はじめに

 みなさん、こんにちは。本野鳥子です。しばらく間が空いてしまいましたが、今回は、ローズマリ・サトクリフの「王のしるし」という作品についてです。岩波少年文庫で出ているサトクリフの作品の中で、唯一未読だったものでした。今回も期待に違わぬ傑作です。さあいざ、古代のブリテンへ……。

 

「王のしるし」ローズマリ・サトクリフ(岩波少年文庫)

 奴隷として生まれ、剣闘士を続けていたフィドルスは、親友を殺したことで自由を得る。突然の自由に戸惑い、町をさまよっていた彼は、ダルリアッド族のシノックという商人に見出され、王であったマイダーの身代わりを務めることとなった。一族を導く立場となったフィドルスは、王位を奪って不当な地位を占めるリアサンを倒すため、仲間たちと共に奔走する。

 

 フィドルスが偽者であることが、いつ周囲に露見するか、私自身も気が気ではなかった。これほどまでにはらはらさせてくれる作品も珍しい。闇夜の中で展開される戦闘描写には、今作も手に汗握る迫力があった。

 

 フィドルスの周囲の人々もまた、彼と同様魅力にあふれている。コノリーをはじめ、胸を熱くさせる場面が多々あった。特に、商人のシノックが印象に残る。先住民族でありながら、ローマとの交易をし、また戦士として生きることを選ばなかった彼は、最後まで彼らしくあったのだ、と思う。

 

 それから、本筋には直接関係ないが、いくつか気になって仕方がないことがあった。

 

 まずは、フィドルスが先住民族の〈黒い人々〉の老人と接する場面だ。

 老人は話題を変えるように、手をのばすと、大麦のパンをひとつ手にとった。(中略)細く黒い手のなかにあるものの輪郭がぼやけ、何かほかのものに変わってしまったように思われた。(中略)ほとんど黒といってよい翼の羽根に黄金色の縞が入っていた—そしてつぎの瞬間—だがフィドルスの心の中で何かがそれに反抗した。「それならどんな羽根だね?」「黄金色のチドリの羽根だ—」

 長い場面なので、ところどころ省略してしまったが、お分かりだろうか。老人が手の中に持っていた大麦のパンが、『大地の魔法』で黄金色のチドリの羽根に変じる、という描写である。

 ここを読んで、上橋菜穂子さんの「鹿の王」を思い出さずにはいられなかった。ヴァンが〈濡れ羽〉を持った使者、アッセノミと初めて出会ったときにそっくりではないか。今ここで引用はしないが、道具として翼が使われていることといい、別のものに変じるところといい、共通点を見出さずにはいられない。上橋菜穂子さんは、この「王のしるし」も読んでいるのかもしれない、と思う。

 

 それから、〈辺境のオオカミ〉と呼ばれる部隊が作品中で登場してきたこともまた、他の作品との関連を見出さずにはいられない。サトクリフの「辺境のオオカミ」である。そしてなんと、タイトゥス・ヒラリアン、というローマの軍人が登場してくるのだ。「辺境のオオカミ」には、ヒラリオンという〈辺境のオオカミ〉で百人隊長を務める人物が登場する。私はヒラリオンが大好きで、血眼になって二人が同一人物かどうか確かめたが、描写を見た限りは違う人物のようだ。調べてみたところ、原書では表記が同じようなので、訳者の猪熊葉子さんはあえて日本語でのカタカナ表記を変えているのかもしれない。時代の違いも「ローマ人の物語」で調べようと思ったが、力尽きたのでまた今度にしておく。

 

 サトクリフの世界は、知れば知るほど奥ふかく、浅い知識でも楽しめるが、深い知識を持てばそれほど読み応えも増してく、とても味わいぶかい作家だ。今ばかりは、塩野七生さんの「ローマ人の物語」の内容をあまり覚えていない自分の記憶力が恨めしい。

 

おわりに

 ということで、「王のしるし」についてでした。岩波少年文庫のものは読み終えましたが、まだまだサトクリフの作品は未読のものも多いので、どんどん読んでいきたいです。それでは、またお会いしましょう。最後までご覧くださり、ありがとうございました!