ライフチェンジナビ -187ページ目

ライフチェンジナビ

カードリーディング・チャネリング・エネルギーワーク
スピリチュアル・コンサルティング

今朝の9:03に新月でしたね。

今回はボイドタイムがかかっていて、願い事は明日かあさってが良さそうですね。

コレットさんの新しいカードで、今日のカードを引くと、



半透明の三日月が描かれている20番のカード、「想像する」でした。

想像してマニフェスト(現実化)へつなげる。

何を願うか、願ったら叶うのですから、何を願うのかが重要ですね。

想像を巡らし、感じてみて、何を願うかを吟味する夜にするのが、ボイドタイムの被った新月の晩の過ごし方としてみてはいかがでしょう。

今月はハロウィンですが、

追加して知っておくことのカードが、仮面を被った人の絵でした。

今月に入って、自分に正直になることのメッセージが、インナーチャイルドを原点として癒していくシンクロがあります。

カラーカードのイナさんが、今年の来日を延期されましたが、日本だけでなく他の旅行や仕事もキャンセルして、自らのインナーチャイルドの癒しに取り組んだそうです。


自分に仮面を被ることは本当の自分を隠すことです。

ほとんどすべての人が、幼少期に仮面を被ってそのまま外すことなく来ています。

もうひとつのこのテーマでのシンクロの、アメリカのファイナンスの人のメルマガで、税務書類ですら7年たてば廃棄してよいのに、被った仮面を何十年もそのままにしてる必要はない!というせりふがありました。


今回の新月は、仮面を被りっばなしの自我の立場からの願いではなく、

自分でも忘れてしまった本当の自分を探しだし、そこから想像を始めるのも今月ならではです。
今朝、ふと鏡の前を歩いて横切った瞬間、

∑ヾ( ̄0 ̄;ノ

胸が違う! と気づいた。

慌てて正面に向いて見直すと、

胸周辺のエネルギー場が広がっている!


バストが大きい人のように見える。

けど、実際バストサイズは変わっていないと思う。

姿勢が変わったことで、肩の位置が変わり、

マツコ・デラックスの胸のエッセンスを煎じて飲んだような雰囲気になったのだ!

以前の私の体姿勢も覚えている。

戻してみると、肩が前に出て、胸が引っ込む。だから小さなバストに見える。

もう一度、あのエネルギーダウンロード、「私は見たいものを自由に見ることが許されている。」バージョンの私の姿勢になると、またマツコ・デラックスのエッセンスバージョンの私になる。

ビフォー、アフター、ビフォー、アフター

1、2、1、2 とリズムよく切り替えて遊んでみる。


目のエネルギーを変えたら、バストアップ効果があるとは! 20年くらい前に変えたかったー!(。>0<。)


近視のエネルギーである自分のエネルギー場を内向きに引っ込めることになった原点は、大人目線の理解では分からないことも多い。

その頃何があったか、思い出しても、

わかりやすい出来事、例えば親の離婚、入院等による離れ離れ、イジメ、大人目線でわかりやすい虐待といったことがあればひもときやすいけれど、

そうでないとこの地球に社会参加しはじめて数年はいろんなことが意味不明の未解決のまま、

恐れ、不安、ストレスをやり過ごしていくことになる。

眼鏡、コンタクトレンズを外すと、この情緒的未解決封じ込め問題が思い出されて来るらしい。

しかし、私は今までにもう意図的にあれこれ探ってきてヒーリングしてきたので、もう自分ではネタ切れになっている。


しかし、この本はそこの部分のフォローもしてくれた!


私は幼稚園から小学校低学年の頃の、人間社会の、やたらとしゃべりまくって交流する習性の人間集団に圧倒されていたのを思い出した。

道で歩いていて出会う犬や猫などの動物は、口で会話することなく、黙ってもっと全体的な気持ちを交流することができた。

近所の子やいとこなど、数人と遊んでいるときは、口でしゃべりながら交流もするけれど、多分もっとそれ以外の部分の意思疎通があったように思う。

そもそもその前の段階である赤ちゃんは、話せなくても意思疎通を送っている。

ところが人間の集団になると、なんでこんな意味のたいしてないことを雀の集団のようにしゃべり続けるのか?

