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南へ歩く途中、敬子はたわいも無い話や今までのこの図書館で起こった出来事をヤンに話し始めた。自分が死んでこの図書館のはるか手前で意識を取り戻し、先に見える巨大な建物に向かって歩き出した事。そして入り口で二匹のウサギと出会い、この図書館で次の人生の一冊を選択する為の本を探さがなければいけないと説明を受けた事やその途中でクーモやリリィと出会った事などまるで過ぎてしまった遠いい過去を懐かしむ様に時間をかけてヤンに話をした。その話を時には嬉しそうに、そして時には驚いた様子でヤンは真剣に聞き入った。

二人は今までの寂しさを取り返すかのように互いに色々な話を語った。ヤンはここでの話よりも生前の家族の話が多かったがその話に敬子は満足していた。

敬子が視線を先に向けるとその先には白い壁越しにかすかであったが影のようにテーブルが微かに見てきた。

「ヤンさん、やっと南の端に着きますよ」

そう言うとヤンはホッとした表情で敬子に向かって声をかけた。

「やっと着きますか、これで敬子さんも東西南北全てこの図書館を見て回った事になるんですね。次は本気であなたの本を探さないといけませんね。」

「そうですね、でも私決めているんです。」

「何を決めてるんです?」

不思議そうに敬子の顔を覗き込むヤンは突然気が付いたように敬子に言った。

「もう本は見つけてあるんですか?」

「違うんです。私、クーモと別れた後考えたんです、けど次の人生をこの大きな図書館の本から選ぶことなんて出来ないんじゃないかと考えたんです。

幸せな人生だけを選択して生きて行く事が本当に私にとって良いことなのかどうか疑問に思えて来たんです。だから私は自分の人生はこの本とは決めずに次に触れた本に任せる事にしたんです。

「次に触れた本ですか」

「はい」

「その本はどうやって見つけ出すんですか?」

「それはまだ・・」

どうやって探すなど今まで考えていなかった敬子は照れくささを隠すようにヤンに向かって笑ってみせた。その笑顔にヤンは答えた。

「この先まだまだ新しい本は出てきますよ、あなたが出会いたいと思っている本はその内容を読まなくてもその本自体があなたを選んでくれますよ、きっと・・」

「本が私を選ぶ・・」

何とも今までのクーモやリリィとは違った考え方をするもんだと感心しながら敬子は素直にヤンのその話を聞いていた。

「もしも、私を待っていてくれている本があるのであればとても嬉しいですね」

「その本は意外と近くにあるかもしれませんよ」

そう笑顔で答えるヤンに対して敬子は素直にその言葉を聞き入れられた。

二人がそのまま歩いて行くとテーブルにも近づき、いつものようにその周りには椅子が置かれていた。今までの風景と代わり映えのない景色がそこにあったがそのテーブルの上には置き忘れていかれたように一冊の本が置かれたままだった。


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歩きながら敬子はヤンに尋ねてみた。

「ヤンさんは何時頃この図書館に来たんですか?」

そう敬子が言うとヤンはしばらく考えてから答えた。

「そう、いつだろう?でもだいぶ経つんだろうね・・」

あまりに抽象的な答えに敬子は拍子抜けした様子で質問を続けた。

「ヤンさんは次の世界に向かうのに今までどんな本を読んでいたんですか?」

「そうだね・・・んんん」

困った表情でいるヤンはその答えにも答えられなかった。

不思議に思った敬子はそんなヤンにこれならと言った質問をぶつけてみた。

「私が今までここで出会った人達は皆、この図書館に入る際に案内人からこの場所の意味やこの本棚の本の意味を教えてもらっていたんですがヤンさんはいったいどんな人が案内人としてこの世界の説明をしてくれたんですか?」

