こんにちは、リブラです。
今回は「イニシエーション」第4章の解説です。
この章は、派手な出来事は何も起こりません。
しかし、「日の出」「海」「教会」という三つの場面を通して、
エリザベスの内面が丁寧に描かれています。
魂が覚えている美しさ。
魂が懐かしさを感じる風景。
そして、形ではなく真実を求める信仰心。
これらはすべて、後に始まるイニシエーションへの
大切な伏線となっていくのです。
それでは、第4章の要約から。
第4章「日の出と海」
医師から「気分転換を兼ねて家族旅行へ行ってはどうか」
と勧められたエリザベスは、家族とともに海辺へ向かう
ことになりました。
夜行列車に揺られながら眠っていたエリザベスは、
夜明け前にふと目を覚まします。
カーテンの隙間から見える東の空。
もうすぐ、生まれて初めて日の出を見ることができます。
幼い彼女は胸を弾ませながら、その瞬間を待ちました。
やがて太陽が地平線から姿を現し、
空は紫がかった赤色へとゆっくり染まっていきます。
けれども、エリザベスは思わず首をかしげました。
「違う……。日の出はこんなものじゃない」
もっと一瞬で世界が真紅に染まり、
天地すべてが燃え上がるような光景だったはず。
その鮮烈な日の出を、自分は確かに知っている。
そんな説明のできない確信が、彼女の心にはありました。
父親が笑顔で尋ねます。
「初めての日の出はどうだった?」
するとエリザベスは正直に答えます。
「きれいじゃなかった。日の出はもっと突然、
真っ赤に空も大地も染めるものよ。私は覚えているの」
父親は優しく笑いながら、
「見たこともないのに、想像が豊かなんだね」
と言いました。
エリザベスは、「それは想像ではないのに!」と
苛立ちました。
それは言葉では説明できない、魂の奥底に残る「記憶」
のような感覚だったのです。
しばらくすると、列車は山の中腹を走り始めました。
窓の外には、朝日に輝く青い海がどこまでも広がって
います。
その瞬間、エリザベスの心は歓喜に満たされました。
「愛する海!」
初めて見るはずの景色なのに、
まるで長年会えなかった親友に再会したような
懐かしさが込み上げてきます。
海はいつも変わらずそこにいて、自分を理解し、
静かに受け入れ、永遠の慰めを与えてくれる存在。
そんな言葉にならない安心感を覚えたのでした。
ただ一つだけ残念だったのは、水平線の向こうまで
海だけが続いているわけではなく、
岸辺が見えてしまうことでした。
すると父親は、
「もっと先へ行けば、見渡す限り海だけの景色が見えるよ」
その言葉を聞いて、エリザベスはほっと胸をなでおろし
ました。
海辺では姉のグレーテと一緒に貝殻を拾ったり、
小さなカニを探したりしながら、楽しい時間を過ごします。
海辺に滞在中、一家は海辺の小さな教会を訪れました。
母は聖像の前にひざまずき、熱心に祈りを捧げます。
姉も母にならって静かにひざをつき、
父はその横で厳かな表情を浮かべていました。
エリザベスも同じように祈ろうとしましたが、
どうしてもひざまずくことができません。
形あるものにひざまづくことに、心が強く抵抗したのです。
「祈りたくないのに、祈るふりをする方が
神様に対して不誠実ではないだろうか?」
幼い彼女はそう考え、迷った末に、
ひざまずかないことを選びました。
それは反抗心からではありません。
神様に対して、正直でありたいという純粋な気持ちから
生まれた行動だったのです。
教会を出たあと、エリザベスは母に尋ねます。
「何をお祈りしていたの?」
母は優しく微笑みながら答えました。
「神様がもう一人子どもを授けてくださるなら、
あなたに小さな弟をお願いします、とお祈りしていたのよ」
その話を聞いたエリザベスは、
「その子と仲の良い友だちになれたら、きっと素敵ね」
そう思い、静かに微笑むのでした。
翌年の冬のある日、夜中に赤ちゃんの泣き声が聞こえて、
エリザベスは目を覚ました。
父は「素晴らしい知らせだ。神様がおまえたちに、
小さな弟を授けてくださったのだよ」と告げました。
こうしてエリザベスの家族の子どもは3人になりました。
けれども、彼女はこれまでよりもっと独りぼっちに
なってしまうのでした。
「イニシエーション」第4章の要約
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「想像でしょう?」と言われる孤独
