こんにちは、リブラです。今回は、「ヒロインの旅」の解説です。

 

 

 

「ヒロインの旅」第8章「母/娘の断絶を癒す」

・闇への回帰:マッドウーマンの訴え

 

「ヘンゼルとグレーテル」で子どもたちを食べようとした魔女はオーヴンで焼かれ、「白雪姫」を殺そうとした継母は焼かれた靴を履いて踊り死ぬ。おとぎ話の意地悪な魔女や継母は、子ども視点の恐ろしい母(狂った女;マッドウーマン)像の認識だ。

 

その子どもの視点は自分の母が「完璧」でないから落胆し、よその母親はやさしいはずだと空想する。

だが、その空想を娘が解消し、母(マッドウーマン)と和解する民話もある。

 

昔、あるところに4人の娘を持つ母親がいました。母は毎日食べ物を探しに外に出かけ、帰宅の合図に歌を歌いました。

 

わたしのかわいい娘たち、長女と次女と三女、さあおいでママのところへ。

四女のメスメランダは、お勝手口から出ちゃだめさ。

 

母は3人の娘たちとだけ一緒に食事をして、四女のメスメランダにはその残り物を投げて与えてました。

長女と次女と三女は元気に大きく育ちましたが、メスメランダだけ瘦せっぽちでした。

 

家の外では狼が、母親の留守中に娘たちを食べようと狙っていました。

狼はコヨーテに声を高く優しく変えてもらい、母親が帰宅合図にしていた歌を歌いました。

 

いつものように家から飛び出してきた3人の娘たちは狼につかまり、袋に入れられて持ち去られました。

 

何も知らない母親が帰宅の歌を歌ったときには3人の娘たちは現れず、代わりにかすかな歌声が聞こえてきました。

 

ママ、あなたの娘たち、長女と次女と三女は耳も聞こえず、目もみえない。行ってしまった、野を越え海を越え。

メスメランダはここにいる、だからわたしを見てください。

 

しかし、母親は狂ったように走り、髪をかきむしって何度も歌を続けるばかりでした。

メスメランダは家を出て世界中を旅してまわりました。そして、皇帝の息子に見初められ結婚しました。

 

しばらくして、へんな老女が娘のメスメランダを呼んで歌っているという噂が皇后(メスメランダ)に届きました。

メスメランダは「知りません。わたしに母はおりませんから」と答えました。

 

ある日、メスメランダが庭園にいると狂った老女が「メスメランダ、聞こえるでしょう、今、わたしは訪ねてきたよ」と何度も呼ぶのが聞こえました。メスメランダは狂った老女の手をとり、城の中に招き入れました。

 

「お母さん、お姉さんたちは行っちゃった。でも、わたしを見て。メスメランダよ。昔は嫌われていたからお勝手の陰でじっとしていたわ。でも、今、わたしここにいる。お母さんを大事にするわ」。

そしてメスメランダは母をお風呂に入れて着替えさせ、髪を梳かしてあげました。

 

親との愛の絆だけが頼りの子どもにとって、親から嫌われることは死に値するほどの絶望です。子どもの視点から見れば、他の子と比べて差別する親は、意地悪な魔女や継母のように映ります。

 

親に守られ養われないと生きていけない子どもの頃は、誰しも優しく愛情深い理想の親のイメージを空想し、それとかけ離れた親の言動に恐怖を感じます。子どもにとって親の愛は命綱だからです。

 

親は神様ではなく、ふつうの人間であることを子どもの意識は理解できず、親は子どもを愛するべきと一方的な観念で裁いてしまいます。でも、この観念で苦しむのは親の方ではなく、「親は子どもを愛するべき」という観念を持つ子ども自身なのです。

 

愛とは自然に湧いてくる感情です。「愛するべき」と義務のように負うものではありません。愛せないものを無理して愛することはできせん。そして、「愛さないこと=冷たくすること、嫌うこと」でもありません。

 

「愛さない=興味が湧かない、関心が向かない」ということです。我が子なのに「興味が湧かない、関心が向かない」のはどんなときか?それは親の心が他の関心事や心配やストレスでいっぱいになっているときです。

 

メスメランダの民話でも、母親は4人の子どもを抱え、たった1人で毎日夕暮れまで食料の調達に出かけています。

鷹は2匹のヒナが生まれると片方のヒナにだけエサを与え、もう1匹には何も与えず餓死させるといわれています。生物の母性本能が生き残れそうな方だけを養う行動をとらせるのです。

 

善悪で裁くと「悪い母のもとに生まれた愛されない不幸な娘のメスメランダ」ということになります。ところが、メスメランダは後に皇帝の息子に愛される妃になっています。

 

これはメスメランダが自分のことを「悪い母のもとに生まれた愛されない不幸な娘」と思っていないことを意味します。彼女は「愛されない不幸な娘」のセルフイメージに苦しむよりも、「悪い母なんかいらない」と手放したのです。

