東京45年【91-3】生還 | 東京45年

東京45年

好きな事、好きな人

東京45年【91-3】知床

 

 

 

1986年2月、25才

 

 

珈琲を飲んでマンションに帰った。

 

 

ソファに座って玲に言った。

 

 

 

 

『綺麗だったよ。晴れると毎日ダイヤモンドダストだった。

 

吹雪くと真っ白で、目の前が真っ白なんだ。

 

あんなに白ばかり見たのは、初めてだった。

 

それも綺麗だった。

 

毎日玲を思い出していた。

 

ずっと玲を思い出していた。

 

ビックリするぐらい玲ばかりだった。

 

山に入って2週間目に吹雪に閉じ込められて、今までで初めて不安になった。

 

「玲、助けて」って叫んだ。

 

吹雪が弱くなって出発したら猛烈に頭に来た。

 

「玲に会いに行くぞ」って何度も叫んだ。

 

そしたら玲の笑顔が浮かんで、気が休まった。

 

勇気も沸いた。

 

それからは黙々と進んだ。

 

ハイスピードで、自分でもびっくりするぐらいハイスピードだった。

 

今までで一番速かったと思う。

 

飛ぶ様に進んだんだ。

 

毎日、玲に近付いていく実感があった。

 

山と玲が融合していた。

 

気が付いたら最後のピークだった。下りは飛ぶように降りた。

 

重い荷物なのに走ったりもした。

 

途中でスキー場が見えて来て、玲に会えると思った。

 

嬉しかった。

 

山が終わった実感は無かった。

 

玲に会える実感だけがあった。

 

今までこんな事は無かった。

 

玲、支えてくれてありがとう。。。。。。

 

もう厳しい山は終わったよ。

 

これで終わったよ。

 

心配させるような山は終わったよ。

 

俺は玲を幸せにする。

 

合宿には行くと思うけど、それでも良いかい?』

 

 

 

『もちろんよ。だけど、すぐ帰って来てね』

 

 

『ああ、もちろんさ。たまには玲も一緒に行こう。キャンプとかも行こう』

 

 

『あら、良いの?女とは、山に行かないんじゃなかったの???』

 

 

『それはもう無しだ。これからは安全第一だから、玲を連れて行ける』

 

 

『嬉しい!!!でも、今、落ち着いて居るわね』

 

 

『ああ、でも、まだ緊張が融けていない。。。。多分、まだ命の危険を感じているんだよ』

 

 

『もう大丈夫よ。。。』そう言って玲は俺を抱き締めた。

 

 

『司、おめでとう。頑張ったわね』と玲は泣いていた。

 

 

『ありがとう』と俺も泣いた。

 

 

『痩せたんじゃない?』

 

 

『ああ、多分な。

 

食料を切り詰めたからな。

 

ヒマラヤよりもラウンド剱よりもモンテ・ビアンコより厳しかった。

 

あんなにトレーニングしたのに、それでも厳しかった。

 

風が強かった。

 

凄く強い風だった。

 

飛んでいる鳥が風に流されて、海か海岸に落ちて行った。

 

山に落ちた奴もいた。

 

途中でね、キタキツネに会ったんだ。

 

こいつらは、いつもここにいるって思ったら、負けたと思ったよ。

 

他にも動物を見たよ。

 

テンなのかな。荒れ狂う自然の中で逞しく生きていた。

 

エゾウサギに雪洞掘りを教えて貰った。。。。。

 

あいつらは逞しかった。

 

なのに、俺は、あそこでは少しの間しか生きられない。

 

気を抜いたら死ぬ。

 

そう思ったら、玲に会いたくなった。

 

無性に玲に会いたくなった。

 

そこで、一週間も猛吹雪になって、思いっきり玲に寄り掛かっていた。

 

泣いて、玲と話をしていた。

 

玲が支えてくれたんだ。

 

毎日、玲を思っていた。

 

出会ってからの事も毎日思い出していた。

 

山の中で、毎日。。。。。思い出していた。。。。

 

なあ、もう一回、風呂に入っても良いかい?』

 

 

 

『勿論よ。沸かし直すわ』

 

 

『ありがとう』そう言って俺はソファで寝入った。

 

 

夜1時頃に目が覚めて、トイレに行った。

 

 

寝室に行くと玲が目を覚ました。

 

 

『ごめん。ソファで寝ちゃったよ。玲は寝てて良いよ』と言った。