彩花は言っていたが、
それでもその日、
彼女は会社に半休することを伝え、
病院へと向った。
1人でよいかと聞いたが、
複雑な表情をして、少しの間のあと、
まずは1人の方がよい、
と彼女は答えた。
考えることが、
洪水みたいにして、
頭に入り乱れている。
まだ、何も決まったわけじゃないというのに、
僕は自らが経験したことのない、
この世のごく当たり前の、
子どもがあるという生活について、
早くも思いを巡らせていた。
正直なところ、想像が付かない、
まるで別世界な気がしてくる。
かつて自分自身も、
幼い子どもであって、
その生命のバトンをもらったというのに、
自らがその手を
子どもに差し伸べるということが、
どうにも想像できなかった。
日中仕事に追われながら、
何度も考えていた。
彩花は、
もう病院に行った頃だろうか、
診断を受けているんだろうか、
午後になっても、
彼女からは、特にメールはなかった。
しかし、
取り越し苦労ってことだってある。
だから、あまり期待してはいけないし、
いや、期待?
僕は何かを期待している自分に気づいて、
我ながら驚いて、
誰にも気づかれない、
小さな含み笑いを顔に浮かべていた。
夜8時をまわって、帰宅をした。
この時間まで、
彼女からは
とうとう何の知らせもなかった。
部屋に入ると、灯りがついていない。
僕はリビングに声をかけた。
何の返事もない。
彼女は午前中病院に行って、
そのまま出勤したとしたら、
まだ帰ってきていないのだろうか。
「ただいま」
もう一度声にして、
壁のスイッチを入れた。
息を飲んで、
僕は小さく嗚咽に似た声を漏らした。
彩花はテーブルにうつぶせて、
じっと顔を伏せていた。
プロジェクト708日目。
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