では、谷崎精二訳と、松村達雄訳を並べておこうか。
先ずは、谷崎精二訳から。
「勝手にしゃべったり、論じたりさせるさ。それで気が静まるだろう。何しろ本塁を攻め落としたようなものだから、こっちは愉快だ。だが、彼がこの事件の謎を解きかねたということは、決して彼が考えているような不思議なことじゃない。実際あの警視総監は狡猾すぎて、深遠でありえない。彼の知識は空花ばかりだ。女神ラヴェルナ(昔のイタリアの女神)の絵のように、頭ばかりで、胴がない。----あるいはせいぜい鱈みたいに頭と鰓ばかりさ。しかしけっきょく好い人間であるし、ことにもったいぶった口をきくのが名人なところも僕は好きだよ。そのもったいぶった口をきくので、頭脳明晰という評判を博したんだがね。あいつのやり方というのは『有るものを否定し、無いものを説明する』ことさ。
(p.92-3)
次に、松村達雄訳を。
「まあ、言わせておくさ」と、やり返すまでもないと思ったデュパンが言った、「好きなように言わせておくのさ。それで気が休まるんだろうよ。ぼくにすれば、敵の牙城に乗りこんで相手を降参させたんだから、それで満足だよ。それはそうだが、あの男がこの事件の解決に失敗したのは、なにも本人がそう思いこんでいるほど不思議なことでもないんだよ。じつは、あの総監殿は少し利口すぎてかえってあさはかなことになるんだ。あの男の知恵にはいわば雄しべがないんだよ。女神ラヴェルナの画像みたいに、頭だけあって胴体が欠けているんだ----それともせいぜいのところ、鱈みたいに頭と肩だけしかないんだ。だが、要するにいい男だよ。あの男がそのおかげで知恵者という評判を博したそのやり口を、うまく伝えている名文句があってね、そのせいでとりわけぼくはやっこさんが好きなんだよ。つまりぼくのいうのは、『現にあるものを否定し、ありもしないものを解説する』あのやっこさんの口癖だよ」
(p.117)
う~ん、丸谷才一訳を読んでからは、この両者の訳はどこかイマイチのような気がして仕方ないわ(><)![]()
丸谷才一訳がさまざまな出版社から出ているポーの作品集で何度も取り上げられているのが頷けるってわけだ!![]()
<エドガー・アラン・ポーを読む・・・!>・・・48