は憤怒に満ちていて、全身から苦痛と絶望が溢れているかのようで、聞く人皆の心が思わず震えました。

 

全身傷だらけのはずなのに、目を血走らせて狂った犬のように引っ掻いたり、殴ったりするその姿は、この上なく凶暴でした。風信と慕情では、危うく彼を引き止めることができなくなりそうで、梅念卿は後ろに退きながら、言います。

 

「彼を下山させるんだ!誰も触るな!本当に害毒すぎる命格なんだ、誰も近づくな!」

 

周囲の人達が皆、蛇蠍の如く自分を避けるのを見て、子供は少し呆然として、もっと凶暴になり、声の限りを尽くして叫びます。

 

「俺は違う!違う!違う!」

 

突然、彼の腰に手が回ってきて、彼を抱き上げました。

「君は違う!わかった!わかってるよ、君は違う」

 

子供は口をしっかり閉ざし、腰に回された手を雪のように白い衣をしっかり掴み、しばらくの間耐えていましたが、ついに耐えきれなくなり、黒い目から涙が流れ落ちました。

 

謝憐は後ろから彼を抱きしめて、「泣くな。君の間違いじゃない」と慰めます。

子供は勢いよく振り返り、謝憐の懐に飛び込んで大声で泣き始めます。

 

その声は泣き声とも言えず、言葉にもならない叫びは意味を成さず、聞く人は鳥肌が立ちました。一人の大人の心が壊れる時の慟哭に近く、喉を切り裂かれた野獣の死ぬ間際の鳴き声のようでもあり、いずれにしても十歳の子供が発する声ではないのです。

 

それは死んでも解脱されないかのようで、聞く人全てを驚かせました。

 

子供はしっかりと謝憐に捕まったまま大泣きし、泣き疲れるとそのまま寝てしまいました。

 

謝憐は、小さい頃は寝る時におもちゃを掴んで寝るのが好きだったのを思い出して、いろんな人に尋ねて回り、やっとのことで手に入ったのが不倒翁で、それを彼の懐に入れて握らせました。

 

子供を寝台に寝かせ、謝憐は布団をしっかり被せてあげ、風信と慕情を連れて出てきます。

「国師、この子の命格は本当にそこまで恐ろしいのですか?」

 

封魔殿の怨霊が逃げ出し、仙楽宮が火事になり、武器庫はほぼ残壁にまで燃やし尽くされたのです。中には謝憐が命ほど大事にしている武器が全て難に遭いました。

 

しかし、悪いことだけでもなく、こうして騒ぎが起きたことで、禁足一ヶ月のことは誰も言い出さなくなり、皆何事もなかったかのようになったのです。

 

梅念卿は口を歪めながら言います。

「彼が出現してからどんなことをもたらしたのか、自分で考えてみてください!」

 

謝憐は一つ一つ振り返ると沈黙します。確かに悪運続きなのです。

 

「何か、彼を助ける方法はありますか?」

「助ける?どういう意味ですか?命格を変えるということですか?」

 

謝憐は頷きます。

「殿下、あなたは数術(占い)を習わなかったので、この面に関しては本当に何も知らないのですね。知っていたら、そうは聞かないはずです」

 

謝憐は姿勢を正して座ります。「詳しく聞かせてください」

 

梅念卿は卓上の茶壷を手に取り、一杯のお茶を淹れます。

「太子殿下、七歳の時に、陛下と皇后が私と皇宮に呼び寄せて、あなたのために占いをした時に、尋ねた質問を覚えていますか?

 

湯気が立ち込めるお茶を見て、謝憐は考えます。

「杯水二人の問いですか?」

 

当時、太子謝憐の命運を占うために、梅念卿はたくさんの問いかけをしました。答えがある問いもあれば、答えがない問いもありました。

 

謝憐が一つ答えるごとに、梅念卿は手法を変えて褒め称え、それを聞いた国主と皇后が笑顔になり、その問答がその後語り継がれるものも多くありました。

 

しかし、ある問題は、謝憐が答えた後、梅念卿は何も評価せず、外にも漏らさなかったのです。

その問題が「杯水二人」でした。

 

梅念卿は言います。

「二人が荒漠を歩いて、今にも死にそうになっている時に、水は一杯しかありません。飲めば生き延び、飲まなければ死ぬのです。あなたが神なら、その水を誰にあげますか?

 

...待ってください。まだあなたは答えないでください。先に他の人に聞きます。二人の侍従がどう答えるか見てみてください」

 

慕情はしばらく考えて、慎重に答えます。「二人がどんな人で、品性はどうで、功過がどうか教えてもらうことはできますか?しっかり把握することで、決断できます」

 

風信は「知りません!私に聞かずに、そいつらに自分で決めさせてください!」と答えます。

 

謝憐は吹き出しました。

「何を笑っているんですか?あなたがどう答えたのか、覚えていますか?」

 

謝憐は笑みを収めて言います。「もう一杯与える」

謝憐は真面目に言います。「みんなどうして笑うんです?真面目に言ってるんです。私が神なら、もう一杯与えます」

 

梅念卿の手はまだお茶の上でゆっくり動いていて、お茶は生命が宿ったかのように、杯の中でゆっくり回っていました。

 

「この世の中の全ての物は、定数があるんです。この一杯の水のように、荒漠の中に一杯しかない時、あなたが飲めば、他の人は飲めません。一人が多く貰えば、もう一人が少なくなるのです。古より、紛争は根本的なところを突き詰めれば、人の数に対して水が足りないことなのです」

