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Ribi's room

きまぐれな独り言・・昭和のかおり

ラブラブどこの親もそうだと思いますが、うちの母は相当私を買いかぶっていました。団地住まいでわかるように、お金持ちではないのに

小・中学校をお受験させられました。当時は今のようにお受験用の塾とかなかったので、母としたら「あわよくばラッキーチョキ」ぐらいの気持だったみたいです。


小学校は抽選でした。見事はずれ!!

幼稚園のお友達数人で行った記憶があるので、一種のお楽しみ抽選会状態で、全員玉砕しました。


中学受験は私立の女子校で、母が何処かから選んできました。

本当に何処かに入れたかったら色々受験させられたはずですが

母はここ一校に絞っていました。中高一貫でお嬢様学校です。

私はあまり知らぬまま行ったのですが、相当レベルの高い学校だったみたいです。

試験は簡単ではなかったけれど、そこそこ出来たつもりでした。

後は母子面接を残すのみ・・・


待合室でみんなお弁当を食べていた時、いり代わりたちかわり

先生が教室に入ってきました。教室で誰かを探して・・・

「あっビックリマークせんせ~いビックリマークこんにちわ。2年2組の○○○子の母です。

今度妹の○子が受験するんです。よろしくお願いします。」

そこまでは別に子供だった私が見てもただの挨拶だけど

「ああそうですか~。受験番号何番ですかはてなマーク」って・・・


そんな様子をいっぱい目の当たりにしたら母子ともに

「だめだこりゃ!!シラー」ってなりました。


もちろん結果は言わずもがな不合格でしたビックリマーク

母の選択ミスも然る事ながら、最大の要因は私の勉強不足あせる

塾にも行かず、成績は鳴かず飛ばず・・・


そんな母が大人になった時、ポツリとカミングアウト

「小学校2年生のときの担任の吉田先生に、みんな学習塾に通い始めているのでうちの子も行った方が良いですかって聞いたら

自分で出来る子だからいく必要ないって言われたのよ。吉田先生にだまされたわ・・・」

オイオイDASH!人のせいにするなビックリマーク小2の先生ならそう言うよあせる

それよりビックリしたのは、みんなが塾に行ってたって事です。



叫び13年前の子宮筋腫の手術を皮切りに、今日まで4回入院しています。甲状腺がん・・網膜はく離・・甲状腺がん再発とバラエティにとんでます。

不幸中の幸いと言うか、どれも痛みを伴いませんでした。


子宮筋腫はお腹を触ってもわかるくらい大きかったんですが、

生理が酷い以外は特に困っていませんでした。

大学病院で詳しくエコーしたら大きい1個以外に「数え切れないほどあります」って言われたので、手術しました。


甲状腺がんは下を向くと首に違和感があって、それが少しずつ大きくなったんですが、近所のお医者さんで「要観察」と言われ

定期的に見てもらっていました。たまたま別の病院でペット検査を受け、そこの先生に「すぐ紹介状を書くので大学病院に行ってください」って言われました。


大学病院では開けて細胞を取って見ないと判らないけど

がんの可能性が高いので手術をすることになりました。

甲状腺の右側だけ取る手術で、手術痕は酷かったけど痛みは

なかったし、薬の調整も楽でした。病理の結果は癌でした。


でも・・・最大の悲劇が待ってました。声が出にくいんです。

麻酔で喉に管を入れるし、手術で神経のそばを触るので、まれにそんなことが起きることは聞いていましたが・・・・

大きな声を出しても共鳴しないというか、全く響きません。

雑踏で話をしても相手には何にも聞こえないんです。

響かないせいか歌を唄っても音痴になってしまいました。

検査の結果声帯の半分が死んでしまったそうです。


ところが、半年ぐらいたった頃、友達が「最近声が出てる」

と、うれしいことを言ってくれたので、先生にまた検査してもらったら、「奇跡だ!!クラッカー」って言うではないですか。

声帯が動き出しましたドキドキ音譜アップ


網膜はく離は人間ドッグで見つかりましたが、何の悪い症状もないまま、すぐ手術しないと失明するとせっつかれ、沢山入っていた予定も全部キャンセルして手術に臨みました。

実はこの大学病院の眼科に定期的に通っているので、3ヶ月前にはなかったのか、見つけられなかったのか・・・

しかも原因について聞いてみたら、糖尿病とかの病気が原因ではなく、私の眼の網膜が弱いことが原因だそうです。

実は先月検査に行ったら、反対の眼も剥離になりそうという事でレーザー手術しました。入院はしませんでした。


甲状腺がん再発は「この検査が大丈夫ならOK」と言う検査で

癌が見つかりました。最初先生が冗談を言ってるのかと思いました。しかも今度は左側とその周りのリンパ節も・・・・

でも前の手術は大変ではなかったので、軽いのりでした。

ところが前は1週間の入院だったのに、今回は最低2週間。

その時は判らなかったけど、この2週間、そして退院してから

数ヶ月・・・私は廃人でした。でも今回声帯は無事でした音譜


やっと薬の量が確定して安定して今は元気なわたしですが、

薬でコントロールされているわけで、震災なんかが起こったら・・・

薬がなくなったら・・・と、考えると怖いです。


そんなこんなで、この病院は我が家のようになってます。

先生達~!!これからもよろしくラブラブ

今いえにいる猫は、今年12歳の夏子さんです。


毎日女王様の様な暮らしをしていて、私も生まれ変わったら夏子みたいになりたいと羨望します。


そんななっちゃんが家に来たのは、ちょうど夏祭りの夜・・・


前に書いたプリン(メス)は色んなものを集めるコレクターでした。

私にはポケットティッシュを、夫にはタバコの箱(空だけどね)、そしてみんなに虫やすずめ等・・・

ティッシュはもっぱら母の家から運んでいました。私のベッドの上に10個ぐらい乗っていたこともありました。


プリンが外出から帰ってきて、また何かお土産をくわえていました。パッと見たらねずみです!!叫び

プリンはドヤ顔です。みんなはキャーキャー叫び

「おやっはてなマークこれねずみじゃないじゃないシラー

「猫だビックリマーク子猫。かわいい」

キャーキャーから一転、かわいいかわいいって言うので

プリンは「失敗したか!?」って顔に・・・


プリンがかわいそうな迷い子猫をくわえてきたのなら、

もう少し母性を出して(一回も母には成ってないけど)かわいがると思うんだけど、その後一切なっちゃんとはかかわりませんでした


でも付かず離れず見守ってくれていたのかもしれません。

なっちゃんも甘えさせてはもらえなかったけど、

何かにつけ頼りに成るお姉さんだったことでしょう。


そう言えば、にひひいたずらする時はいつもとっても仲良しでした。