はじめに
みなさん、こんにちは。本野鳥子です。今回は、サトクリフの「イルカの家」という物語についてです。彼女にしては珍しく、主人公に少女を据え、大航海時代のロンドンの暮らしと、そこに満ちていた希望が描かれます。
「イルカの家」ローズマリー・サトクリフ(評論社)
孤児となったタムシンは、ロンドンに暮らす鎧師のマーキュリーおじさんの家に引き取られた。にぎやかな一家と暮らす中で、タムシンは自分自身の居場所を見つけていく。
とにかく平和だった。ローマ・ブリテン四(三)部作や、「落日の剣」など、容赦ない筆に慣れきっていただけに、タムシンの日々はとりわけ暖かく、優しい光に満ちているように感じられてしまった。
もちろん、鮮血が舞い飛ぶ戦場の中で見つけるものもあるが、それとは異なり、このようなタムシンの日々にしかないものもあると思う。それから、戦場や殺伐とした大人たちのやりとりは、血湧き肉躍るけれど、読んでいて疲れる。フィクションとはいえ、誰かの生死を常に気にかけながら文章を追っていくのは、スリリングで手に汗が滲むが、心の揺れ動きが激しくて、それはそれで魅力的だけれども、体力を使うのだ。
話がずれるが、本当に以前読んだ「白馬の騎士」はその極めつけだった。サトクリフをそこそこの数読んできた私は、ある人物に嫌な予感がした。心配しながら読み進めたら、不本意ながら的中してしまったのである。田中芳樹さんの作品並みに疲れた。
で、話を戻すと、だからこの「イルカの家」は私にとって、とにかく癒やしを与えてくれる物語、という印象だった。タムシンとピアズの幼い恋も、見ていて微笑ましくなる。今まで読んできたサトクリフの作品とは作風が違って、かなり驚いたが、同時に感心もした。こんな風に毛色の異なる作品を見事に書き分ける腕には、感嘆する。
だが、その一方で舞台の生々しさは健在だった。当時のロンドンの空気が、行間から漂ってきそうな感じがする。“ほとんどふたご”とタムシンが、森の中を冒険する場面などは、緑の光が頭上から差してきそうだった。鮮やかな色が、白黒の紙から立ち上がってくる感覚がある。こういう描写は、上橋さんとも共通するところがあって、やはりお好きなのだな、と思う。
美しい風景の中で、生きる登場人物たちの日常が、温かみに満ちた一作だった。
おわりに
ということで、「イルカの家」についてでした。お楽しみいただけましたでしょうか。さて、次回は同じくサトクリフの「闇の女王にささげる歌」についてです。どうぞお楽しみに。それでは、最後までご覧くださりありがとうございました!