 

これは「愛されるべき人に愛されない不幸な娘」という観念から脱却するための始めの一歩です。

 

「毒親の被害者」という意識から抜け出さないと、いつまでも「愛されるべき人に愛されない不幸な娘」のセルフイメージを纏うことになり、そのイメージに相応しい人や現実を呼んでしまいます。

 

「悪い母なんかいらない」と「毒親の被害者」という意識から抜け出したメスメランダが次の一歩でしたことは、「自分自身を愛すること」でした。

 

メスメランダは自分に喜びを与えるために世界中を冒険したのです。そのとき、きっとメスメランダは広い世界でどこでも自由に生きていける自分の力強さを愛したことでしょう。

 

メスメランダは「自分を愛することができる生きる自信に溢れた娘」として特別な魅力を輝かせていたことでしょう。だから皇帝の息子を魅了したのです。

 

でも、メスメランダの通過儀礼はここで終わりではありません。「シンデレラ」や「白雪姫」は「王子様と結婚して幸せになりました」というところで終わりますから、不幸な境遇にあっても「不幸な娘」のセルフイメージに染まらず、「幸せな娘」のセルフイメージを持つことで幸せな現実を手に入れるというレベルです。

 

メスメランダは意地悪な母から逃げて優しい王子に助けられたのではなく、自分の意思で世界中を旅した後に王子と結婚したくらいです。その上のグレードがテストされるのも当然です。まだ、その上に行ける上級者ですから。

 

メスメランダの最終的な通過儀礼は、狂った老女になった母親を許して迎え入れることでした。「シンデレラ」や「白雪姫」のレベルでは到達できない領域です。

 

許しがたい人を許すということは神様にしかできないことになっています。しかし、人間には神の分霊である魂が宿っています。魂意識主導になっているときは、神にも等しいことが可能となります。

 

「わたしに母おりませんから」と冷たく言い放ったメスメランダが、「お母さんを大事にするわ」と迎え入れるまでに変わったとき、彼女は魂意識主導で神にも等しい許しができたのです。

 

もしも、メスメランダが「わたしに母おりませんから」と知らんぷりを決め込んだのなら、心のどこかに罪悪感を潜ませることになったでしょう。

 

それは「幸せな娘」のセルフイメージに一点の闇を作ることになります。自分を愛し夫を愛することができても、産みの母だけは憎み続けるという闇が生涯ついて回るのです。

 

メスメランダが狂った母を許したのは、自分の心に一点の闇も置きたくなかったからでしょう。憎しみをとっておいたらほんとうの幸せに至れないことに気づいたのです。

 

以前、チャック・スペザーノ博士のセミナーで質問できるチャンスを1回もらったときに、わたしは何を質問しようかと列に並んで考えていました。1個の質問ですべての答えが引き出せるものはないかと思ったのです。

 

そしてわたしは「ミラクルを起こすにはどうしたらいよいのですか?」と尋ね、チャックはあっさり「許しがたい親を許すことだよ」と即答しました。まだ30代半ばの当時のわたしは、「ミラクルを起こすのは、やっぱり難しいや」とへこみました。

 

でも、アラカンの今のわたしには、憎み続けるよりも許す方がずっと簡単で楽なのがわかります。ほんとうに奇跡が起こるのも体験しました。

 

家庭内で暴力を振るい家族を恐怖に陥れていた父が、糖尿病で脊柱管狭窄症の手術を受けられない母のために、家庭菜園で野菜を作ってその野菜で料理して栄養管理をし、2年間でヘモグロビンA1C(糖尿病検査の指標)を正常値にしてしまったのです。

 

わたしが勤務していた病院に母は10年通い続けて全く改善しなかったのに、父が「俺が治してみせる!」宣言をしてたった2年で脊柱管狭窄症の手術が可能になる結果が出たときには、奇跡としか思えませんでした。

 

わたしは父への憎しみを手放しただけなのに、父は喜々として野菜を作り母が喜んで食べる身体によい料理を工夫し、母も無事に手術が受けられて家族も明るくなりました。

 

許しのチャンスが巡ってきたときは、ミラクルを起こすチケットだと思いましょう。そのチケットを受けとるも捨てるも自由選択です。

望んで許しができるならば、その瞬間神にも等しい力が宿り、奇跡が起こります。

 

次回は「コペルニクスのホロスコープリーディング」を予定しています。

 

わたしのサロン、リブラライブラリーではあなたの心のしくみをホロスコープで解説し、心の制限、葛藤が引き寄せる現実問題にセルフヘルプで立ち向かえるようサポートします。

 

詳しくはこちら をご覧ください。

 

新メニュー(月の欲求・土星の制限の観念書き換えワーク、キローンの苦手意識を強味に変えるワーク)が加わりました。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。