SWEETな生き方 | スピリチュアル・エレガンス

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~無意識的生き方から意識的生き方へ~

最近つくづく思うのが、謙虚さ余って、自分に厳しすぎる人が多い、ということです。


日本人は大昔から謙虚を美徳してきた民族です。

なにかあっても「わたしが至らなかったせいだ」と考えがちです。

確かに大手をかざして人のせいにするのは問題外だけど、自分ばかりを責めてしまうのはどうでしょう。


怒りや非難を自分に向けてしまうのは、一見、とても謙虚で出来た人っぽい印象さえあります。

でもスピリチュアルの世界では、「他人と自分はイコール」でしたよね。

自分を責めるということは、他人を責めることとなんら変わりないのです。


おまけに謙虚な人は、自分を責めながらも人に負担をかけたくないので、

そんなことおくびにも出さないことが多いです。

苦しくて苦しくて仕方がないのに、顔では笑って…そんなアンバランスの状態が長続きするわけありません。

結果、それは心身症や病気という形で現れます。

心や体が「もうやめてーーー」と悲鳴を上げるのです。


人は「言葉・行動・思い」が一致していないと、本来の幸せを感じることはできません。


では、どうして人は自分を責めることをやめられないのでしょう。


それは心の中で無意識に他人と比較したり、競争しているからです。

もしかしたら、他人ではなく、「理想の自分」と比べているのかもしれません。

「理想の自分」も他人と比較して生まれてくるものだと思います。


あなたは「もっともっと○○しないとダメだ」「わたしが悪いんです」と言うけれど、

一体今のあなたの何がどう悪いのですか?

と問いたくなる人が、すごく多いです。

よっつから見ると、みんなけなげに一生懸命生きている素敵な人にしか見えないからですグッド!


もっと優しくならないとダメ?

もっと大らかにならないとダメ?

もっと気が付く人間にならないとダメ?

わたしなんか良いとこなんてひとつもない?


人と自分を比べてもいいことなんかひとつもありません。

わたしたちは、生まれてきた回数も、今世に描いてきたシナリオも、もってきたカルマもすべて違うのです。

あなたとわたしの顔が違うように、環境が違うように、

スタートラインがいっしょでない人と何を比べるというのでしょう。

それはたとえ兄弟姉妹であっても同じです。

今世、何を経験したくて生まれてきたか、がまったく違うのです。


比べるだけナンセンスです。


わたしたち一人一人のDNAを比べた時、

その違いはどれくらいかご存知ですか?

何と0.1%しか違わないのです。

99.9%はみんな同じ構造なのです。


1000ピースあるパズルのうちの1ピースだけに焦点を当てて

あーだこーだ言うことに、はたしてどれほどの意味があるでしょうか。


世間の評価、人の評価はあなたの想像にすぎません。

人の口は勝手なものです。

その時の気分次第で褒めもすれば、けなしもするのです。

そんなことを一々気にして右往左往していたら、自分が可哀想です。


理想の自分を掲げるのも、従来は「よし」とされてきました。

でもよく考えてください。

理想像があるということは、「今の自分では満足していません」

と大胆にも宇宙に宣言していることになるのですショック!


よっつの大親友が言ってました。

一番良い瞑想法って、『夜寝る前に楽しいことをいっぱい思い浮かべること』キラキラ


この程度でいいのです。

理想と現実にギャップがありすぎると、達成できない自分を責めてしまうようになります。


「夢のコラージュ」や「宝地図」を作るのは、ウキウキワクワクするからです。

そうやって作業することで、潜在意識にまでインプットさせます。

でも「楽しい」を遥かに超えて、「理想」となってそのことばかりに囚われると、かならず足をすくわれます。


斎藤一人さんや小林正観さんは「夢も希望もない生活」を提唱しています。

一見空しく聞こえますが、今が幸せなら、夢も希望もいらないわけです。

夢や希望があるということは、今に満足していない、ということになるのです。

夢や希望がなければ人間生きていけない、という従来の定説をひっくり返す発想ですよね。


思い描いたものが現実化する、という発想と、

今が幸せなので、ただ感謝して生きる、という生き方。


これ、どっちもアリです。

臨機応変に両方を取り入れていけばいいと思います。

でも理想を高く掲げすぎるのは、結果自分を追い詰め、責めることになりかねません。


人と比べたり、理想の自分とのギャップを感じて自分を責めると、

エネルギーがそこにばかり集中してしまいます。

ちっとも建設的ではありません。

自分を責めつづけて、何か解決したことはありますか?


自分を感情的に責めているときは、後ろに下がっているか足踏みしている状態です。

一見謙虚に見えますが、そこにこだわって前に進むのを拒否しているだけなのです。


ありのままの自分を認めて、それをとがめない。

そうすることで、初めてそこを乗り越えて成長することができるのですアップ


至らなかったかもしれない自分を認める。

ただ認めるだけで、責めない。

いいじゃないか、こんな私がいじらしいよラブと心で抱きしめる好

これが「あるがまま」ということです。

とってもSweetでしょ?ぺこ心



よっつも昔は自分を責めてばかりいたような気がします。

でも今はそういうことはやめました。

自分を責めたくなるようなことが起こっても、

「これが私の魂のシナリオなんだ。味わおう。そしてここからの気付きが何なのかさぐってみよう」

と思えばいいのです。


マイナスの感情が湧くのは、【気付き】を得るため、それだけです。

それさえ分かれば、さっさと次に行けるのです。

踏みとどまって自分を責め、後悔し続けるのは、もうやめて、

【気付き】を得て、さぁビックリマーク街へ繰り出しましょうクラッカー



最後に これ

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叔母さんの手作りシュークリームシュークリーム

生クリームとカスタードクリームのハーモニーがとろけそうでしたにこハート

Sweetでしょ?


ガチャピン コメント返しが遅れています。ごめんなさい汗