今朝、ふと鏡の前を歩いて横切った瞬間、
∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
胸が違う! と気づいた。
慌てて正面に向いて見直すと、
胸周辺の
エネルギー場が広がっている!バストが大きい人のように見える。
けど、実際バストサイズは変わっていないと思う。
姿勢が変わったことで、肩の位置が変わり、
マツコ・デラックスの胸のエッセンスを煎じて飲んだような雰囲気になったのだ!
以前の私の体姿勢も覚えている。
戻してみると、肩が前に出て、胸が引っ込む。だから小さなバストに見える。
もう一度、あのエネルギーダウンロード、「私は見たいものを自由に見ることが許されている。」バージョンの私の姿勢になると、またマツコ・デラックスのエッセンスバージョンの私になる。
ビフォー、アフター、ビフォー、アフター
1、2、1、2 とリズムよく切り替えて遊んでみる。
目のエネルギーを変えたら、バストアップ効果があるとは! 20年くらい前に変えたかったー!(。>0<。)
近視のエネルギーである自分のエネルギー場を内向きに引っ込めることになった原点は、大人目線の理解では分からないことも多い。
その頃何があったか、思い出しても、
わかりやすい出来事、例えば親の離婚、入院等による離れ離れ、イジメ、大人目線でわかりやすい虐待といったことがあればひもときやすいけれど、
そうでないとこの地球に社会参加しはじめて数年はいろんなことが意味不明の未解決のまま、
恐れ、不安、ストレスをやり過ごしていくことになる。
眼鏡、コンタクトレンズを外すと、この情緒的未解決封じ込め問題が思い出されて来るらしい。
しかし、私は今までにもう意図的にあれこれ探ってきてヒーリングしてきたので、もう自分ではネタ切れになっている。
しかし、この本はそこの部分のフォローもしてくれた!
私は幼稚園から小学校低学年の頃の、人間社会の、やたらとしゃべりまくって交流する習性の人間集団に圧倒されていたのを思い出した。
道で歩いていて出会う犬や猫などの動物は、口で会話することなく、黙ってもっと全体的な気持ちを交流することができた。
近所の子やいとこなど、数人と遊んでいるときは、口でしゃべりながら交流もするけれど、多分もっとそれ以外の部分の意思疎通があったように思う。
そもそもその前の段階である赤ちゃんは、話せなくても意思疎通を送っている。
ところが人間の集団になると、なんでこんな意味のたいしてないことを雀の集団のようにしゃべり続けるのか?
圧倒されていた。
それをぼんやり思い出せた。
あの感覚は何だったんだろう?
おそらく、私固有の感覚だったと思う。
ギャラクティック・ルーツ・カードで引いてみたくなった。

地球になじめなくてホームシックになっていたらしい。
なんてったって、小学校低学年をピークに自殺願望が強かった。
そして、この本を読んでいたら、
「私、近視の問題を解決しないと、この人生終えられないかもー?!」
という衝動が湧いてきた。300年くらい留年のように生きている自分を想像してしまった。( ̄□ ̄;)!!
我に帰って、そんなことはないだろう!と自分を押さえてしまう。
この本にこんな文章がある。
「レンズを外すと、隠れていた感情がふたたび表出するが、それを「ぼかした」ままにしておかないで、それとの新しい付き合い方を見つけなければならない。眼鏡の奥に潜んでいた自分の一面にふたたび触れることは、刺激的だし、力がみなぎって来るはずだ。しかし、最初のうちは、自分のそんな一面を認めたくないものである。長らく隠しておいたものだから。」
まだ1/3以上残っている!
近視は治る―心と視力のメカニズム