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マンボウのブログ

フラヌールの視界から、さまざまな事象に遊ぶ

今度は、この戦後生まれの三人である。チョキ

 

 

  デニム西崎憲 vs デニム巽孝之 vs デニム小川高義

 

 

 

 そしてつぎの瞬間、裂け目が不意に広がった----凄まじい旋風が起こった----月がすべての姿を現した----館の堅固な壁が突然形を失って崩れた時、わたしの脳も激しい勢いで揺さぶられた----千の波が発するような、長く荒々しい叫声があった----爪先を濡らす深く冷たい湖は、そして、緩慢に、音もなく、水面を閉じた。アッシャー家の破片の上で。

                             (西崎憲訳:p.189)

 

 

 

 それを見詰めていると、裂け目はいきなり拡大し、旋風が猛烈に吹き込んで、月の全体像が一気に浮かび上がる。あの堅固なる壁がばらばらに崩れ去っていくのを眼にしながら、わたしの脳髄は眩暈を覚えるばかり。最後には、長く荒れ狂う叫び声が海鳴りのように響き渡るかたわら、足下の深く湿った沼は重々しく、そして音もなく「アッシャー家」の断片すべてを飲み込んでいった。

                             (巽孝之訳:p.191)

 

 

 

 いまは亀裂から赤い月が煌々と照っている。私が目を奪われていると、見る間に亀裂は広がって----強烈に巻く風が吹き寄せ----月は完全な球体となって視野に飛び込み----大きな壁という壁が総崩れになるのを目の当たりにする私の頭がくらくらして----怒涛の海のような長い叫びがあり----足元に迫る底深い沼の水が、ものも言わずに、瓦解したアッシャー家の残骸をじんわりと覆いつくしていた。

                             (小川高義訳:p.44)

 

 

 

ここでも、三者三様かな。

 

どれがお好みだろうか?グラサン

 

 

 

 

   <エドガー・アラン・ポーを読む・・・!>・・・30

お次は、この三人である。チョキ

 

 

  デニム八木敏雄 vs デニム河野一郎 vs デニム冨士川義之

 

 

 

 見つめているうちに、亀裂は急速に広がり----一陣の旋風が巻き起こり----と同時に、月の全輪がぱっと私の視界に飛び込んで来たかと思うと----巨大な壁はまっぷたつに裂けて崩れ落ち、私は眩暈に襲われ----幾千もの怒涛の轟きにも似た、長く轟轟たる叫喚が轟き渡り----足もとの深く澱んだ黒い沼は「アッシャー家」の残骸を呑み込み、陰惨に、音も無く、その水面を閉じた。

                             (八木敏雄訳:p.201)

 

 

 

 じっと見つめているうちにも、この亀裂はみるみる拡がり----一陣の激しい旋風が巻き起こった。にわかに月がその全姿をぽっかりと浮かび上がらせたかと思うと----館の巨大な壁が真二つに裂けて崩れるのを見て、わたしは頭のぐらぐらするのを覚えた。幾千もの洪水が襲ってきたような----轟然たるとどろきが長く伝わり----わたしの足元の深い黒々とよどんだ沼は、「アッシャー家」の残骸を音もなくゆっくりと吞みこんでしまった。

                             (河野一郎訳:p.361)

 

 

 

 わたしがじっと眺めているあいだにも、この亀裂は急速に拡がり----激しい旋風が吹き起こり----月の全体の姿がたちまちのうちにわたしの視界にぱっと現われたかと思うと----館の巨大な壁が真っ二つに裂けていくではないか。それを眼にしてわたしは眩暈を感じた。おびただしい流水のような轟々たる耳をつんざく音響が長く鳴りつづけた----そしてわたしの足もとの深い陰湿な沼が、<アッシャー館>の破片をゆるやかに、音もなく呑みこんでいったのである。

                             (冨士川義之訳:p.72)

 

 

 

こちらも三者三様かな。

 

月の表現で、「月の全輪」「月がその全姿」「月の全体の姿」などは、少しずつ工夫が感じられるけど、どれもパッとしない感もあるなあ(「月の全容」くらいでいいのでは!)。うーん

 

 

敢て言えば。お好みはどれかしら?グラサン

 

 

 

 

   <エドガー・アラン・ポーを読む・・・!>・・・29           

それでは、この作品のフィナーレの一文を比較してみよう!チョキ

 

 

  デニム渡辺啓助 vs デニム谷崎精二 vs デニム佐々木直次郎 vs デニム丸谷才一

 

 

 

 そして私は烈しい眩暈に襲はれたかと思ふ間もなく、巨大な壁は微塵に砕け散り、百千の水の声の如き騒がしい叫音が永いことひヾいて、さて私の足許の深く暗い沼は、不機嫌に黙々と、「アッシャア館」の破片を呑み尽くしてしまった。

                            (渡辺啓助訳:p.399)

 

 

 重い壁がめちゃめちゃに砕けたのを見たとき、私の頭はふらふらとなった。----幾千の大波小波の響きのような、長い、ざわめかしい叫びが聞こえたと思うまに、わが足もとの深い、暗い沼は、むっちり、音もなく「アッシャア家」の破片を呑み尽くした。

                            (谷崎精二訳:p.50)

 

 

 巨大な壁がまっ二つに崩れ落ちるのを見た時、私の頭はぐらぐらとした。----幾千の怒涛の響きのような、長い囂々たる、叫ぶような音が起こった。----そして、私の足もとの、深い、どんよりとした沼は、「アッシャア家」の破片を、陰鬱に、音もなくのみこんでしまった。

                            (佐々木直次郎訳:p.155)

 

 

 亀裂は、わたくしのみつめているうちに急に広がり----激しい風が渦巻き----たちまち月の全容が浮かび上がると見る間に----館の巨大な壁が真二つに裂け、崩れてゆく。わたくしは眩暈を覚えた。百千もの海の響きのような轟然たるとどろきが長く鳴りつづけ----わたくしの足もとの深い黒い沼は、アッシャー館の破片をゆっくりとひそやかに吞みこんでしまった。

                            (丸谷才一訳:p.313)

 

 

 

四者四様だけど、基本的に雰囲気はほぼ似たような味わいかな(丸谷才一訳での「わたくし」の連呼は語り手を強調してるのかな)。グラサン

 

 

 

 

   <エドガー・アラン・ポーを読む・・・!>・・・28