「見たことがないんだから想像だよ」
と父に言われたエリザベスは、
「私の体験そのものが否定された」
ように感じたのでしょう。苛立ってました。
これは実際にもよくあります。
「初めて来た場所なのに懐かしい」とか言うと、
「気のせいだよ」「想像だよ」
と言われることがあります。
解釈は人それぞれです。
でも大切なのは、
「本人は本当にそう感じている」という事実です。
だからエリザベスは孤独だったのです。
「形あるものにひざまずけない」
エリザベスも最初、母や姉と同じように祈ろうとしました。
しかし、彼女の身体がそれに抗い、それは望まないことだ
と知らせたのです。
そして、エリザベスは、
「祈る気持ちがないのに祈ることは神に対して不誠実だ」
という考えに至りました。
ここに彼女の宗教観が凝縮されています。
神への信仰は、
外側の形式ではなく、内側の真実だと。
これが後のイニシエーションにつながっていくのです。
実はこの二つは同じ話
一つ目;「日の出」の件では「それは想像だ」。
外から「違う」と言われる。
二つ目;教会では
「みんなと同じように祈りなさい」
という無言の圧力を受ける。
外から「こうしなさい」と従わされる。
でも、エリザベスはそのどちらの場面でも
自分の内側の真実を選びました。
魂だけが知っている懐かしい記憶や身体からのサインを
頼りにして、自身の魂の声を信じたのです。
この章では繰り返し、
「自分が本当に感じていること」と
「周囲が当然だと思っていること」
が対比されています。
エリザベスは、この先のイニシエーションに向けて、
まず「自分の心をごまかさない」という姿勢を
学んでいるかのように見えます。
内側の世界の魂意識の囁きと、
外側の世界に合わせようとするエゴ。
そのどちらを選ぶかを、
わたしたちはつねに問われているのです。
人はなぜ周囲に合わせようとするのか
人間は、生まれた瞬間から一人では生きられません。
親に育てられ、家族に受け入れられ、
集団の中で生きることで命をつないできました。
だからわたしたちの脳には、
「集団から外れないように仕向ける」働きがあります。
心理学では「同調性」や「社会的適応」と
呼ばれることがあります。
だから、「周りと違う」と感じると、
不安になるのは自然なことなのです。
これは弱さではなく、
生き延びるために身についた性質でもあります。
生存本能が働くからなのです。
では、なぜ葛藤が生まれるのか
葛藤が生まれるのは、
「自分の内側」と「集団」が一致しないときです。
例えば、心では「これは違う」と思っている。
でも、周囲は「みんなそうしている」と言う。
すると、「本心を守るか」「集団に属するか」
という二つの欲求がぶつかります。
だから苦しいのです。
しかし、イニシエーションでは逆が求められる
エリザベスは、家族全員が祈っている中、
一人だけ祈らず立っていました。
このとき彼女は、自分の心に問いかけます。
「私は本当に祈りたいの?」
その結果、彼女は祈るふりさえしませんでした。
外ではなく、内側を基準に選択したからです。
人間社会では、同調圧力に従わせられることが
よく起こります。
「みんな残業しているから」
「責任があるから」
「迷惑をかけられないから」
という理由で、自分の身体の限界を
超えてしまう人が少なくありません。
心身を壊したり、最悪過労死に至るケースもあります。
もちろん、責任感や協調性そのものは大切な資質です。
しかし、それが
「自分の命や健康を犠牲にしてまで従わなければならない」
という形になってしまうと、本来の道から外れてしまいます。
あなたの身体は、何と言っていますか
頭は、「まだ頑張れる」と言うかもしれない。
周囲も、「みんな頑張っている」と言うかもしれない。
でも身体は、「もう休んで」と伝えているかもしれない。
エリザベスが教会で耳を傾けたのは、
「みんなの声」ではなく、自分の内なる声でした。
現代のわたしたちにとって、その「内なる声」は、
心だけでなく、身体のサインとして現れることもある
のではないでしょうか。
自分の心と身体は自分じゃなきゃ守れない
上司は守ってくれるはず。
会社は守ってくれるはず。
家族は分かってくれるはず。
とわたしたちはつい期待しがちです。
もちろん、そうした支えがあることは望ましいことです。
