はじめに

 みなさん、こんにちは。本野鳥子です。今回は、前回も予告しましたように、上橋菜穂子さんの「鹿の王」をご紹介したいと思います。まずは上巻です。どうぞ、お楽しみくださいませ。

 

「鹿の王 生き残った者 上」上橋菜穂子(角川書店)

 私は、この本を発売当初から何度も読んで、まだ5年が経過したほどなのにも関わらず、読み古されてカバーの端はぼろぼろになっている。ヴァンや、ホッサルたちの黒狼熱との戦いを脇で眺め、登場人物たちの必死さ、まっすぐさ、構成の巧みさ、設定の細かさ、この物語の全てに、のめり込んでいた。

 

 それは、今日読んだときも変わらなかった。上橋菜穂子さんは、長らく私にとっては、尊敬する作家の第一位である。彼女がいなければ、今の私はいなかっただろうと断言できるほどだ。

 

 たとえば、ローズマリ・サトクリフなどは、私は上橋さんをきっかけにして、手に取った。一番最近読んだ「ケルトとローマの息子」は、塩野七生さんの「ローマ人の物語」で背景を知ったおかげで、とても分かりやすかった。しかも、それに加えて奴隷の描写が、ヴァンの岩塩坑での描写と重なって、上橋さんがサトクリフから受けた影響が垣間見える。

 

 しかし、今回は、決定的に新しいものが、感想に加わった。

 

 それは、ひとえに、新型コロナウイルスの拡大による。「鹿の王」で展開されたような病の拡大が、まさにこの現実世界で起きているからだった。

 

 私は、医療現場については全くの素人である。そういった方向の知識は、かけらもない。しかし、黒狼熱の戦いで、寝不足になっても、患者のそばに立ち続ける、ホッサルやミラルの姿は、医療崩壊を思わせる。もちろん、ホッサルたちの生きる世界は、私たちのいる現実ではないが、それでも、共通するものを見いだすことはたやすい。

 

 このことは私に、上橋さんに対する、尊敬を通り越して畏敬の念すら抱かせた。誰がこの本の発売当初であった、2014年に、この新型コロナウイルスの拡大を予想できたろう。おそらく、上橋さん自身も、こんな状況になるとは全く思っていなかったはずだ。

 

 それにも関わらず、現実は「鹿の王」の状況に、偶然とは思えないほど似通っている。上橋さんはよく、物語が勝手に動くのを追っているだけ、というようなことをおっしゃっているが、今はまさに、物語が、その母である作者の手すらも越えて、動き出しているような、そんな錯覚すら覚えてしまうのだ。

 

 正直なところ、私も、感染症の拡大という話から「鹿の王」を再読してみようと手に取ってはみたものの、ここまで心動かされるとは思っていなかった。だが、「鹿の王」を今読むことの意味は、想像をはるかに越える大きさがあると、今は思う。空恐ろしい物語の力に、打ちのめされた。

 

 世界では、ホッサルやミラルたちのように、今も広がるばかりの病と必死に戦っている医療従事者の方々がいることだろう。その方々のことを思い、家に籠もって「鹿の王」の続きを読み進めようと思う次第である。どうか、まだ「鹿の王」を読んだことがない方も、昔読んだ方も、この機会に、「鹿の王」を手に取ってみていただきたい。きっと、新たな驚きが、自分の身に迫ってくるであろうから。

 

おわりに

 ということで上橋菜穂子さんの「鹿の王 生き残った者 上」の感想を書かせていただきました。続きももちろん書きます。家で、鬱屈した日々を過ごしている方々、電子書籍でも良いので、ぜひ「鹿の王」を手に取ってみてください。上橋さんご自身も、ブログで言及されていますが、本当に衝撃が大きかったです。それでは、またお会いしましょう!