平治は、配りきれない広報誌に、
ほとほと困ってしまいました。
老人に追っ払われたその日、
あまってしまったパンフの束を持って、
市の担当者に、
それを打ち明けました。

担当者は中年の女性でしたが、
最初眉間に皺を寄せて、
「駄目じゃない、
全部ちゃんと配ってこなくちゃ」
「いやあ、でもあの人、
受け取ってくれないんです…」
「ちゃんと説明して渡せばいいでしょ、」
そもそも、
働き盛りの30代前半だった男性が
するような仕事ではありませんでした。
なにか分けありでもないと、
平治のような人間が
チラシを配布してくるだけなんて業務を
やならいでしょう。
そのためなのか、
担当の女性は、
どこか差別的な感じで彼に接しています。
「あなた、ちゃんと配らないと、
お給料も貰えないでしょ、
しっかりやんなさいよ」
「でも、、あのおじいさん…」
「じゃあおじいちゃんじゃない人に
渡したらいいんじゃない、
ちょっと気難しいんでしょ、その方?
お母さんとかいるでしょ、」
「はあ…、」

それから、平治は、
担当が言うとおりにするようになりました。
誰もいないと、
あの老人が出てくるのです。
何度か声をかけて出てこないと、
そそくさと引き下がって、
また来るようにしました。

たしかに、
あの偏屈な老人以外の家内の人は、
無愛想ではありましたが、
広報誌を受け取ってはくれました。

そのうち、
あの集落一帯が、
昔から隔離されたような部落であることを
彼は知りました。
あまり近隣との接触をしないようです。
しかし、
だからといって、
平治が何かを意識したかということは

ないんですが、
彼はただ、
あの意地悪な老人に会いたくない、
そう思いながら、
週4日程度の

配達の仕事を続けていました。

プロジェクト448日目。

――――――――――――――――――――――――――――
2019/9/30 448日目
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■文学賞公募作品の執筆状況 1作目半分くらい ※まだ賞は未定
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 158ページ中50ページくらい了
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html

 

町というものが、
中心部の市街地だけでなくて、
その周辺の農村地域も含んで、
自治体を形成している、
そういうことは
子どもの頃はわかりませんでした。

いやむしろ、
形成されているわけじゃなく、
どこか市街地とは無縁で、
農村地区の存在があり、
昔ながらの各集落による
ささやかな集団の生活があることに、
僕は今では気づいています。

平治が若かった当時、
それはまだまだ根強く残っていたことを
窺わせる話があります。

彼は、
市を囲むように連なる、
点々とした集落に、
広報誌を配っていました。

町から川へと続く
広大な平地一帯は、
日本でも有数の穀倉地域であり、
見晴るかす水田が続いています。
ところが、
外延地域は、
うねるような台地が続き、
砂土に覆われた
畑地ばかりになっています。

古くは、貧しい地区であったでしょう、
現在ではどうだか、
よくわかりません、
なにも畑作だけが
生計の一旦ではないし、
作物は改良されて、
高級品種もあるかもしれないですし、
ただ、1つところに、
古くから生計を営む人たちがいたことには
変わりありません。

平治はそういった地域に、
自転車のカゴに満載した
市の広報誌を配って周るのです。

ある谷間に位置する
大きな農家を訪れた時でした。
「すいませ~ん」
門の前で、
平治は何度か大きな声で
呼びかけるのですが、
中々人が出てくる気配がありません。
5分ほどして、
ようやくかなり高齢と思える、
すっかり頭髪の禿げ上がった老人が、
杖をついて、よちよちよと出てきました。

「お前、どこの人間だ?」
「え、俺…、舟渡団地…、」
紙束を両手で持って、
平治はいきなりの
つっけんどんな言い方に、
戸惑いながら、
自分の住んでいる団地を口にしました。
「ふなど?知らんな」
「市の、市役所の広報課です」
そう挨拶するよう、言われていたんです。
「あ?こーほーか、なんだ?知らんな
どこの人間だ?」
また、同じこと聞かれています。
「あの、市役所の…」
「町の人間か?」
「まち?」
平治はほとほと困惑し、
ただ、さっさと紙束を渡したくて、
「これ、市役所の広報誌なんで、
地区内で配布してください」
そう言って、老人に押し付けるようにしました。

しかし、杖を両手でついている老人に、
それを持つ余裕はありません。
年寄りはただれた大きな目を

ぎろっとさせると、
いきなり持っていた杖を振り回し、
「いね!どっかいね!知らんぞ、そんなもん」
杖の先が、
平治の首筋にぺしぺしっと当たりました。
弱々しい力でした。
彼は困り果て、
結局紙束を手にしたまま、
その集落を後にしました。