でも現実には、周囲もその人の限界を正確には分かりません。
だから最後の砦になるのは、
自分自身が「もう限界だ」と認められるかどうか
なのです。
では、どうすれば流されないのか
わたしも以前は
「自分」か「周囲」かの二択で悩んでいた側の人間です。
ところが、「わたしにとって自然に適合しているか?」
という「自然の摂理」を基準にする判断軸が決まって
からは、ほとんど迷わなくなりました。
周囲と違っても、
自分の思考や感情だけで判断しているわけではない。
「自然の摂理」という、もっと大きな秩序を基準に
した第三の基準を見つけたからです。
わたしが自分に「適合しているか」「不適合か」を基準に
選択するようになったのは、輸血の交差適合試験の仕事
を長年やっていたからかもしれません。
A型の血液はA型の人にとっては命を支えます。
しかし、B型の人には適合しません。
だから、
「A型の血液が悪い」のではない。
「B型の血液が良い」のでもない。
その人に合っているかどうかが問題なのです。
この視点は、人の価値観にも応用できます。
「この生き方が唯一正しい」と決めつけるのではなく、
「その人に適合しているかどうか」を尊重する。
これは、とても寛容で、しかも「自然界の摂理」に
根ざした考え方なのです。
そして、同調圧力に屈せず、自分を守る姿勢は、
救急病院のナースから教わりました。
「寝れるときは寝て、食べられるときに食べて、
休めるときに休んでおくこと。
そうじゃないと死んじゃうからね」
と言われて、自分の身の安全を自分で確保する姿勢
を身につけました。
救急の現場では、「頑張ること」よりも
「生き延びること」が優先されます。
極限状態では、自分の身体を維持できる人だけが、
次の患者さんを助けられるからです。
だから、この教えは単なる生活習慣ではなく、
「命を守るための原則」として受け継がれて
きたのでしょう。
あなたに適合する選択をするステップ
① 一度立ち止まる
「みんながそう言うから」
その瞬間に、一呼吸置く。
② 自分に質問する
これは「正しいか」ではなく、
「私に適合するだろうか」と聞く。
この質問が重要です。
③ 身体の反応を見る
頭ではなく、身体はどう感じているか。
・緩むか。
・縮こまるか。
・軽いか。
・重いか。
身体は案外正直です。
④ 急いで決めない
本当に適合するものなら、少し時間を置いても
変わらないことが多い。
流行や周囲の熱気だけで決めると、後から不具合
が出て後悔することがあります。
⑤ 違和感を否定しない
一番大切なのは、違和感を「気のせい」にしないこと。
エリザベスは、違和感を気づきのきっかけにしていました。
占星術は自分に適合するものを見つけるのに最適なツール
ホロスコープは、その人の自然な性質を知るために
とても有効なツールです。
社会が求める「普通」ではなく、
その人本来の適性を見つける手がかりとなります。
自分に適合したライフスタイルを探すなら、
IC星座の性質を参考にすると心身に安定感をもたらします。
自分に適合したライフワークを探すなら、
2室と5室と6室とMC星座をみるとよいでしょう。
どんな形で社会に貢献したいのかのイメージが掴めます。
自分のキャラに適合したものを探すなら、
アセンダント星座の性質を参考にすると、周囲との違和感
を乗り越えてでも守りたい自分の個性に気づけます。
自分のルールに適合するものを探すなら、
過去の失敗を土星の星座のルールで検証してみてください。
失敗の経験が学びに変わります。
自分の思考に適合したものを探すなら、
水星の星座の性質で、興味と好奇心のツボを
突き止められます。
ホロスコープをお持ちの人は、ちょっと探してみてください。
星座と天体のイメージであなたに適合するものを
一望に見渡せることでしょう。
次回も「イニシエーション」の解説を予定しています。
Noteも更新しました。こちらも読んでいただけたらうれしいです!
わたしのサロン、リブラライブラリーでは、
あなたの心のしくみをホロスコープで解説し、
心の制限、葛藤が引き寄せる現実問題に
セルフヘルプで立ち向かえるようサポートします。
詳しくはこちらをご覧ください。
新メニュー(月の欲求・土星の制限の観念書き換えワーク、
キローンの苦手意識を強味に変えるワーク)が加わりました。


