ウール / ヒュー・ハウイー / 雨海弘美訳 / 角川書店【上下巻】

SF&ホラー作家ヒュー・ハウイーによるポスト・アポカリプティック・ディストピア小説「Silo」3部作の1作目。
Amazon Kindleのダイレクトパブリッシング(個人出版)から飛び出した超スマッシュヒットとしてアメリカで大きな話題になった作品です。


舞台は、数世代前に起こった何らかの災厄によって空気が汚染され、地上に人間が住めなくなった未来の地球。
生き残った人間たちは、地下100階建ての「サイロ」という建物の中で生活しています。

言論の自由も、出産はおろか恋愛の自由さえないこの極端な管理社会の唯一の娯楽は、反乱分子とみなされた者が外の世界に出されて、地上の毒に冒されて死ぬまでの数分間で、サイロの中から地上世界を覗くためのレンズを磨かされる、残酷な「清掃の刑」だけ。

外に出れば100%死亡、でも中はいつなんどき何の罪で処刑、暗殺されるわからない、北●鮮も真っ青の政治が行われる自由のない管理社会、というこの逃げ場なしの超ディストピア。
ところが、聡明でタフな若き機械工の女性ジュリエットがサイロの保安官に指名されたことから、サイロ全体がドミノ倒しのように変化していきます。

サイロの実質的な支配者バーナードと対立するジュリエットの行動は、住人たちの怒りと希望に次々火をつけていき、やがてサイロを揺るがす大事件に…


この作品、仮に同じ話をスティーヴン・キングが書いてたら、ページ数がこの3倍くらいになってると思います。

設定をがっつり作りこんである気配はするけど、この作者はそれらを詳細に語ることをしません。世界の設定や登場人物の描写を最低限にそぎ落として、読者にはシンプルにストーリーのみを読ませるスタイルになっています。
ですから、たぶんSFが苦手な人でも読めると思います。長々とした説明文を読まされることなく、ストーリーを追うだけで徐々にこの異様な世界の姿がわかってくる作りになっているので。(←ここが大ヒットしたポイントかな?)

私は多少読みやすさを犠牲にしても世界、人物描写ともにもっとがっつりめにしてほしかったけど、ここは読者の好みの問題でしょうね。


物語は、正直言うと上巻の前半200ページ程度がまったく面白くありません。ベッド読書用の本にしてたこともあって、読みながら数回寝落ちしました(笑)。

なにしろこの本、100ページ近く読むまで、話を動かしてくれるヒロインが登場しないんです。彼女が本格的に行動をはじめて物語が大きく動き出すまでには、そこからさらに100ページほどかかります。
で、その間アクションも大きなドラマもないまま、サイロの説明をまじえつつ、市長と副保安官の老いらくの恋愛話が続くんです。

おいおい、ディストピア+ロマンスは流行りジャンルだけど、まさかこのディストピア世界でのお爺ちゃんお婆ちゃんカップルのじれったいロマンス話で最後まで行くんじゃないだろうね?

――と思ってると、上巻の後半からやっと若きヒロイン・ジュリエットが登場し、そこからはバトルにロマンスに陰謀に冒険にといきなりアクセル踏み込まれたように話がスピードアップして止まらなくなります。
ですから、最初のほう読んで面白くないと思った人も、とりあえず200ページは我慢して読んでみてください。

新人作家の作品ということもあり、話の持って行きかたが甘い部分もあちこちありますが、後半の展開はとてもスリリングで面白いです。
タフで聡明なヒロインの社会全部を相手にした戦いが人々の心に火をつけ、やがて世界に変化をもたらしていく、というストーリーは、ディストピアの大ヒット作「ハンガー・ゲーム」に通じるものがあるかも知れません。(←ここもヒットしたポイント?)


下巻のラストでは、物語にいちおうの決着がつきます。が、中の世界の秩序を作り直したところで、外の世界がアレである限り明るい未来が望めるとも思えないんですよね。
3部作の最後はどんな着地点に持って行くのかな?

原書はすでに完結篇の第3部まで発売済み。3部までまったく人気が落ちなかったようなので、おそらく納得いくラストになっているんでしょう。
残り2冊の翻訳を期待したいです。


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