はじめに
みなさん、こんにちは。本野鳥子です。今回は、「ハンニバルの象使い」についてです。西はヨーロッパから東はメソポタミアまで、幅広い地域の覇権を握ったローマ帝国。その初期に、首都ローマまで迫った名将、ハンニバルの軌跡を、一人の少年の目を通して追いかけましょう。
「ハンニバルの象使い」ハンス・バウマン(岩波書店)
12歳の少年は、自分が暮らしていたサグントゥムが、廃墟と化すところを目の当たりにした。がれきの中からスールーという象によって引き出された彼は、カルタロという象使いの弟子となって、ハンニバルの軍と行動をともにすることとなる。過酷なアルプス越え、味方であるはずのカルタゴの政治家たちの謀略と、つきない試練に晒されながら、ハンニバルはローマへ向かっていた。
図書館でこの本を見つけたとき、ほとんど反射的に手が伸びていた。というのは、上橋菜穂子さんのエッセイ、「物語ること、生きること」の巻末付録に、上橋さんが読んだ本として題名が挙がっていたからだ。リストの中の一冊に過ぎなかったが、それが常に心のどこかにあった。最近はローマ帝国に興味を覚えていることもあって、見つけたら借りずにはいられなかったのだ。
さすがに、上橋菜穂子さんの紹介する本のことだけある。ローマ帝国を舞台とした歴史小説という点では、「第九軍団のワシ」のサトクリフにもよく似ているが、歴史に名の残らなかった人々が主人公になっている彼女の作品とは異なり、もっと歴史の流れが間近に見ることができる作品だった。どこまで史実に即しているかはともかく、その時代を満たしていた空気が肌で感じられるような気がする作品だ。
ハンニバルの名将ぶりには、誰でも惹かれずにはいられないだろう。部下をよく掌握し、厳しい冬のアルプス山脈を越えてしまう彼は、魅力にあふれている。しかし、ハンニバルによって故郷を滅ぼされた少年は、そのことを忘れてはいなかった。生き生きと描かれるハンニバルの姿に、私も惹かれていたからこそ、最後に少年が下した決断には、胸をつかれた。どんなに名将であっても、結局のところ、人を死に誘う者であるという事実が、恐ろしくなる。ハンニバルのような、魅力にあふれた人物こそ、人々を戦争へ向かわせるのだ、ということを教えてくれる物語だった。
物語に登場する、数々の名将たち。彼らが指揮する戦争には、私も魅力を感じずにはいられない。しかし、犠牲となる人々のことを、ここまでありありと描く作品は、今まで出会ったことがなかっただけに、深く考えさせられた。ハンニバルを、人を惹きつけてやまない好人物に描きながら、その一方で戦争というものの残酷さもよく表れている作品だった。
少し調べてみたが、絶版になっているようで、大変残念である。文庫化してくれないものか。
おわりに
というわけで、「ハンニバルの象使い」についてでした。読みやすくて、面白くて、すっかり世界の中に没入してしまいました。さて、次回は時代を下り、カエサルが書いたといわれる「ガリア戦記」を読みたいと思います。児童書からずいぶん趣向が変わりますが、同じローマを舞台にしていることに変わりはありません。ぜひ次回もご覧ください。最後までご覧くださり、ありがとうございました。