 

プロジェクト447日目。

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2019/9/28 447日目
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
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平治は、
3度目の職に就きました。
市役所の配布物を、
自転車に乗って、
集落の一軒一軒に
配るというものです。

車やバイクを使ってもいいんですが、
彼は免許を持っていませんので、
自転車の前と後ろのカゴをいっぱいにして、
市の広報などを
配ってまわりました。

平日土日は関係なく、
週4日ほど配達します。
だいたい1日5時間くらいで、
給料は大したことありませんでした。

孤独でした。
母とはあまり会話もありません。
朝家を出ると、
市役所の広報課に向かい、
そこで山積みにされた紙束を受け取ります。

そこから、10キロ近く離れた
町のはずれの集落まで
自転車をこいでいきます。
国道から道幅のせまい県道に入ると、
台地上の畑地が
延々と続いていきます。
落花生や、葱畑が点々としています。

平治は、暑い時期ならば汗ばみながら、
日々この道を自転車で走って、
奥深い集落へと向いました。

また、気絶するような症状は
減っていました。
平治は常に、
平穏で平行を保ったような
性質をしていました。
いい意味ではないのですが、
今の境遇に甘んじる、
というか、人とは少し異なる境涯を、
ささやかに感じるだけの素質がありました。

この頃は、
もしかすると、
彼にとって、
最後の希望の時期だったかもしれません。
少ない給料と、細々とした暮らし、
母との会話、

だんだらと続く台地の上、
その緩やかな起伏が、
彼を駘蕩とした空気の中に誘っています。

春先、菜の花が、
ひょろっと重たい首をもたげ、
黄色い点々を揺らめかせている頃、
その中を、
のんびりと走りぬける自転車、
鼻歌を唄う
平治の姿がありました。
 

プロジェクト446日目。

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2019/9/28 446日目
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
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平治の父が亡くなった直後は、
母はあまり話をしなくなりました。
なんとなく、
気が抜けたように見えることがありました。

彼女は、
父親が亡くなる以前から、
スーパーのレジのアルバイトを
続けていましたが、
家計も大変になったんでしょう、
その後は、
ビルの清掃の夜勤も
するようになっていました。

そんな時でした。
平治は、父と勤めていた工務店を、
ぷつっと辞めてしまいました。
父親が亡くなって、
2か月ほど経った時です。
彼はそれを、
母に何も伝えていませんでした。
母は、自分が忙しくて
1週間ほどして気づいたのです。

朝食のときです。
「最近あんた、
ずっと家にいるのかい?」
平治はそう言われて、
少しのためらいの後で、
「うん、まあそうだけど」
「仕事どうしたんだい?」
母の口調は強くなりました。
彼は目をそらしながら、
「やめたよ」
「いつ?」
「こないだだよ」
「こないだ?いつなの?」
「…、ひと月前かな、」
母は箸をおくと、
眉間に皺をよせて、
「どうしてなの?どうするの?」
「いやだってさ、
親父もいないし、
やってても仕方ないなって」
「なんで?お父さんいなかったら、
仕事しないと、
よけい仕事しないといけないでしょ!」
平治は少し身を引き気味にして、
「わかってるよお、そんなこと」
「じゃあなんで!」
母は次第に
すごい剣幕になっていきました。
「わかってんだよ、でもさあ、
親父いないと働けないよ…」
「あんた!いくつなの?いくつになったの?
もう子供じゃないんだから、
自分でお金稼がないでどうするの!」

母親は、
あまり声を荒立てたりするタイプじゃなく、
どちらかというと、
穏やかで物静かな人でした。

それが、父が亡くなり、
しばらく経ってから、
徐々にヒステリックになっていきました。

無理もありません、
大黒柱だった父親がいなくなれば、
危機感は全部自分に来るのです。
彼女は、
それをわかっていない平治に、
とても怒りを
感じるようになっていきました。

平治はしょんぼりして、
「わかったよ、働くよ、
働きゃいいんだろう」
「いつから、どうやって?
またお父さんとこ頭下げて、
働かせてもらった方がいいんじゃないのかい?」
「それはやだよ…」
「じゃあどうすんの!」
「ハローワーク行くよ、
自分にもっと合う仕事、
見つけるから」

彼は次に、
配達の仕事を見つけて始めるのですが、
それはまた明日です。

 

プロジェクト445日目。

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2019/9/27 445日目
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
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街のお金持ちだった歯科医院の人たちが、
突然夜逃げ同然で消えた時、
加奈ちゃんは、
もう大人になっていたんでしょうか?

