京都市 伏見区
技研トラステム株式会社
 
天井にセンサー
人の数を自動的に計る装置の開発
 
1976年
京都のデパートからの依頼
機械でお客さんの数を数えられないか@優良企業診断士-70P700989_DCE.gif
世界初 自動人数カウントの機械を開発
当時は床のマットに仕組んだセンサーで人数を計っていた
 
1978年
赤外線で人を感知し人数を計る製品を開発
 
するというバカ売れ@優良企業診断士-o0020002011349497348.gif
 
奈良国立博物館や
東京国際フォーラム
東京ドーム
岩清水八幡宮
など
全国約1万箇所に設置され
国内トップの人数を計る会社に
 
1997年
画像解析型の客数情報システム
「パロッシー」
 
世界初の技術とは@優良企業診断士-EntryImage.gif
 
上からのカメラで
人の輪郭をとらえ
ロックオンした形
画面から消える@優良企業診断士-70P700560_DCE.gifまで
ずっとその人を追跡
同時に何人も追跡可能@優良企業診断士-o0020002011349497354.gif
 
 
国内営業部 部長
三島 一久さん
外からどういう風に入ってきたか
店内の人がどういう風に動いたか
4種類8方向のデータとして分けて出す事が可能
デパートのエスカレーター周辺に設置する事により
エスカレーターで上がってきて また上がっていった人や
この階で乗り降りした人をきっちりカウント
 
人の流れを分析し
売場の配置替えに役立てている
 
シェアとしては80%以上
 

技研トラステム株式会社

生活再生工場
ピンク雑貨で年商21億円の企業がある
 
クゥクゥ
ここも300均だ
 
創業は2005年
現在店舗数は34店舗
 
ほとんどの商品がハート型
売れ筋No.1は フリルの傘子供から女子大生まで幅広い人気
店には色陳列というピンクの魔法が仕掛けてある
 
入口近くは濃いめのピンク商品
その隣には薄めのピンク商品
さらに その奥は他の色
 
店に入った客の多くは
濃いめのピンク商品から見ていく
 
実は
色の変化で客を店の奥まで誘導する仕組み
 
東京 渋谷にクゥクゥの本部があり
3割の商品がオリジナル
 
社長の山下真一郎自身がプレゼンを行う
 
商品開発の女性達はピンクの色合いにとことんこだわる
 
売れるピンクと売れないピンクを見分ける
 
いくら社長がプレゼンをしても
彼女達からOKが出なければ商品化できないガーン
 
社長 山下氏の言葉
ピンクは安らぎやリラックスを与える
肌まで綺麗にする効果があると言われている
 


生活再生工場

クゥクゥ
値段が300円均一のキャラクターグッズ販売店
 
ミカヅキモモコ
 
キャラグッズで年商28億円
ミカヅキモモコの強みは
アウトレット(在庫処分品)を取り扱っているとこだビックリマーク
人気のキャラクターグッズも安く購入できる
 
売れ筋No.1は弁当箱
 
本社は大阪
創業1999年
店舗は67店舗
 
会議は女性ばかり
社長は若い女性に仕事を任せ
口は出さない
それはある出来事がきっかけ
 
 
2003年 中国
 
女性バイヤーと共に仕入れへ
女性バイヤーが「かわいい」と言ったのは幼児向けの
ままごとセット
 
ミカヅキモモコ
物河社長
幼稚園児が遊ぶような
ままごとセットなんて誰が買うの@優良企業診断士-70P700989_DCE.gif
仕入れに反対したが
女性バイヤーの熱意に負け
仕入れる
 
すると
 
若い女性がインテリアとして購入する
その事を女性バイヤーは見抜いていたのだ
 
物河社長
かわいい、300円で売れる で仕入れていた
ままごとセットも僕の経験から言うと絶対に売れない
でも売れた以上は
彼女たちの判断が正しかった
こういう経験をすると
下手なことを言えない
 
バイヤーのトップに立つのは
26歳の女性
 
ミカヅキモモコのルール
仕入値は150円
 
これはメーカー側にもメリットがある
 
グッズメーカー 倉谷氏
通常の価格では動かなくなった商品を
一律150円だと
OKを上司から取りやすい
感性バイヤーの育て方
物河氏の言葉
消費者が欲しがる商品を仕入れている
買う女性の心理を直感的に感じている
彼女は「迷ったものは仕入れない」
迷うということは感性ではないらしい
仕入れ値150円に決めた理由
バイヤーに値段交渉という余計な神経を使わせたくなかった
本当に感性だけで
300円で売れるという
環境にしたかった
「立場が人をつくる」
という言葉が大好きラブラブ!ドキドキドキドキ
僕も若い頃に立場をもらった
だから20代前半のアルバイトに店長を任せる
という環境をつくった
今のバイヤーも21歳で
店長になり
本来の眠っていた能力が開花したと思う
 


