8時30分。
9時始業の俺の会社に、続々と社員が出勤してくる。
俺はいつもは車で出勤するが、今日は電車で来た。
もしかしたら、裕歌ちゃんに会えるかもしれないと思ったからだ。
けれども、彼女には会えなかった。
今日使う、メインの会議室に入ると、半分くらいのスタッフが集まっていた。
近くにいた陽子さんに声をかけてみる。
「陽子さん、裕歌ちゃんはまだ来てないの?」
「社長、おはようございます。
裕歌ちゃんなら、20分くらい前に来てると思いますよ。今はビルをぐるぐる回ってるはずですよ。
昨日スカイさんに案内してもらった場所をもう1回確認してくるって、メモ残してますから。」
「20分前!? 若い人は行動が早いね。」
そう言って自分の席に着こうと思ったら、陽子さんに引き留められた。
「そういえば、社長。裕歌ちゃんの言う『スカイさん』って、もしかして社長のことですか?」
「良い名前だろ。彼女がつけてくれたんだ。
彼女の好きな作家の作品に出てくる、空井っていう名前の奴のあだ名が『スカイ』っていうらしい。」
「そうですか。まあ、私は『社長』って呼ばせていただきますよ。」
陽子さんは作業をしながら、ふっと俺のほうを見て静かに笑った。
そして、別室に忘れ物をしたのか、陽子さんは部屋を出て行った。
8時50分。
会議室に裕歌ちゃんが戻ってきた。
彼女は、すれ違ったり目が合ったスタッフにお辞儀をしながら、自分の席に着いた。
20分経ってほとんど集まったスタッフの視線が彼女に集まる。
仕方がないといえば仕方がないことだ。彼女の事情はいろいろと複雑だ。
彼女はパソコンをカタカタ打って、隣の席の陽子さんと打ち合わせをしているようだった。
それが終わると、しきりに羽織っているシャツの右端のほうを気にしている。
9時。
夢人が座る5席を残して、会議室は満席になった。
「起立!」
俺が少し強めで号令をかけた。
そして、一息入れてから、ふっと笑って言った。
「みなさん、おはようございます。
今から、夢人10周年記念アルバム制作、初の合同制作会議を始めます。よろしくお願いします。」
すると、スタッフ全員が、「よろしくお願いします。」を息ぴったりに言い、深く一礼した。
1か月間、ここでどんなことが起こるのだろう。
裕歌はどんなことをしてくれるのだろう。
そんなことを考えるだけで、楽しくなった。