はじめに

 みなさん、こんにちは。本野鳥子です。少し間があいてしまいましたが、本は読めてました。というわけで、今回は連続で4本。まずは一冊目、前回予告いたしました塩野七生さんの「ギリシア人の物語」の最終巻、「新しき力」になります。ギリシアの栄華が、今まさに終わりを告げようとしています。

 

「ギリシア人の物語 Ⅲ 新しき力」塩野七生(新潮社)

 都市国家として繁栄した時代が終わり、登場したのがマケドニア。フィリッポスもさることながら、彼の息子であり、数々の英雄の元祖といっても過言ではない、かのアレクサンドロスが登場する。卓越した戦術眼と洞察力、そして自ら敵の中に切り込んで行く武勇で、兵士たちをマケドニアからはるかに離れたインダス川のほとりまで導いた彼の生涯を中心に、ギリシアが世界を牽引した時代の終わりが語られた。

 

 ハンニバルもスキピオもカエサルも、ナポレオンも。後の世の新たな時代を築き、英雄として名の挙がる人々が尊敬する人物として、まず名が挙がるのは、このアレクサンドロスである。私はそれが不思議だった。どんなに東へ東へ征服を続けたとはいえ、そんなに彼が好きなのか。

 

 しかし、その疑問もこの巻を読み終えた今となっては、綺麗に氷解している。それどころか、私もアレクサンドロスの魅力の虜になってしまった。

 

 確かに、彼は才能にあふれている。圧倒的少数で、しかも敵地の中にあって、華麗に攻め来るペルシアの大軍を撃破するという、華々しい戦果を何度も挙げたアレクサンドロス。

 

 だが、彼の真髄はおそらくそこではない。他の何よりも、彼の名将としての資質は、そのリーダーシップに帰されるだろう。菱形の陣形を敷いた騎馬隊の先頭で、一番危険な箇所を自ら担った。それは、何万にも及ぶ兵士たちの心を、隅々まで掌握したのである。

 

 本を通して、間接的に彼に触れるだけでも、彼が放つ魅力の虜になってしまった。塩野さんの筆致からは、アレクサンドロスの魅力が触れられそうな密度で感じられる。どうしてどうして、カエサルたちがことごとくアレクサンドロスを支持するわけだ。この人の元でなら、死に向かってもよい、そう思わせてしまう彼の器の大きさに、畏怖を覚えた。

 

 ところで、十二国記の「図南の翼」という作品に、利広という人物がいる。私は、アレクサンドロスの軌跡に、彼の言葉を思い出した。

 

「百やそこらの人の命と、王の命は引き替えにされてはならないからだ。王の肩には三百万の民の命が懸かっている(中略)それは支配される者—臣下の理屈なんだよ。そして玉座に就く者は、臣下であってはいけない。王だから玉座に就くのであって、玉座に就いた臣下を王と呼ぶのではないのだから。ゆえに王は臣下の理屈を超越せねばならない」

 まさに、アレクサンドロスというほかない。臣下に危険だからやめてくれ、とどんなに懇願されても、先陣を切り、一番危険な立場に身を置くことをやめなかったアレクサンドロスの姿に、利広のこの言葉はぴったりと重なった。

 

 いちいち彼の魅力を列挙していったら本当にきりがないので、このぐらいにしておくが、この人に従いたい、と思わせる人物である。

 

 さて、今度は銀河英雄伝説で、主人公のラインハルトの右腕であるキルヒアイスについてだ。ラインハルトがアレクサンドロスの像も受け継いでいることは確かだろうが、その右腕であり親友であるキルヒアイスと、アレクサンドロスの一番の腹心だったヘーファイスティオンの二人は、本当に重なった。詳しくは読んでいただくしかないが、この二人、本当によく似ているのである。さらに、ホーメロスの叙事詩、「イーリアス」に登場する、英雄アキレスと、その親友パトロクロスも、彷彿とさせる。

 

 

 天才は常に孤独だ。しかし、そんな天才たちを影で支える人がいた。これで銀英伝を思い出すなと言われるほうが難しい。そのような人々の存在の大きさに、彼らが気づいたときは、時すでに遅かったのである……。

三日三晩というもの、アレクサンドロスは、暗くて底のしれないほどに深い、悲哀の中を漂っていた。

 どんな時代においても、人を率いる者は、先頭に立たなくてはならないのだ。それは当たり前のようでいて、一番安全な後ろで、人々を操るリーダーが消えないことは事実であろう。だが、本当に人を惹きつけるのは、部下の支持を獲得するのは、間違いなく前者に違いない。2000年以上が経った今でも、アレクサンドロスが、人気を誇っているのは、結局のところ、彼がそのような理想のリーダー像を体現しているからなのだ。

 

おわりに

 というわけで、ギリシア人の物語、読了です。面白かったです。ローマ人も良いけれど、ギリシア人も捨てがたいですね。次は、辻邦生さんの「背教者ユリアヌス」についてです。3、4巻まとめて、シリーズを読み終わった感想という形にさせていただきます。

 

 最後までご覧くださり、ありがとうございました。よろしければ、またご覧いただけると幸いです!