こんにちは、リブラです。今回は、「ヒロインの旅」の解説です。

 

 

 

「ヒロインの旅」第8章「母/娘の断絶を癒す」

・女性の力を取り戻す

 

前回の民話のメスメランダのように母親の支えが受けられないと、娘は何でも自分でしようとする。うまく人に頼れない。

無力さを隠そうとして、何でも完璧にやり遂げようとする。

 

ほんとうに自己の力(女性性の力)を回復するには、まず人に頼ることを学ばねばならない。

 

この本の著者モーリーンの母にも狂った女(マッドウーマン)の一面があり、それを受け入れるのに困難を感じていた。

彼女の母は、娘が初恋をしたときは教会に悪魔祓いを依頼し、結婚前に妊娠したときには売女と呼び蔑んだ。

 

その母を許して受け入れるということは、自分の中の狂った女も同時に受け入れなくてはならない。

たとえ母を素直に受け入れたとしても、モーリーンが望むように愛してはもらえない。

 

それでも、母を拒絶したままでは先に進めない。そこでモーリーンは心の仲間を探すイメージエクササイズをした。

彼女はイメージに浮かんできた鷲に「わたしを縛るものは何か」と尋ねた。

 

すると鷲は「あなたは自分の怒りに縛られている。お母さんを恨むのはやめなさい。それはあなたの言い訳だ。お母さんを許しなさい。鷲のような目で俯瞰してみれば、自分の(怒りに囚われる)心がちっぽけに見えるでしょう。箱の中のネズミでいるのはおやめなさい」と答えた。

 

「ヒロインの旅」の中で女性の通過儀礼は「冥界下り(女性としての存在意義を見失い虚無感に苛まれる期間)」であるとしたモーリーン自身、成長した我が子が大学進学のため手元から離れていったとき、セラピストの仕事も創作活動も手につかないほど落ち込みました。

 

娘の大学進学は喜ばしいこととわかっていながら、母親という役割を失った喪失感をモーリーンは埋めることができず、何年も苦しむことになります。

 

これはモーリーンの母親が娘(モーリーン)の初恋や妊娠を蔑む狂った行為と全く違うように見えても、その動機は同じです。

 

娘が成長して手元から離れるとき、母親という役割は失われます。「自分の人生から母親という役割を除いてしまったら何が残るのだろうか?」と思うほど、モーリーンの母も、モーリーンも母娘関係に依存していたのです。

 

母娘関係に依存していたから、母親役を失う喪失感に耐えられずモーリーンの母は狂った言動に走り、モーリーンは「冥界下り」から何年も抜けらなかったのです。

 

モーリーンが母親の狂った女の一面を許せなかったのは、「我が子の成長を喜べない狂った女の一面」を自身も持っていることを認めたくないからです。

 

「母親役を失う喪失感に耐えられなかった」という共通の動機を理解してしまうと、モーリーンは母に狂った女のレッテルを貼ることができず、もう「狂った女を母に持つ不幸な娘」を演じることができなくなります。

 

「冥界下り」は真の(人間の女から女神になるための)女性性を備える通過儀礼ですから、「不幸な娘」のセルフイメージを纏ったままでは、けして超えられません。

 

モーリーンは「狂った女(母)を許したくないけれど、『冥界下り』を超えて先に進みたい!それには『狂った女を母に持つ不幸な娘』のセルフイメージを手放さなければならい」というジレンマに苦しんだことでしょう。

 

そのときモーリーンがイメージエクササイズで辿り着いた鷲の目で眺める俯瞰視点こそ、このジレンマを超越できる最適な方法でした。

 

なぜ俯瞰視点が最適な方法かと言うと、超えられない位置から見えていた立ち塞がる壁(障害)は、上から眺めると単なる風景の1つにしか映らず、進める道は幾通りもあることがわかるからです。

 

被害者の視点から問題を眺めると、目の前の加害者が自分から謝罪を申し出て許しを乞わない限り解決しないと考えます。

それは「自分は無力でどうすることもできない。この問題は加害者が引き起こしたことだから、加害者本人が変わらない限り終わらない」と決めつけることになります。

 

でも、困っているのは被害者の方で加害者は困っていません。だから加害者は許しを乞うことも変わる必要も感じないでしょう。被害者はそれを知っているので絶望的な気分になります。

 

「狂った女を母に持つ不幸な娘」のセルフイメージを持っている限り、被害者視点でしか問題を眺めることができません。

 

「母親役を失う喪失感に耐えられなかった」という同じ動機を理解するとどうなるでしょう?

母を狂った女とみて憎むことはできなくなります。その喪失の痛みがわかるから哀れみすら感じることでしょう。

 

この視点は上から哀れな母を情け深く見おろしているのです。無力なのは母親役を失って狂った母の方で、力があるのは許す自由も許さない自由もある娘の方なのです。

 

被害者意識を手放した瞬間に獲得できるのは、自由選択ができる俯瞰視点です。俯瞰視点を持つと自然と創造主マインドになりますから、寛大に眺めてあらゆるチャンスや可能性を想定できます。未来を見越す力も宿るようになります。

 

厳しい制限だらけの現実に遭遇しても、俯瞰視点が備わっていれば創造主マインドで物事を眺め、人生をやりがいのあるゲームと捉えて攻略に勤しむことができるのです。

 

憎しみの対象が現れて被害者意識が湧いてきたら、次のことを思い出してください。

・被害者意識は視野を狭め、選択を支配者に委ねることしかできなくする。

・俯瞰視点で物事の全体性を眺めれば寛大になり、あらゆる角度から最適な方法を考え、自由に選べる。

・被害者の視点で眺めるか、俯瞰視点で眺めるかは自身の選択により決められる。

 

問題を目の前にして交渉のテーブルに着くとき、俯瞰視点で物事を眺めて相手の利益も不利益も理解した上でお互いの目的の一致を目指す方が、相手を悪者扱いして罪悪感を植え付けるより、遙かに次元の高いゲーム展開になると思いませんか?

 

次回は「コペルニクスのホロスコープリーディング」を予定しています。

 

わたしのサロン、リブラライブラリーではあなたの心のしくみをホロスコープで解説し、心の制限、葛藤が引き寄せる現実問題にセルフヘルプで立ち向かえるようサポートします。

 

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新メニュー(月の欲求・土星の制限の観念書き換えワーク、キローンの苦手意識を強味に変えるワーク)が加わりました。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。