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Ribi's room

きまぐれな独り言・・昭和のかおり

20数年前、息子が近所の神社の秋祭りで「亀すくい」をして

我が家にカメ小さなミドリガメが仲間入りしました。


亀の飼い方なんて知らなかったので、市販の「亀の餌」をやることしかしませんでしたが、全く食べません。

今みたいにインターネットでもあれば「亀の飼い方」って簡単に調べられただろうけど、本屋か図書館にでも行かないと無理でした。


大きな瓶に小石をひいて、水を少し入れて、落ち葉もちょっと入れてみました。何も食べないまま冬になりました。

生きてるけど動かないし、どうしたらいいかわからず、

とりあえず本棚の上に瓶を乗せましたが

すっかり乗せたことを忘れて・・・チューリップピンクチューリップオレンジになりました。


可哀相に・・・どこに埋めてあげようかと考えながら瓶を覗くと・・

かわいい眼をクリクリさせながら私を見ていました。

        「生きてる!!

何にも食べないで約6ヶ月。

私なら死んでます。(あたりまえ)

早速「亀の餌」じゃなくて、お魚をあげてみました。

初めてこの亀が口を開ける所を見ました。ラブラブ!うれしかったです。


亀の本も買って、飼い方も学んでスクスク育っていきました。

亀は雄と雌の区別が付きにくく、比較的尻尾の太いのが雄らしく

うちの亀は太いので雄だということで

    「カメリ・フラッシュゴードン」と息子が命名しました。


どんどん、どんどん大きくなって

一度叫び脱走事件もありました。(後日書きます乞うご期待ビックリマーク

基本的に室内を自由に歩いています。食事とトイレはお風呂場のたらいに入ってします。


どんどん、どんどん大きくなった12年前のある日・・・

洗濯物を取り込んでこんもり山が出来ていて、そろそろ畳もうと

一番上のタオルを取ると、その下に見たこともないきれいな薄い

オレンジ色の丸い物体が20個近くありました。

     そうなんです。亀の卵です。目目


数日前から少し様子が変だと思っていましたが、まさか出産とは

その後も別の場所で10個産んでいました。

産むときは何だか涙目になるんです。亀のお産も大変です。

全部出し切った後は丸一日水の中でじっと動きませんでした。


残念ながら無精卵なので、卵はかえりませんが、それから毎年

春から初夏にかけてポロポロ産んでいます。

年々最初の時の様に沢山産めなくなってきましたが、今年もしっかり産みました。


と、言うことで・・・・

             亀はメスでした。

名前はカメリーちゃんとか、りりちゃんとか呼ぶようになりました。










私は仏教系幼稚園に通い、キリスト教系の大学を出ましたが


              無宗教です。


でもね、神様は小さい頃から信じています

八百万の神って観念は、日本の素晴らしいところだと思います。

食べ物には食べ物の神様・・・だから残さず食べなくちゃ

物には物の神様・・・何でも大事に使わなきゃ

車には車の神様・・・神様に怒られない様に優しく安全運転


さまざま多種多様な宗教について知らないし、知りたくないです。

批判も否定もしません。それぞれの価値観がちがうんですから。


最近特に思うのは、お墓はほんとうに必要なのか、ってことです。

実は私の両親もそう思っていて、都営の合同墓地を借りました。

母はもうそこに入っています。

お墓参りにいって毎回思うことは、「ここに母はいない」ってこと・・

亡くなってから数ヶ月は、いつも私のそばにいたと実感してました。今は呼べば来る時もあるし、ネコ猫に憑依してるって感じることもあります。


要は、人それぞれの感じ方次第なんでしょうね。


ドクロ地獄の沙汰も金次第」って言うけど

    お坊さんに高い戒名つけてもらっても

    高くて素晴らしいお墓を買っても

死んだ人が本当に天使天国に召されて幸せかどうかは・・・・


母曰く、「死んだ人にお金を使うな、生きている人が使え」

私はこの教えを遂行したいと思っています。


出来るなら、散骨か樹木葬でおねがいします。

仏壇も要りません。そんな小さい所に入りたくありませんから・・・









             


昨日書いた団地に住んでいた頃の日本は高度成長の真っ只中

子供の教育とかにも熱が入り始めてました。


団地は同じぐらいの歳の子であふれているので

みんな何かお稽古事に通っていました。


そろばん・習字・ピアノ・バレー等が女の子のベスト4かな・・

私は家のそばの集会所でやってたバレーを習いたかったけど

母の猛反対で爆弾撃破ビックリマーク母は私の資質を見抜いていました。ガーン

「じゃあピアノ」ってダメ元で言ったら、何故かOKビックリマーク

友達のちーちゃんが始めたので母も負けじと・・・・


今思うと、あんなに狭い家にピアノなんてナンセンスです。

父は反対していたみたいでした。

あれは母の自己満足って言うか見栄を張ったと言うか・・・

搬入だけでも大騒ぎでした。うちは3階でしたから・・・


それでもモノになれば良いんですよね。

私は小5で辞めましたが、

ちーちゃんは音楽学校に通い、今でもピアノの先生です。


中学に入ってブラスバンド部に入部しました。

クラスの仲良しの、みほちゃんとどの楽器にしようか悩み

2人で選んだのは、「クラリネット」

高校ぐらいまで私もクラリネットを吹いていましたが辞めました。

同じ日にクラリネットを手にしたみほちゃんは・・・

音大右矢印留学右矢印オーケストラと今でも大活躍


大人になって、どうしてなんだろうと考えてみました。

答えはすぐ出ました。

ちーちゃんも、みほちゃんも並外れた練習をしていました。

私は全く努力をしていませんでした。


そういえば、高校のマラソン大会もスタートからゴールまで

             歩いていました!!


もうこの歳になったら努力なんてしたくないけど・・・

若い頃、もう少し頑張ればよかったな~と思う今日この頃です。