 

梅念卿はお茶を飲み干します。

 

「もしこの子の命運を変えてしまうと、他の人の命運もそれに合わせて変わってしまい、冤孽(因業、恨み)を増やすことになります。そしてその悪運は、他の人に移ることになります。あなたがもう一杯与えると言ったことは、資源を創り出すということですが、この世にそんなに上手い話はありません。人にはそれぞれの命運があるので、この子のことはあまり気にしない方がいいです。自分の力ではどうにもならないことも多いのです」

 

「もし私が飛昇したらどうです?」

「あなたは私の話を真面目に聞いてますか!」

「真面目に聞いてますよ。あと大体十年ぐらいで飛昇できると思うのですが、そうなったら方法を見つけることはできますよね?」

 

風信と慕情は言葉を失います。梅念卿も徹底的に負けたようで、「十年ですって?飛昇をさつまいも掘りだと思ってるんですか!三百年かかっても一人飛昇できるとは限らないのに!それに飛昇することは必ずしも良いこととは限りません!」

 

謝憐はどうして彼がそう言うのか分かりません。飛昇は全ての修行をする人が追求する最終目標ではないのだろうか?

 

でも梅念卿がそろそろ人を追い出そうとするのを感じて、謝憐ももう何も尋ねずに、ここぞとばかりに言います。「国師、この子は...」

 

「わかった!何もしないから!禁足も受け入れないし、子供の感覚を封印することもさせないのなら、それなら山を降りて、外出雲遊(旅)してきなさい!八百ぐらいの妖魔を斬って功徳を積むまで帰ってこなくていいです!」

 

謝憐はついに満足し、ホッとしました。「国師、ありがとうございます!ほら、第三の道があるじゃないですか」

 

「行きなさい行きなさい!」

 

しかし誰も想像しなかったのが、その晩、子供は忽然と姿を消したのです。

 

そして、更に誰も予想できなかったことに、この遊歴の後、わずか十七歳の仙楽国太子謝憐は、一念橋で無名の鬼を打ち負かしたことで、稲妻が光り雷が轟く中、飛昇を果たしたのです。

 

これには三界が震撼しました。

 

 

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ここで一つの章が終わり、次の場面から次の章、『世中逢尔雨中逢花』が始まります。過去編の最初からここまでの部分が新版では『神武大街惊鸿一瞥』の章でした。

 

旧版と章が結構変わっていて、旧版の章は、『神武大街惊鸿一瞥』『遗红珠无意惹红眼』『人上为人人下为人』『捞仙钱莽将遇太子』『金像倒莽将埋苦儿』『天上神袖手人间事』『世中逢尔雨中逢花』『雨难求雨师借雨笠』『闭城门永安绝生机』『仙乐乱太子返人间』『平永安太子上战场』『背子坡太子陷魔巢』『温柔乡苦欲守金身』『人面疫出土不幽林』『镀金身鼎力挽天颓』『永志不忘永志不忘』と十六あるのですが、

 

新版では、『神武大街惊鸿一瞥』『世中逢尔雨中逢花』『温柔乡苦欲守金身』『永志不忘永志不忘』の四つだけになっています。本当に大事な章だけに絞られていて、削られた章の中の大事な部分は、前後の章に取り込まれているような感じです。

 

このあたりの会話で、削られたところもたくさんあり、旧版と読み比べると、前回の部分も今回の部分も、旧版の方が説明が詳しめです。新版だけでは大事な箇所のみ抜粋された印象なので、一つ一つの言葉の真意を吟味したい時は、やはり旧版も合わせて読む方が理解が進みます。

 

追加された大事な描写としては、謝憐が泣き疲れて眠った子供に不倒翁を握らせるシーンが追加されていて、後の花城が人をすぐに不倒翁に変えるルーツになっています。

 

旧版には、梅念卿が算術(占い)に長けていたにも関わらず、謝憐がこれを学ばなかったのは、梅念卿が「世渡りのための術で、高貴な身分の太子殿下には不要と言ったから」と書かれています。p251

 

個人的にはこれが結構大事な部分だと思っていて、梅念卿が謝憐にあえて占いを教えなかったのは、占いを通して自国が滅亡する未来を予見してしまった時に、きっと君吾と同じ轍を踏んでしまうので、それを防ぐためだと考えていました。

 

しかし新版ではこの部分は削られているので、そんなに重要な情報ではなかったのか、もしくは記載が別の場面に移っただけなのかは分かりません。

 

旧版の話の順序が変わり、「行脚することを許可します p258」の後に、「人は上に行っても下に行っても人でしかない」の会話があったのですが、新版では一番最後に「行脚させる」話が持ってこられ、これが「第三の道」であることが明確に描かれています。このあたりは構成がすっきりしたように感じます。

 

杯水二人の問いも、人によって答えが異なり、それぞれその人の人生を表したものになっています。詳細は記事80『物語を貫く「杯水二人」の問い』、そして子供が姿を消した理由については記事83『子供の花城はなぜ皇極観から消えたのか』でまとめています。

 

国師が言った「命運を変えてしまうと、他の人の命運もそれに合わせて変わってしまい、冤孽(因業、恨み)を増やすことになる」というのも、後の水師や風師、黒水のことを示しているように感じます。

 

このあたりは物語の核心につながる大事な場面だと思います。