ビクトル、僕はその名を、
20年近く経っても忘れることがなく、
その彫りの深い眼窩の奥の、
心情のうかがいしれない瞳を、
彼の真意が知りたくて覗き見ていたのを、
今でもはっきりと思い出すことができます。
その記憶には、
いつも薄暗い、
蛍光灯をぼんやりと反射させた
リノニウムの廊下の風景がついてまわりました。
それは常に夜でした。
当然ながら、
僕らは深夜の仕事をしていたわけで、
それが非日常的でもあったし、
日常という、ある種普遍的な生活というものが、
どこか遠くの営みにも思えていました。
僕はやはり、
とても当時の自分が
無知であったことを思うのです。
例えば彼らが、
自国ではそれなりの金持ちで、
テロに脅かされ、
日本を目指し、定住を考えていたことや、
そうではなく、
本当に貧しくて、
自分の曽祖父や先祖の地である日本で、
安定した暮らしを望んでいたことを、
何も知らずに、
ただ異国からの労働者としてしか
見ていなかったかもしれません。
僕は彼がどういうバックグラウンドの元に、
この国に暮らし、
僕らに接していたのかを、
なにも考えていませんでした。
ビクトルは僕に声をかけられるのを、
ひどく恐れていて、
視線も合わせず、避けていました。
それでも僕は、
ある日の終業後に、
仲間の輪の中にいた
彼の肩に手をかけました。
ビクトルは僕を見た瞬間、
びくっとしましたが、
奥で話そうと促すと、
黙ってついてきました。
「どうしてかなあ、野田に聞いたら、
俺がビクトルに
騙されてんじゃないかって言われて、
野田はなんにも知らないって」
と、僕が話している途中で、
彼は僕ににじり寄ると、
「ウソ、それウソ」
一体、何があるんだろう、
僕は彼をじっと見つめて、
「何が嘘なんだろう、
野田が、嘘ついてる?」
ビクトルは大きく、
オーバーな仕草で何度もうなずき、
「そうそう、あの人、すごくウソ、
すごくウソついてる、
お金全部あの人もらってる、
活動資金だから、
それでもらってる」
「活動資金?なにそれ?」
僕は眉間に皺を寄せます。
ビクトルは口から、
香辛料のような匂いを出して、
「ニッポンの、ペルー人会のお金、
その活動のお金、
野田さんは、リーダーだから、
みんなから集金するから」
ここでついに、
僕はただ弁当製造工場で
アルバイトしているだけの、
単純労働者の一群と思えた僕らの中に、
活動資金を必要とする、
今まで知らなかった世界が
あったことを知ったんです。
僕はビクトルの厚い腕を、
両手で掴むと、
「なんだよ、その活動って、教えてよ」
そう口にしました。
ビクトルは一瞬躊躇して、
周囲に目を配りましたが、
「今日、時間あるか?」
と聞いてきました。
僕はこくりと頷きます。
朝の9時過ぎです。
夜にはまたここに戻ってくるわけですが、
まあ、日中は時間があります。
ビクトルは、
着替えてから正門のところで、
そう言うと、
背中を向け去っていきました。
プロジェクト368日目。
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<span style="color:#ff0000;"><strong>2019/7/12 368日目</strong></span>
■kindle 本日0冊 累計75冊 達成率0.71%
■文学賞公募作品の執筆状況 1作目半分くらい ※まだ賞は未定
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158ページ中50ページくらい了
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