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Ribi's room

きまぐれな独り言・・昭和のかおり

毎週水曜日はブログの更新をお休みしています。

実はその日の夜、「韓国語教室」に通っているからです。別にクタクタになるほど勉強して帰ってくるから書けないって言うわけではないんですけどね・・・・


韓国語を始めたきっかけは、勿論「ヨン様」ですが、好きになってすぐ始めたんじゃないんです。ヨン様を好きだった(過去形)友達とヨン様ゆかりの地を行くツアーに参加した時、他の同じぐらいの年代のヨン様ファンがみんな韓国語を勉強していたんです。逆に「韓国語習ってないの?」って言われる感じで肩身が狭い気がしました。確かに大好きな人が何を言ってるか、通訳無しで分かったら素敵ですよね~!って目がハートになって、帰国後韓国語教室を見つけて習い始めたんです。


恥ずかしいので何年習ってるって言いませんが、でんでん虫のスピードで頑張っています。韓国語はハングルの組み合わせさえ覚えれば読めるし、文法が日本語と一緒だし、漢字語があって発音が似ていたりするので楽しいです。


そんな教室に先日19歳の男の子が見学に来ました。


先生の計らいで、その日はみんなで韓国語のすごろくをやることになりました。「三つ動物を言う」とか「三つ韓国料理を言う」に止まると彼は困った顔で「わかりません」と言うのに、簡単ではあるけど会話はゆっくりしっかり喋れるんです。


私は語彙は彼には負けませんが、会話では敗北です。彼は3週間留学経験があるそうですが、

        「私は一体何年やってるんだ」と思いました。


まぁいいんです。

私には留学も検定も無縁です。


私はボケ防止にやっているんですから・・・・・






ミシンを持ってるのにまたミシンを買ってしまいました。


持ってると言っても、もう30年ぐらい経っていて壊れてはいませんが直線縫いとジグザグ縫いぐらいしか出来ないミシンなんです。

でもあの頃どれを買おうかとても迷って、コンピュータミシンとかを差し置いて今のミシンを買ったんです。安いミシンは19800円ぐらいで買えたけど、私のミシンは7万円もしたのを思い出しました。たぶん機械がいいので高かったんだと思いますが、あの頃の7万円はすごいです。(でも本当は母が買ってくれたんです。)


体育系じゃない私は、家庭科は好きでした。

でも中学の時の家庭科の先生がちょっと苦手で、反抗とまではいかないけれど、授業中に「ベースボールマガジン」を読んでいました。もちろん見つかって没収です。

眼を付けられた私は更に家庭科が好きではなくなりましたが、ある時宿題が出ているのをすっかり忘れていて、前日の夜思い出して大慌てですることになりました。


「食品の表示について」みたいな漠然とした宿題で、とりあえず家にある食品の表示を片っ端から書き取ったり剥がしたりしてそれを表にして何とか終わりました。相当遅い時間までやった記憶があります。


宿題を提出した翌週、先生が一人一人にコメントをつけて返してくれました。それには花丸がいっぱいと+AAAA見たいに書いてあってビックリしました。しかも先生がみんなの前で私のレポートをすごく褒めてくれて・・・・「レポートって言うのはこういう風に書くんですよ。わかりましたか?}って・・・・


みんなのレポートは綺麗に表示を写してきただけでしたが、私はひとつずつ見た目や自分の感想等を書いたんです。最初私も写すだけで言いと思っていましたが、やってるうちに調子に乗ってこんな風になったんです。


人間って人に褒められるとこうも変われるのかと思うほど、私はその日から先生が大好きになり家庭科も待ち遠しいほど好きになりました。私が単細胞だからかな?

一生懸命ミシンで作ったパジャマも褒めてもらいました。



最近は何でも安く売ってるから、布を買ってきてわざわざ作るって事が全く無かったけれど、生産的な良い趣味をしようと思い立ち再びミシンをいじろうと思ったわけです。

そんな時ラジオショッピングでミシンを紹介していて、模様縫い、文字刺繍等も出来るミシンが29800円(定価11万円ぐらい)と言うのでついついポチッとPCを押しちゃいました。


本当は2つもミシンは要らないんだけどね・・・・


















衣替えの季節だけど、今日の暑さでは半袖を仕舞えないようです。街のお店はすでに秋冬一色ですが、はっきり言って見てると暑苦しいです。


昭和の頃は10月にはそれなりに涼しくなって、制服も分厚い冬服を着ました。

ここ何年かの猛暑で日本から合服って言うものを着る機会が減ったと思うのは私だけでしょうか?気に入って買ったのに着る機会を何年も逸した服が何枚かあります。


確かに更年期もあって暑がりになった私には「暑いか」「寒いか」と言う選択肢しか無くなったみたいです。しかも寒くても今は「ヒートテック」みたいな薄いのに暖かいアイテムがいっぱいあるので冬でも薄着で平気です。



中学の頃の制服はひだがいっぱいある紺色のジャンパースカートにボレロの上着で丸襟の白いブラウスが標準服でした。男子は学ラン。でも標準って言うことはそれじゃなくてもいいってことで、丸襟が嫌いだった私はワイシャツにしていました。ボレロも気に入らなかったので、2年生から紺ブレを着用。夏は紺のスカートに白いシャツかブラウスだったけど、ボタンダウンの青や格子模様のシャツを着ていました。まじめに標準服で通した人も多かったし、お金持ちのお嬢様は特注であつらえた制服を着ていました。

丁度制服を変えようとしていた過渡期だったので、割と自由だったみたいです。私服の学校も憧れたけど、ベースがあってそれをいじって個性を出していくのって良い事だと思います。不思議と突拍子の無い格好をした人はいませんでした。


高校の制服はひだ4本のグレーのスカートに裾の長めの紺ブレで白いシャツにエンジのネクタイでした。その頃の流行だった制服で、修学旅行に行った地方で私たちを見たおばさんが「ええっ~高校の制服なの~?東京はやっぱり違うわね」って言われましたが、今は東京でもあんな制服は見たことがありません。


ルーズソックスの良さは理解できませんでしたが、今どきの制服は「可愛いな~」って思います。私も履いていたけどやっぱり制服にはハイソックスがいいな~。


でもね、昔の靴下って今みたいにゴムが良くなかったのかズルズル下がってきたんです。

そこで登場!「ソックタッチ」

魔法の靴下止めと言いたいところですが、ただの糊です。今もあるのかな?あの頃は三種の神器だったんだけど・・・・