まるで彼女が覚えていないことは、
僕にとって少し気になるところだった。
まあ、のどかからしたら、
どこにでもいるサラリーマンの
印象しかなかったのかもしれないけれど。
僕はそのこと、話してみたくなって、
一度口を開きかけたが、
のどかは、
「柏木さんって、やっぱそういう人なんですか?」
僕は彼女をぐっと見つめ、
大きく息を吐き出すと、
「くだらないんだよ、」
「くだらない?」
「そういうのに答えるのが、
どうでもいいっていうか、
思いたい人はそう思えばいいっていうか、」
そう口にしていて、
彼女の上司である木之本の、
平たい顔つき、細い目つきが浮かんできた。
わずかに腹立たしさもある。
「遊んでるんですか?」
僕は馬鹿らしいという態度を
あからさまにして首を傾げると、
「遊ぶの定義はなんですか?てことですよ、
普通に、一般的、社交的に、
ただ女性と交流することもあるでしょ、
それを木之本さんが言ってるんなら、
まあ、そうでしょう、てことだし、
私のことを、」
僕は、私と辛うじて口にしている気がしながら、
続けて、
「悪く言いたいのなら、
それは少し腹たちますけどね、」
「じゃあ、柏木さん、そういうんじゃないんですね」
僕はもう一度、今度は大きく音を出して、
息を吐き出した。そして、
「若葉さんの想像するなにかだとしたら、
どうされますか?名古屋、行くのやめます?」
彼女は何も答えなかった。
それで僕は、また、
「私があなたになにかってことですか?」
「そういうんじゃ…」
「いや、そう聞こえますよ、
被害妄想ですね、まだなにも」
まだなにも、始まっていない、
そう口にしかけていた。
それはそれで、おかしな気もして、
僕はそれきり黙った。
ちょっとの間のあとで、のどかは、
「すいません、なんか、変なこと言ってますね、わたし…、
違うんです。ほんとは、そういうんじゃなくて、
木之本さんのことなんですけど、」
あいかわらず公園の中を
人が行き交っている。
みな、街灯の端に消えて、
暗がりの先にある地下鉄の入り口へと、
吸い込まれるように消えて行った。
プロジェクト698日目。
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