そう敬子に言われヤンはとうとう押し黙ってしまった。

何を聞いても答えようとしないそんなヤンに敬子は苛立ち始めた。

「ヤンさん、私に何か隠してます?」

そう敬子が言い切るとヤンは慌てたように首を振った。

「隠し事?とんでもない」

「じゃあ、何でヤンさんは何時来たかとか、どんな本を探しているとか、ここに来た人間なら当然の様に答えられる事が答えられないんですか?それにここへ来たときの案内人の事は皆、覚えてましたよ・・・」

不信感を抱いた敬子は強い口調でヤンに向かって言い切った。

その敬子の苛立った表情にヤンは驚いた様子で瞳は潤みまるで子供の様な顔で涙を流し始めた。その姿を見て敬子は年寄りであるヤンに向かって強い口調で問い質してしまった事を後悔をした。

「ごめんなさい。別にヤンさん怒ったわけではないんです。」

泣きじゃくるヤンは大きく首を振りその場にしゃがみ込むと何とも切なそうに泣き続けた。その表情を見ているだけで敬子の胸は押しつぶされそうになっていった。

(どうしよう。何であんなに強い口調で言ってしまったんだろう。クーモやリリィよりも古くこの場所へ居たとしたら何時来たかなんて解らないのは当然なことだし、クーモだって「何時からいたの」って言う質問に読んだ本の冊数を言っていたくらいだった。それに年齢も年齢だ、昔からここに居たとしたら案内人すら忘れて当然だ。)

今となっては疑問をストレートに投げつけた事に後悔ばかりする敬子だった。

ヤンが泣き続けしばらくした時、敬子はヤンの背中を包み込むように抱きしめた。むせび泣くヤンは落ち着き始めたのだろう、まだ膝を抱えて下を向いたままだったがもう泣いている様子はなかった。

「ヤンさんごめんなさい。私が悪かったわ、さあそろそろ南へ向かって歩きましょう」

そう言って敬子はヤンを抱き起こした。

ヤンは落ち着きを取り戻し敬子に向かって一言あやまった。

「ごめんなさい」

「とんでもない、私こそすみませんでした。これからの事は取りあえず南に着いてからゆっくり考えましょう」

二人は歩き出し少し南へ向かう道すがらヤンが敬子に向かって質問をした。

「敬子さんはどうして南へ向かっているんですか?」

「それは・・・」

少し照れくさそうに敬子は理由を話した。

「私は今までこの図書館の入り口から西の端、北の端、へと行ってみたので南の端を見ればこの大きな図書館の大体の大きさも解るし、ただ知りたいと言った理由だけなんです。これと言った訳はないんですよ。」

そう言うと敬子は照れくさそうにヤンに向かって笑いかけた。

「そうですか、それは大変でしたね。ここは大層広いからこの中の東西南北の全てを歩き回るなんていったいどの位を歩いたら回れるのか私には考えられない事ですよ」

そう言ってヤンは敬子に微笑み返し、その笑顔に敬子は何ともいえない懐かしを感じていた。


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東の端は敬子が思ってみたよりも長く感じられた。それは今まではこの図書館がいくら長くてもクーモとの会話で紛れていた事に始めて気が付いた敬子だったが今となっては一人で歩くこの道のりは苦痛のなにものでもなかった。

