マサル(記)です。
うちのと違う。
何が違うかというと、他の家の料理と自分ちの料理だ。
友人ちや親戚の家で食事をいただいたとき、感じたことがあるだろう。
こんな言葉がある。
"パーソナルな食文化は家庭の食文化である。"
誰の言葉でもない。、単に今思いついて書いてみた。
ダブルコートと斜体にしたのはなんとなくだ。かっこいいだろう。
以前にも、「人の好き嫌いは両親の好き嫌いに影響する」ということを書いた気がする。[1]
例えば、母が嫌いなものは作らないし、父が嫌いなものは母が食卓に上げるのを避ける、ということだ。
とはいえ、100%じゃないよね。
単に可能性の問題なんだけど。
子供に好き嫌いさせないように、自分が嫌いなものでも作ってはくれるし。
実際、うちの母もソバが嫌いでもゆでるし、父がウスターソース嫌いでも焼きそばは作るし(父だけ塩やきそば)
まぁ、これはこれで。
上記の好き嫌いに近いものが、家庭の料理の傾向だ。
一つの料理でも家によっては千差万別。
日本の味の代表格、味噌汁だってそうでしょ?
同じ豆腐の味噌汁だって、豆腐ですら絹か木綿か違うし、出汁も味噌も使う家庭によるよね。
ちなみに、うちの実家は木綿にかつおだしにこうじみそ。
豆腐以外にわかめか、なぜかたまねぎが入るときが多い。
友人の家とかで夕食をいただいたり、普通に定食で味噌汁を食べると違いを感じるよね。
特に、育った地方と違うところに行ったときなんてすごく差を感じる。
あ、ここの地域ではいりこと赤味噌か!とかね。
とはいえ、こーいう微細な差よりももっと大きい違いってある。
もう、ほんとに視覚的な話。
うちの場合、おいなりさんと春巻きだ。
何が違うって?
大きさだ。
でかい。
おいなりさん=稲荷寿司って、売ってるやつとかもっと小さい。
握り寿司くらいか、もちょい大きい程度。
うちの場合、なぜかレモンくらいのサイズだ。
でかいだろう。
油あげのチョイスも、使用する面積も大きめなのだ。
加えて味も違う。
稲荷寿司は甘辛で中のご飯も酢飯。あまじょぱすっぱい。
うちの場合、薄味で甘みがなく(みりん程度)、ご飯は普通に白米だ。[2]
多分、父の影響が大きいのだろう。
春巻きもでかい。
大学時代、友人ちで持ち寄りの飲み会をしたときに女友達が春巻きを作ってきてくれたんだけど、一般的なサイズ(直径3センチ、長さ10センチ)でしっかり味がついたものだった。
売ってるアレだ。
家庭でもアレを作るのか。
ということに気づいてすげえショックだった。[3]
うちの場合、春巻きの皮をメいっぱい使う特大サイズ。
ちょっとしたメガネケースぐらいだ。でかいだろう。
で、なぜか中身は薄味。
父はそれにマヨしょうゆをつけて食べていた。
当然、子供の僕らも同じです。
父のせいでマヨラー気味です。
ほら、これも両親の影響だ。
[1] 書いてるんだけど探すのめどい。
[2] 父が酢飯嫌いなのだ。手巻き寿司も酢飯と白米で分けてある。
[3] かなりの動揺だったが悟られないようにしていた。