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よく見るとヤムの右の手の甲は岩場に叩きつけられたのだろうか血が噴出していた。

(この冷たい海の波を何時までも耐えられるはずがない)

そう考えたと同時にクーモはその岩場めがけて泳ぎ始めていた、海面の波は岩に当たり右から、そして左からと容赦なくクーモに襲いかかった。

ヤムの場所へ後、少しといった所でクーモは自分の足から大量の血が出ている事に気が付いた。体が冷え切ってしまい感覚が薄くなって今まで気が付かずにいたがその傷は相当深そうだった。しかし、クーモは自分の傷の事よりも一刻も早くヤムの場所まで行って上げる事しか考えられなかった。

もう目の前にヤムがいる、しかしその場所は波が寄せるとクーモの体を岩場に叩きつけ、そして引く波でクーモの体を引きずりクーモの身体からはあちらこちらから血が噴出した。クーモはヤムに向かって叫んだ。

「ヤム大丈夫か!」

ヤムはクーモの問いかけに答えられなかった。

小さなヤムには波の襲いかかる恐怖に耐えることが精一杯で今、岩場でヤムを励ましている兄弟達の声やクーモの声はまったく届くことはなかった。

クーモがヤムの右手に目をやると傷は五センチ以上に裂けその小さな手から白く骨が見える程の深手だった。

クーモが呼びかけてもヤムは恐怖心からか岩場にしがみ付き身動きさえしなかった、その身体はまるで海藻の様に引く波と寄せる波にただ遊ばれているかのように漂うばかりであった。

「ヤム!」

やっとの事でクーモがヤムに触れられる程近くに行く事が出来たがヤムは相変わらず身動き一つ出来ないままでいた。岩場にしがみ付いているヤムの身体を抱きかかえクーモは剥がそうとしたがヤムの身体は岩場に張り付いている貝の様に身動き一つしなかった。そこでクーモはヤムの身体を寄せる波から守る様に重ねそして何度もヤムの名前を叫んだ。

「ヤム、大丈夫か!ヤム、ヤム、ヤム。」

何度も叫んでいるとやっとヤムが意識を取り戻したかのか顔を上げクーモに向かって一言呟いた。

「お兄ちゃん」

その言葉を聞きクーモは少しホッとした。

(このままヤムを抱えては泳げない。しかし、ヤムを背中にしがみ付かせて泳ぐ事は出来てもヤムの右手の傷では俺にしがみ付いている事が出来ない。いったいどうしたらいいんだろう?)

クーモは悩んだ。

その時、二人に大きなうねりの波が襲って来た。引く波にクーモの体が一瞬重くなったかと感じた瞬間、今度は一気に浮き上がるような大きな波が二人を襲いその後、叩き付けるよ様な波が何度となく続いた。

クーモはこの波をやり過ごす事に必死になっていたがこの大きなうねりはクーモ達がしがみ付いている岩場のはるか上まで届いている事にクーモは気がついた。

(そうだ、上手く出来ればこのうねりでヤムを岩場の上まで運んでしまう事が出来るかもしれない。)

そう考えたクーモはヤムに向かって話し始めた。

「もう大丈夫だよ!お兄ちゃんが来たからもう大丈夫。ヤム、次の大きな波が来たら俺がヤムを抱えて岩場の上まで運ぶから少しだけ自分で登るんだ、上には皆が待っているからね」

そう言うとクーモは両腕と身体でヤムを包み込み波から守りその一瞬のタイミングを計った。


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図書館の入り口へ向かう途中、クーモは敬子に今までの自分の生い立ちを話し始めた。

島での暮らし、優しかった家族、そして自分の死、この時初めて敬子はクーモがどの様にしてここに来たのかを知った。

クーモは南洋のそれは小さな島で育ったそうだ、一年を通して温暖な気候だったが島の表と裏では海流が違い表は遠浅で暖流になっており裏は一面の岩場が続き寒流が流れていた。島の住人達はこの岩場が続く寒流の場でよく漁を行なっていた。

岩場付近では海草や貝など色々な物が取れたが、岩場付近の海は魚影が濃く大型の魚が多く取れた。

クーモもよくこの島の裏で漁を行っていた。その日は兄弟達も岩場で蟹などを探し兄の

漁をする姿を見に来ていた。
クーモは岩場にいる弟達からは離れ少し沖に向かって泳いだ、うねりこそあるが白波が立たぬ程度の深さのある場所で漁をする、あまり岩場に近づきすぎてしまうと大波が来た時に波と一緒に自分まで岩に叩き付けられてしまうからだ、この事はクーモの父から教わりその父は祖父に教わりその漁の仕方は代々教え伝わっていた。