圧倒されていた。

それをぼんやり思い出せた。


あの感覚は何だったんだろう?

おそらく、私固有の感覚だったと思う。


ギャラクティック・ルーツ・カードで引いてみたくなった。






地球になじめなくてホームシックになっていたらしい。

なんてったって、小学校低学年をピークに自殺願望が強かった。

そして、この本を読んでいたら、

「私、近視の問題を解決しないと、この人生終えられないかもー?!」

という衝動が湧いてきた。300年くらい留年のように生きている自分を想像してしまった。( ̄□ ̄;)!!

我に帰って、そんなことはないだろう!と自分を押さえてしまう。


この本にこんな文章がある。

「レンズを外すと、隠れていた感情がふたたび表出するが、それを「ぼかした」ままにしておかないで、それとの新しい付き合い方を見つけなければならない。眼鏡の奥に潜んでいた自分の一面にふたたび触れることは、刺激的だし、力がみなぎって来るはずだ。しかし、最初のうちは、自分のそんな一面を認めたくないものである。長らく隠しておいたものだから。」


まだ1/3以上残っている!

近視は治る―心と視力のメカニズム


オープンフォーカス瞑想したら、シンプソンズのホーマーになった気分になりました。





昨日のblog記事をアップした後、スマホを置いて歩き出したら、

目の開放感に感動~↑

そしてもうひとつ、胸の開放感に感動しました~。

ブログを書いているときは、座って、たいていの人がやや下向き、内向きの姿勢になるように、私も姿勢が内向的だったと思います。

立って歩き出すと、胸の周りのエネルギーの広がりが感じられました。

登山用リュックなどで、肩の負担を軽減するための、鎖骨と胸の間にあるベルト、


こういうの↓


https://hands.net/goods/4534570299510/

(画像は東急ハンズさんよりお借りしました。)

これを外したときの胸の開放感みたな感じ。

心理的に胸のインナーマッスルにこのベルトが埋め込まれていたんだなあ。ずっと筋肉が収縮していたんだなあ。

と思いながら、胸の周りの開放感に浸り、

外の道を歩くと、姿勢が変わっている。

乳首を突き出して歩いている感じ。


もう一度室内で座ると、呼吸の度に、胸の動きが前後だけでなく、横にすごく膨らむことに気づく。

深呼吸してないけど、深呼吸みたいな呼吸だ。

呼吸の度に、腕が自然に横へ動く。

この新しい呼吸の仕方に意識がフォーカスするので、自然とオープンフォーカス瞑想になる。

そこで疑問、はたしてこの状態が続くのか?


夜は夜道を歩いてスーパーに行ってみた。

オープンフォーカス瞑想で歩いてみる。

暗いところと明るいところの両方、つまり辺縁視力と中心視力の両方を試してみたかった。

私は店舗ショッピングを長時間すると、いつも目が疲れて頭も疲れる。

オープンフォーカスで店舗を歩くと、目が疲れなかった!

夜道では、胸をはって歩くので、視線がいつもより上になり、背骨の上部が後ろに反れるので、頭部でその分のバランスをとってあごが下がる。顎を引いて歩く感じ。

脚は、腰から自然な重みで振り子のように前に出る感じになった。

今までは、腿の前方の筋肉を収縮して腿をを持ち上げて前に出し、脚を運んで歩いていた。

オープンフォーカス瞑想で歩くと、違う人格の人間になったみたいだ。

どんな人間か?

アメリカ漫画のお腹の大きい楽天的なおじさんになったような気分だー。
ヾ(@^(∞)^@)ノ




途中、今までの自分の歩き方に戻してみる、つまり、オープンフォーカス瞑想をストップすると、

姿勢が少し前傾になり、気分がせかせかしてくる。

またオープンフォーカス瞑想歩行にすると、人格がスイッチしてThe Simpsons キャラ。


The Simpsons: Homer Deluxe Adult Costume ザ・シンプソンズ:ホメロスデラックス大人用コスチューム♪ハロウィン♪サイズ:XXL (50-52)


歩き方が変わると、人格が変わった気がするのは、人生観が変わるからだと思う。

目がいい人って、こんな感じで歩いていて、こんな感じで人生を感じている、観じているのかあー。

と思う。