大学生だったりすれば、
その後の人生は
どうしたんでしょうか?
僕はただ、
美しく整った顔立ちに、
片目に濁った色を加えた女性を、
なんとなく想像してみるのです。

しかしその後の風聞を聞くことは、
とうとうありませんでした。

たぶん平治も、
何も知らずに、
サンバイザーだけが、
彼の頭にのっかって、
名残をとどめていたんでしょう。

そんな彼は、
あれからしばらく、
父親の勤めている工務店で、
雑用みたいなことをして
働いていました。

彼が誘拐未遂みたいな形で
水戸で捕まった話も、
いつしかみなの話題にも
ならなくなっていきました。

2年ほどの年月が経ちました。

穏やかな日々が続いていました。
平治の気絶症も、
あまり見られなくなりました。

しかし、そうした時期も、
長くは続きませんでした。

一緒に働いていた父親が、
ある朝、業務中に、
うなだれるように倒れました。
くも膜下出血だったと言います。

そのまま気を失うと、
意識の戻らぬまま亡くなりました。

平治は倒れた現場にもいて、
父が病院のベッドで
息を引き取るまで
付き添っていました。
母が、号泣していました。
平治は、もう息をしなくなった父を、
ただ眺め、
またどこかで会えるような、
そういう空想をしていました。
 

プロジェクト444日目。

 

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2019/9/26 444日目

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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目

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よく考えたら、
平治の住む団地から

小川を挟んだ、
加奈ちゃんの自宅は、
せいぜい500メートルの

距離にあります。

しかし、あの一件以来、
平治は加奈ちゃんに会うことは
ありませんでしたし、
その噂を聞くことすらなかったのです。

最初のうち、平治は、
最後にもらったサンバイザー
(それは被ることはなく、
彼の部屋の長押に

立てかけられています)
を見つめるたびに、
彼女がいったい
今どうしているのかを考えていました。

しかしサンバイザーが

埃をかぶって、
真っ白だったものが、

だんだんと
妙に黄ばんだ感じに

色合いを変えた頃、
彼の中から、

加奈ちゃんを思う気持ちは
消えていました。

ちなみに、
これは舞台にしている、
僕が少年だった頃より、
さらに10年以上前のことです。
つまり僕が小学5年で
新聞配達をしていた当時では、
加奈ちゃんはすでに
22歳を越えていたわけです。

実は僕自身が、
一度彼女の話を

聞いたことがあります。
それはもう中学になっていた時だと
思うのですが、
その頃、例の歯科医院は
すでに空き家になっていました。
昔のお金持ちのお家、
として僕らは認識していたのですが、
高い塀、

門は病院ですから広く取られていて、
柵の間から中が一望できました。
モルタル壁の建物は
あいかわらず豪壮で

立派なものでしたが、
周囲には、
雑草がかなりの高さに伸びて生い茂り、
なんとなく不気味な雰囲気でした。
夏休みのことだったか、
僕は友達らと、

高い柵を越えて、
一度中に忍び込んだことがあるのです。
冒険心いっぱいで探検したのですが、
なんのことはありません、
頑強な建物の内部は締め切られ、
入ることはできず、
鎧戸に固く閉ざされており、
内部をのぞくことも

できませんでした。

その屋敷から抜け出したときに、
僕らは近所の人に見つけられたのです。
やばいと思って

走り去ろうと思ったんですが、
そのおばちゃん、
特に怒っているふうでもなく、
僕らは足を停めました。
「あんたら、中入ってなにしてたの?」
「冒険だよ、屋敷ん中、探検したんだよ!」
1人の友人が答えます。
「中入ったのかい?」
「いや、中っていうか、」
「建物ん中?」
「入れないよ、鍵かかってるし」
また別の友人が答えます。

おばさんは
少し好奇心をそそられているようでした。
一度屋敷の方をちらっと見ると、
「昔ね、お金持ちの家だったんだよここは」
「知ってるよ、
歯医者さんのお屋敷だったんだろう」
また友人。
「あらそう、
でも金目のものなんてないんじゃないの」
おばちゃんが言うと、
僕は、
「俺たち泥棒じゃないよ!
ただ探検したかっただけなんだよ」
やばいと思ってそう口にしたら、
「まあそんなのいいけど、

夜逃げしたからね、
突然ね、お客さんとかいたのに、
なんかすっごい借金あったとかでね」

僕が知るのは、ここまでです。
そこに、加奈ちゃんをどう重ねるかは、
あくまで想像の域なのです。

 

プロジェクト443日目。

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2019/9/25 443日目
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html

平治の父は、
近所の工務店でずっと働いていました。
元はこの町から30キロほど離れた、
臨海工業地帯の
エンジニアだったといいます。

それが、なぜしがない
施工店の作業員に
なったのかはわかりません。
とにかく平治を誘った頃には、
従業員5名の工務店で仕事をしていて、
平治はまもなく、
その一員となりました。