生活再生工場

ミカヅキモモコHP
 
数日後
森さんは大牟田工場へ
 
従業員を集め、配られたのは
中国から事業譲渡契約決定の知らせ
中国の親会社が工場を引き渡し
新会社の設立を認める事がきまったと記されていた
 
資金を提供することも明記
森社長
日本で相当注目される案件
コケると僕らの評価にもつながる
地方は今 疲弊化している
失望感を与えると悪い前例になる
成功すれば こんなに美しい絵はない
従業員に話した
 
新会社の株主名簿
一株五万円
生活費を削ってまで出資に参加する従業員もいた
 
森社長
従業員は田島さんが言うEBOを信じてやっている
努力してできるんだったら
とことんやってみようと思う
電話をかけ続ける人事担当 徳永さん
工場を去った仲間を呼び寄せようと連絡を取り続けていた
辞めた人達が戻って来ないと
工場は動きません
再開は11月
生産は26人1チーム
理想はそれを4チームつくる
 
徳永さん
戻って来いと言えたメンバーは1人もいない
このメンバーの人生を背負えるかといったら
そうじゃない
工場閉鎖後転職し 別の仕事をしている人が大半
 
10月 大牟田の工場が新会社に生まれ変わった
 
会社名は
YOCASOL
ヨカ=九州弁で「良い」
ソル=スペイン語で「太陽」
総員54名
社長 田島さんは新会社の会長に
 
工場奪還の270日
 
森社長
会社ごっこでも工場ごっこでもない
みんな仲良くやっていても
まわりはもっと厳しい人達がいっぱいいる
それなりの努力をしていかないといけない
 
本当の闘いはこれからです
 


生活再生工場
中小企業の数は1986年をピークに減少
経営環境の厳しさもあるが
後継者のなり手がなく
廃業する会社も多い
 
福岡県大牟田市 有明海に面した人口12万人を抱えるのどかな町
かつて 三池炭鉱を抱える日本最大の炭鉱町だったが
今や地元にめぼしい産業は育っていない
 
2007年
太陽電池メーカー
MSK福岡工場
が中国企業に買収された
 
中国では手作業で太陽電池パネルを作っている
日本では機械を使う作業
 
中国企業のサンテックでは
コストをかけず大量生産できる体制を整えていた
 
その為
大牟田の工場は買収後
半年たらずで合理化の対象になった
 
2007年9月 大牟田工場
1月まで約100人が勤務していた
生産停止が決まると
派遣社員は即刻解雇
 
しかし工場内には人が…
処分されるのを待つ機械をメンテナンスしている
 
閉鎖された事務所の一室では
工場を辞めたかつての同僚と連絡を取っている人もいた
 
残っていたのは35人
彼らは工場の再開を信じ
自主的に働き続けていた
 
工場長
田島 教弘さん 当時60歳
工場を再開させる策をひそかに練っていた
 
その策とは
エンプロイー・バイアウト=EBO
(従業員による事業の買収)
日本では成功例の少ない手法
田島社長
太陽電池をこれからも作りたいという気持ち
せっかくやるのだったら 所得が向上するように
みんなで頑張ろう
そういう目的を持って
バイアウト(買収)に取り組もう
 
従業員が工場を買収するといっても
巨額の資金は準備できない
買収資金を出してくれるスポンサーが必要
 
 
 
福岡県中央区に
大牟田の会社に目をつけている会社があった
 
ドーガン・アドバイザーズ
2006年誕生の投資会社九州地域に限定してM&Aや事業再生を手掛ける
 
社員の大半は九州出身の元金融マン
 
彼らを率いるのが
社長 森 大介さん 当時40歳
91年 旧日本長期信用銀行に入行
その後 シティバンクに転職
九州地域で富裕層を担当
独立のきっかけは
九州の実業家達と付き合ううちに
さまざまな経営の相談を受けるようになったから
 
ドーガン・アドバイザーズの計画
 
10億円越えの出資金を準備し
中国側から工場を買い取る
さらに
大手商社 丸紅にも支援を打診
 
ドーガン・アドバイザーズ社員
太陽電池市場は年率40%以上の上昇が見込まれている
非常に有望な市場として
世界的にも注目を集めている
導き出した数字は
5年後に売上高260億円
太陽電池の普及が進むヨーロッパ市場が狙い
 
森社長
これが絵に書いたモチなのか
もっと上を目指してやるんだけど
やっぱり不安はある
数日後 森社長は工場を訪れる
いつものように 生産ラインの点検が行われていた
 
1時間後 何も言わず工場を後にした森社長
 
森社長
一号案件として 社会的に意義がないと
やる意味がない
単なる経済合理性だけで
金儲けだけのファンドなら東京にだってある
大牟田の工場を支援しようビックリマーク
僕らがいなかったらどうなるのか
多分倉庫になる
人は要らないし勉強してきた人たちの技術が生かされない
…②へ続くドキドキ
 

生活再生工場