「宣姫」と聞くと、かつて裴茗と恋仲だったものの、裴茗への執念で鬼になった、哀れな女性と思う人が多いと思います。どうして裴茗は彼女を娶らなかったのか?考察してみたいと思います。物語後半あたりの宣姫や裴茗に関するネタバレを含むのでご注意ください。

宣姫は元々裴茗の敵軍の女将軍でした。捕虜として捕まって、守衛の目が届かない時に自死しようとして、裴茗に助けられたのです。裴茗の行動に彼女は心を動かされ、二人は間も無く恋仲になります。

 

裴茗が別れようとした時、宣姬は裴茗を引き留めるために、自国の軍事機密を渡したり(裴茗は使わず燃やします)、自ら武功を廃し、両脚を折ります。裴茗はそんな彼女を引き取って、面倒は見るものの、娶ることはせず、彼女はそのことに絶望して自ら命を絶ち、その執念の深さから鬼になりました。

 

裴茗は間違いなく、最初は女将軍だった宣姫に惚れたのです。その強さと、凛々しさと、捕虜になるぐらいなら死のうと思う心意気に。ただ、裴茗にとって宣姬は、数多くいる女性のうちの一人でしかないのです。

 

最初はお互い、その時だけの恋のつもりでした。しかし、宣姬にとっていつの間にか裴茗は彼女の全てになってしまいます。自分だけを見てほしい、彼と結婚したい、次第に宣姬はそう思うようになります。

 

宣姫は裴茗に好かれたい一心で、結果的に自分で自分の翼を折っていったように思います。強い女性が好きでないと知ったら、武功を廃して、足を折って、か弱い女性になろうとしたり、自国の機密情報を渡して気を引こうとしたり。結果として、だんだん裴茗が惚れた宣姫から遠ざかっていくのです。

 

何よりも一番裴茗を遠ざけたのは、裴茗の気を引くために、自国の軍事機密を渡そうとしたことです。物語の後半で明かされるのですが、裴茗は飛昇する前に、十数年連れ添った部下達が勝手に謀反を起こし、裴茗を次の君主にしようとしました。裴茗にはその実力があったし、部下達は裴茗がそれに相応しい人だと思ったのです。

 

しかしその時、裴茗は謀反を起こした長年連れ添った部下達を惨殺し、謀反するつもりはないことを示すために、大事な剣を折っています。つまり彼は、女性にはだらしがないけれど、国に対する忠誠心は人一倍強かったのです。

 

敵軍とはいえ、自分の国家を売ろうとした彼女には、裴茗は大きく大きく失望したはずです。だからこそ、引き取って面倒を見る間も、自分自身は宣姫に会いに行こうとはせず、全て世話係に任せたのです。

 

宣姫は捕まった時に、裴茗を呪いました。「誰かを好きになっても、私のように永遠に四六時中、恋の烈火に焼かれて苦しめ」と。裴茗は、通霊で裴宿からその言葉を聞いて、即座に「それはない」ときっぱり否定しています。彼は特定の誰かを好きになることは決してないのです。ましてや宣姫のように特定の誰かに執着することもありません。彼はそういう人なのです。

 

人間の時もそうでしたが、神官になってからも彼は何も変わりません。女たらしですが、行動原則がとてもわかりやすいですよね。

 

宣姫は恋に溺れて、一度も本当の裴茗を理解していなかったのではないかと思います。彼が特定の誰かを好きになる人ではないこと、特定の誰かと結婚するような人ではないこと。国への忠誠心が人一倍強いこと。なんと最後の呪いまで、的を外しているのです。

 

そこに思い至ると、もう悲劇を通り越して、哀しさを感じてしまうのです。宣姫は裴茗を心から愛して、鬼になるぐらい執着したのに、物語の後半で裴茗と再会した時には「君は誰?」と、裴茗は覚えてさえもいないのです。かつて惹かれた女将軍の宣姫の面影が全くなくて、分からなかったのかもしれません。

 

物語の後半では、宣姫がかつては王女よりも国の男性から人気があったことが描かれています。そんな華やかな女将軍だった自分が、一体何のために国を裏切って、何のために自ら命を絶って、何のために何百年鬼になってまで執着してきたのか。この何百年の間に、自分がどうして颯爽とした女将軍から、醜い狂った女鬼になったのか。

 

得たものは何か、失ったものは何か。

それに思い至った時、きっと心から虚しくなったんだと思います。

 

いつか裴茗が自分の思いに感動し、思い直してくれるかもしれないと期待した彼女の思惑が、実は最初から外れていたことに、ついに最後に気が付くのです。

 

 

こうして深掘りしてみると、宣姫に対しても、裴茗に対しても、また違った印象を持ちませんか?

天官賜福は一つ一つのキャラクターが生き生きと描かれていて、本当にどのキャラクターも深掘りし甲斐があって、大好きですおやすみ