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マンボウのブログ

フラヌールの視界から、さまざまな事象に遊ぶ

この作品の中で、一人歩きしていると思われるのが、「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」というフレーズであろう!チョキ

 

 

  かといつて、又、己は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である。

                                   (p.33)

 

 

この二つのフレーズが並列されているところを、英訳では、どう表現されているのか。右差し

 

 

  本「The Moon over the Mountain 」(Autumn Hill Book 2011)trans. by Paul McCarthy and Nobuko Ochner

 

 But this was the result of my timed pride and a disdainful shyness.

                          (p.6)

 

 

では、独訳は・・・右差し

 

 

  本「ATSUSHI NAKAJIMA  Der Tiger im Mondlicht und andere Erzahlungen」 uberset. von Stefan Wundt und Nobuhiro Kawauchi     「山月記・弟子・李陵・名人伝」(国際語学社 2000)

 

 An all dem ist meine in feige Selbstuberschatzung und mein hochmutiges Schamgefuhl schuld.

                          (p.7)

 

 

後者は、日本で刊行された独訳である。

 

 

前者の英訳では、「pride」と「shyness」と比較的分かり易い名詞が使用されている。

しかし、それを形容する「timed」は、なかなか解釈が難しい。これは、恥ずかしがりや(=臆病な)という意味合いを込めているのだろうか。

 

 

独訳では、なかなか難しい単語が。。。まあ、字義通りととっておこう。

 

 

問題は、その形容詞かな。どちらも、形容詞と名詞が相矛盾するような表現を用いているのがミソだろうか(そもそも、中島敦の原文がそうなのだ)!グラサン

 

 

漢学者の家系に生まれ、一高、東京帝大国文科へと進んで教師生活の傍ら創作に務め、若くして死去。

サラブレッドのような作家である。

 

  中島敦(1909-1942)の代表作「山月記」を読んでみよう!チョキ

 

 

  本矢川澄子編「中島敦」(国書刊行会 1991)<日本幻想文学集成9> 

 

 

 隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃む所頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。

                           (p.26)

 

 

 この短篇小説は、このように始まる。なかなかに難しそうだ。

 

なお、本「教科書で読む名作 山月記・名人伝ほか」(筑摩書房 2016)という、ちくま文庫でも出ていて、しかも、<教科書で読む名作>と銘打たれているから、たぶん、高校生は授業で習っているのかも。。。えー

 

高校で習うには、ちと難しい気もするのだけど、何故、採用されているのかは不分明。

 

 

<乙女の本棚>シリーズでも刊行されているので、人気作だわ!ウインク

 

 

この作品を読んでいて、ふと気がついた点がある。おいで

それは、人称代名詞だ。

 

つまり、人間としての李徴が語る場合は、「自分」であり、虎になった李徴が語る場合は、「俺(又は、己)」という具合に使い分けられているのだ。

 

 

これは、英訳や独訳では、「I」 や、「ich」としか表現の仕様がない外国語訳では、適わない人称代名詞の限界である。おばけくん

 

なので、英訳や独訳で読むことになる読者には、人間としての李徴が語っているのか、虎になった李徴が語っているのかが区別されないということを意味する。作者の中島敦が書き分けた「自分」と「俺」を、読者は自分で読み分ける必要があるということでもある。これはなかなかに難しそうだ。というか、一人称代名詞そのままに読み飛ばしてしまうだろう。

 

 

ここには、翻訳の困難さが如実に表れているように思う。

特に、日本語における人称代名詞と外国語では大きな違いがあり、その溝は埋めようにも埋まらないだろう!ガーン

 

 

翻訳という作業は、何も訳者だけのものではなく、読者をも巻き込むことになるのだ。

 

日本語の作品を外国語に訳す時には、人称代名詞(私、僕、俺、わたい等々、一人称だけでなく、二人称でも同様)は、英語なら「I」としか表現しようがないし、独語でも「ich」(二人称であれば「du」と「sie」が選べる)としか訳せないだろう。逆に、外国語の作品を日本語に訳す時には、訳者は人称代名詞の翻訳に苦心することになる。なので、前者は読者に翻訳を読み解くという作業が必須となるし、後者の場合は訳者の比重が大きいと言えるだろう。

 

特に、日本文学においては古典作品の外国語訳は、至難の業だろう。人称さえ書かれていない場合も多いし、それを補う必要にも迫られることになる訳者の苦労(外国語の場合は必ず人称代名詞が必要だ)は余りあるだろうて!グラサン

 

それでは、キラキラ「スポーツと気晴らし」とは、どんなピアノ曲集なのだろうか。。。ニコニコ

 

 

 

 

高橋アキによる演奏である!口笛

 

ピアニスト高橋アキは、高橋悠治の妹である。兄妹ともにサティのピアノ曲集の録音を残しているので、日本人ピアニストならこの二人の演奏を聴く機会が多いだろう。おいで

 

 

 

   高橋悠治ができるまで——戦後のピアノ事始めから新しい音楽の作曲、言葉の世界へ|音楽っていいなぁ、を毎日に。| Webマガジン「ONTOMO」 

 

   オンエア情報:高橋アキ NHK-FM「現代の音楽」 « カメラータ・トウキョウ ニュース

 

  (上)高橋悠治(1938- )  (下)高橋アキ(1944- )

 

 

日本におけるサティ作品の受容には、この二人の功績が大きく寄与しているわ!グー

 

 

 

この動画では、サティによる詩やマルタンのイラスト(カラー)も窺うことができる。びっくり

 

マルタンによる絵とサティによる音楽とを同時に愉しめるのが有難いわ!飛び出すハート

 

 

 

これは、高橋悠治によるキラキラ「ジュ・トゥ・ヴ」である(^^)ニコニコ

 

 

 

  エリック・サティ スポーツと気晴らし / エリック・サティ作曲 シャルル・マルタン画 高橋アキ校訂 秋山邦晴監修・訳詞 | Natsume Books

 

 

 

ただCDで聴いているだけでは、通り過ぎてしまいそうなので、この作品を味わうには、是非ともマルタンの絵とサティの描いた楽譜+詩を見ながら聴くのが良かろうて!グラサン

 

 

 

 

   <エリック・サティ没後100年に寄せて!>・・・16