「ああ、どうしよう、こうして一人で歩く事がこんなにも苦痛だなんて思っても見なかった」

棚にある数多くの本を眺めながら敬子は一人、東の端を目指し歩き続けた。

永遠と本棚の間を歩き続けやっとの事で東の壁が見えてきた、その先にある白い大きな壁はまるでこの世のものではない事を実感するのに何も違和感がなかった。

「やっと着いた」

そう敬子が呟き、壁沿いのその先を見ると、そこにはやはり大きなテーブルと八脚の椅子が置かれていた。

「取りあえずあのテーブルまで行ってみよう」

そうは言ったがそのテーブルまでの距離はまだ遥か先に見えテーブルも椅子も敬子には点の様に小さく見えた。

一歩、一歩、テーブルに近づいて行くと椅子に誰かが腰掛けている様に見える。

敬子がそのテーブル近くまで歩いて行くと老婆が一人座っていた。その老婆は敬子に気がついたのか少しだけ首を傾け上目使いに顔を覗き込んだ。

「どうしましたか?お婆さん。」

そう敬子が聞くと老婆は何も答えずただ敬子の顔を見つめるだけだった。

「お婆さん、お婆さん」

敬子がその老婆の肩に手をかけると、やっとその老婆は小さな声で話し始めた。

「私はここで人を待っているんです。」

「待つ?この図書館ですか?」

「はい」

そう言って老婆は頷いた。

「人と言ってもこの図書館にはそう多くの人はいないと思いますよ」

「はあ、そうですか。でもここで私は待ちたいんです。」

「そうですか?いったい誰を待っているんですか?」

敬子はもしやクーモやリリィだったらどうしようかと思い二人の名前を出してみた。

「もしやクーモと言う少年ですか?」

老婆は首を一度、振った。

「それではリリィと言う女性ですか?」

今度、老婆は首を二度、振って答えた。

「それじゃあいったい・・・」

そう敬子が聞くとその老婆は敬子に向かって言った。

「私の母を待っているんです。」

「お母様をですか?」

「はい」

(年で言えば八十歳は有に過ぎているだろうこの老婆の母親とはいったいどの様な人だったのだろうか?)

敬子はその老婆に母親について訊いてみた。

「いったいどの様なお母様だったんですか?この図書館にいるんですか?

「いいえ、まだ出会えてないんです。ですからここで待っていればいつかきっと母に出会えるんではないかと思ってこうしてここで待っているんです。」

そう言うとその老婆は少しずつ敬子に生前の遠い記憶を話し始めた。

「私の母は私たちが幼い時に亡くなってしまったので私にはまったく記憶がないんです。でも父が残してくれた写真の中の母はそれはもう優しい笑顔でした。子供の頃はその写真を抱いてよく寝たものです。」

「そうだったんですか、私もまだ幼い子供を残してこちらに来たのであなたのお母様の気持ちが少しだけ解る様な気がします。」

「そうなんですか?あなたはお子さんを残して・・・」

「はい」

そう言うと二人の沈黙は互いの思い出を思い返すかのようにしばし続いた。

敬子は顔を上げ目の前の老婆に自己紹介をした。

「そう言えば私まだ名前も言ってませんでしたね、私は渡辺敬子と言います」

老婆は顔を上げ敬子に向かって親しみのある笑顔で答えた。

「私の名前はヤン・ラングと言います。」

「そうですかヤンさん」

敬子は始め自分の残してきた子供と目の前の老婆を重ねて想えていたが、自分よりも年上であるこの老婆とつい先ほどまでの記憶にある優貴と沙紀の可愛らしい笑顔がどうしても重ねる事ができなかった。しかしその前に彼女はヤンと言う名前から日本人でもない事もすぐに理解出来た。

「ヤンさん、でも何時までもここであなたのお母様を待ち続けても永遠に出会えないかも知れませんよ、この場所は次の人生を探すところであって待ち合わせる場所ではきっとないんですから」

そう敬子はヤンに向かって説得を図った。

(このまま私が通り過ぎればヤンさんは永遠にお母さんを待ち続け次の人生を探す事をしないだろう、そうあってはいけない様な気がする。)

敬子はこの老婆の事がどうしても気になりほっとく事が出来ずにいた。

「ヤンさん私と一緒に自分の本を探しに行きましょう」

敬子が、ヤンに向かって呼びかけるとヤンはその場で少し考えた、何時までもここで一人で待っている事にも耐えがたかったのだろうヤンは敬子の申し出を軽く頷き承諾した。

「そうですか、それでは行きましょう」

その言葉にヤンは椅子を引き立ち上がった。そして敬子はヤンの手を握りそのテーブルを後にして取りあえず南へと歩き出した。