東京45年【91-2】知床、生還 | 東京45年

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東京45年【91-2】知床

 

 

 

1986年2月、25才

 

 

その後、南岳、オッカパケ岳、サシルイ岳、三峰、羅臼岳、知床峠 国道334号。

 

 

ここから羅臼に下りる事も出来るが。。。。。

 

 

目的地は、まだまだ遠い。

 

 

弱気になる気力をふり絞って、体力を振り絞って、我慢して登る。

 

 

 

 

 

 

天頂山、羅臼湖、知西別岳、遠音別岳、海別岳、錐山、瑠別斯岳、根北峠。。。。。。

 

 

ここから標津はもうすぐだ。

 

 

あと、2日で街に着けるだろう。

 

 

我慢して登る。

 

 

斜里岳だ!!!

 

 

とうとう来た。

 

 

摩周湖まで直線距離で30kmの地点だ。

 

 

オホーツク海まで15km。

 

 

吹雪でオホーツクも太平洋も見えない。

 

 

ただ、雪が見えるだけだ。

 

 

そこから、知床横断道路、国道244を標津町へ2日掛けて下山。

 

 

国道と言っても、雪だらけでどこが道路なのか分からない。

 

 

ただ、下へ下へと歩き易い道を辿る。

 

 

2月24日下山。
 

 

 

知床半島160km縦走完了。
 

 

 

 

 

標津から玲に電話をする。

 

 

標津は鄙びた漁港だった。

 

 

いつか玲を連れて来たいと思った。

 

 

 

会社に電話をした。

 

 

会議中との事で伝言をお願いした。

 

 

『島谷、無事に下りた。また、後で電話する。夜も電話する』とお願いした。

 

 

久しぶりに聞いた人間の声だった。

 

 

その日は、標津の温泉宿に泊まった。

 

 

凍傷を癒す為に何度も温泉に入った。

 

 

 

 

 

 

 

夜、マンションに電話をする。

 

 

『玲、下りたよ。愛している』

 

 

『お疲れ様。今は何処なの?』

 

 

『今は標津っていう街の温泉宿だよ』

 

 

『二度目の温泉ね。。。。あははは。。。。どうだった?』

 

 

『綺麗だった。海も見ていた。凍傷にもなった。だけど重くないから大丈夫だ。ずーっと玲を思い出していた』

 

 

一月振りの発音はぎこちなかった。

 

 

口が固まった様に動かない。

 

 

『良かった』と玲は言った。

 

 

『明日の朝、電車に乗るから27日の午後には、玲の所に着く』と言った。

 

 

『気を付けてね』と玲。

 

 

玲は涙ぐんでいた。

 

 

『玲、これで区切りが付いたぞ!


玲を幸せにするから待ってろ。


絶対に幸せにする。愛している』


と言った。

 

 

『うん、分かってる。嬉しいわ』


と玲は涙声で答えた。

 

 

 

 

 

 

次に田口さんに電話をした。

 

 

無事に下りた事を伝えた。

 

 

おめでとうと言われた。

 

 

 

山岳部の桜井主将にも電話をした。

 

 

奥さんが出た。

 

 

二人目を妊娠したと言った。

 

 

おめでとうと言った。

 

 

下山報告の伝言をお願いした。

 

 

 

服は着たきり雀だった。

 

 

さすがに、パンツは浮浪者のそれになって、固まっていた。

 

 

玲が買ってくれたパンツだったが、履けないから宿で捨てた。

 

 

宿で捨てるのも忍びなかった。

 

 

着ているものを全部洗った。

 

 

翌日、乾いている訳も無かった。



翌日、濡れたまま着た。

 

 

体温で乾かした。

 

 

半日も経てば、乾いていた。

 

 

まあ、取り敢えず、臭くは無さそうだった。

 

 

ノーパンで帰った。

 

 

果たして、浮浪者はパンツを履いているのだろうかと思った。

 

 

パンツを気にしたら、やっと人間界に帰って来た感じがした。

 

 

 

 

 

 

 

4時頃にマンションのカギを開けたら玲が抱き付いてきた。

 

 

会社を早退して帰って来たらしい。

 

 

『お帰りなさい。お風呂湧いているわ。熱めにしたわ』

 

 

『ありがとう、玲』と言って俺は風呂に入った。

 

 

背中を流すと言って、玲が入ってきた。服は着たままだった。

 

 

背中を流して貰いながら


『お前の所に帰って来たぞ』


と大声で言ったら涙が出た。

 

 

『約束通りね』と玲が言った。

 

 

『ここが一番良いな。玲の側が一番良い。二度目の温泉だったけど、寒くて泊まる事にしたんだ。温泉に何度入っても寒かった』と言った。

 

 

『凍傷はここだけ?』と足の指を指さして玲が聞いた。

 

 

『ここもかな』と顎を指さした。

 

 

『あとで軟膏を塗って、病院に行きましょう』と玲は言った。

 

 

『玲、何か分からないけど、見つけたよ』

 

 

『何を?』

 

 

『わからないけど、何かを見つけたよ。そのうち分かると思うよ』

 

 

『分かったら教えてね』

 

 

近所の皮膚科に行った。

 

 

皮膚科じゃ手に負えないと言われて、大学病院を紹介された。

 

 

明日行くことにして、軟膏を貰った。

 

 

 

 

クリニックの帰り道、

 

 

『なあ、玲。喫茶店で珈琲が飲みたいんだけど、付き合ってくれる?』と俺が言った。

 

 

『もちろんよ』

 

 

珈琲を飲んだ。冬でもアイスコーヒーばかり飲んでいたが、今日はホットコーヒーを飲んだ。

 

 

何も話さなかった。

 

 

ただ、安全な実感が欲しかった。