家族


その日の漁は、快調だった。波は季節の変わり目で少し高かったが慣れたクーモには何の問題もなかった。五メートルも潜ればそこには魚が豊富に生息し漁はさして難しくなかった。しかし、あまり長い時間海で漁をしていると寒流に体が冷え足を攣り早い流れに体を持っていかれてしまう危険性があるので三十分間隔で休憩をする事にしていた、この事もクーモは父から教え込まれていた。

漁をして三十分が過ぎた頃だった、クーモは自分の体が冷えてきり硬くなっている事を感じ始めていた。長い時間潜り続け、唇は紫色に変色し手の先や足の感覚も弱ってきていた、水中で最後の魚を仕留め水面に顔を上げると岩場で兄弟達が何やら騒いでいた。

岩に叩きつけられる波音でクーモには弟達が何を騒いでいるのかはまったく理解出来なかったがそれがただ事でないのは皆の表情ですぐ理解できた。

皆の様子を見ていると一様に皆、同じ場所を指差していた。よく見ると一番下の弟のヤムの姿が見えない事に気が付いた、まだ五歳になったばかりのヤムは兄弟達と(かた)(とき)も離れなかった。クーモはこの年の離れた一番下の弟をこの上なく可愛がっていた。

この岩場でもつい先程まで皆と大騒ぎをしていた姿があったのに、今はその姿が見えない。

(どうしたんだ・・ヤムだけいないじゃないか)

クーモは皆が指している場所を見ようとしたがうねりが高くなかなかその場所が見えずにいた。

しかし、只ならぬ兄弟たちのその表情でヤムの身に何かが起きたことだけは理解できた、クーモは全力で皆が指している岩場付近に向かいその付近を見回した。

(いた!)

岩場から落ちたのだろうヤムは小さな体で必死に近くの岩にしがみ付いていた。しかし、その場所は打ち付ける波も高く危険な場所であることは見ただけでもクーモには判断できた。海で漁をしているクーモたちにはこの一瞬の判断に生死をかけてきた。そのクーモが見てもヤムのいるこの状況がどれだけ危険かは直ぐに察しがついた。


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二人は椅子に腰掛け仕事でも終えたかのような充実感に溢れた様子で(たたず)んでいた。

そんな寛いだ状態でいる敬子に向かって突然クーモが尋ねた。

「この本が見つかったって事は俺はリリィの様に次の世界に行く事になるんだろ?そうしたらケイコは一人ぼっちになってしまうじゃないか」

そうクーモから言われ始めて敬子は自分がこれで一人になってしまう事に気が付いた。それはとても心細い事でこうして今、クーモがいてくれる事がどれだけ自分を支えていてくれたかを感じていた。

「大丈夫」

そう敬子が言うと

「本当に大丈夫なのかい?」

心配そうに敬子を見つめるクーモの顔を見ているとその優しさに涙が出てきそうな敬子は強がってクーモに言い返した。

「私に出会って、リリィやクーモ達は自分の一冊が見つかったんだから私自身の本なんてすぐに見つかるわよ!だから安心して」

そう敬子が言う戸と何か割り切れない様子の表情でクーモは敬子を見つめていた。

「さあ、クーモ!今度はあなたの番よ、この一冊を持って図書館の入り口に向かって行きましょう今度は私があなたを送るわ」

そうクーモに向かって声をかけるとクーモの瞳からは幾つも、幾つも涙の粒が止まる事なく溢れて出た。

「どうしたの?クーモ」

心配そうにクーモの顔を覗き込むとクーモは弱々しい声で敬子に言った。

「だって、俺はこんなにいろいろとケイコにしてもらったのに俺は何一つケイコにして上げられない」

敬子はそのクーモの優しい言葉に今まで涙を流すまいとがんばっていたがそれはもう無理だった。敬子の瞳からもクーモと同様に涙が溢れ出しその涙を止めることは出来なかった。

「ありがとうクーモ。あなたがいてくれただけでどれだけ私の心が救われたか解らない。心細くてしかたがなかった時にクーモに出会って、もしあなたに出会わなかったら私はまだ図書館の入り口付近で意味もなくただ本を読んでいるしかなかったと思う。だからそんな事は言わないで、わたしだってとてもクーモに感謝しているんだから」

そう言うと二人は迎える別れを前に止まる事の無い涙を流し続けた。

「さあ、いこうか」

涙も出尽くすと敬子がテーブルに手を付きクーモに勢いよく声をかけた。しかし、クーモは未だに涙が止まらずテーブルの椅子に腰掛け下を向いたままだった。

「クーモ、しっかりしなさい!」

そう、敬子がクーモを奮い立たせるように言うと

「解ったよ!ケイコ」

二人は席を立ち、この西の果てからリリィを見送った図書館の入り口へと足を向けた。