あの頭を殴打して仕事を止めて以来、
3年が経っていました。

特に仕事に抵抗はありません。
工場の水道工事や、
厨房機器の
メンテナンスなんかをやります。
結構身体を使いますが、
毎日土手で
ぼうっとしていたわりには、
それほど苦にもなりませんでした。

「おう、誘拐犯、」
「ロリコンだろ、何やってたの」
かなりきわどく、
同僚に言われたりしていました。
そんな時、
平治は俯きながら、
それでも、
「そんなんじゃないんですよ、
俺、なんか悪いこと
したんじゃないんですよ」
そう健気に答えていました。
父は黙ったままで、
我慢しろと言わんばかりです。

平治はそれを
そんなに気にしている風でもありませんでした。
ただ、あれきり、
つまり水戸の駅前で別れたきり、
ずっと顔を見ることのない
加奈ちゃんのことが、
多少気がかりであるばかりでした。

彼女が残した言葉は少ない、
父に乱暴されたこと、
修学旅行が楽しくなかったこと、
平治は、それを思い出すたびに、
自分がなにも出来なかったことで、
胸が潰れる思いがしていました。

しかしそれは、
誰にも口にしません。
誘拐だってみんな思っているのです。
変な誤解になることくらい、
もう平治にもわかっていました。

たまに彼は、
久々に川原に出て、
彼女の家、
四角い歯科医院の方を
眺めることがありました。
でも、ただそれだけのことです。
そうして、月日が流れ、
事件は徐々に風化していきました。

 

プロジェクト442日目。

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2019/9/24 442日目
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
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ここからは、
また伝え聞いたところです。
警察署だか留置所だか、
そういったところに、
平治は3日ほど
入っていたんだと言います。

その間、何があったのかは、
想像するしかありません。
近隣の少女を誘拐し、
街から連れ去って、
水戸市街で職務質問されて捕まった。

おそらく見聞として
誰もがそう聞いていただろうし、
3日間の尋問では、
なぜ加奈ちゃんを連れ去ったのかを、
執拗に聞かれたことでしょう。
まあ世間的に見たら、
どう見たって怪しい無職の男の、
少女誘拐に他なりません。

しかしながら、
おかしな点もあるのです。
例えば、加奈ちゃんが
リュックを背負っていたことです。
彼女は遠出する準備をしていて、
衣類や、
大事なものなんかを持ち出していて、
それは自宅を確認したって、
明らかなことでした。
次にあのサンバイザーです。
おそらく供述でも、
平治は加奈ちゃんからもらったと発言するのです。
誘拐されておいて、
犯人にそんなもの贈ったりするでしょうか?

警察は結局混乱した中で、
両親も納得のできないまま、
事件はうやむやに
なっていったのではないでしょうか、

僕が生まれる前の話ですが、
小さな町ですから、
この誘拐(?)事件は、
すぐに住民たちの
知るところとなりました。

平治は3日拘束された後で、
放出されるように街へと出ました。
両親は彼に言ったものです。
「どうしてそんなことしたんだ?」
「お金持ちのお嬢さんつれて」
しかし、
握りしめていた金を使ったのは
平治の方でした。
「俺はなにも悪いことしてねえし」

父親はため息をつきながら、
「そうじゃない、
世の中で悪いってことは、
みんな悪いことなんだ、
お前がそういうこと考えられないってことが、
結局は悪いことなんだ」
「そうなのか?」
平治は父に迫ります。
「そうだろうが、だから警察に捕まったんだ、
それよりお前、
いい加減就職したらどうだ?」
「しゅうしょく…」
父は少し考えているようでしたが、
母親が促すような仕草をすると、
「俺んとこでしばらく働くか、
体力仕事だけど、
身体使って、一生懸命働いてごらん」


平治の話はまだ続きます。
彼は父の勤める工務店で、
大工仕事をすることになります。

プロジェクト441日目。

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2019/9/23 441日目
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
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それから、
気絶してしまった平治には、
なにがどうなったのかは、
全然記憶にはありません。

刑事は慌てて、
彼を揺り起こしにかかって、
救急車を呼んだんでしょう、

気づいた時には、平治は、
水戸市内の病院の一室で、
ベッドの天井をぼんやり眺めていました。

父や母の顔が頭上にあります。
その奥に、
さっき追いかけられた
刑事らしき男の険しい顔もありました。

両親は、
彼が目をぱちくりさせて
意識を取り戻しても、
何も言いませんでした。
それで平治は、
ふと、あの鉄片を頭に打ち付けて、
数日後に意識を取り戻した時のこと、
思い出していました。

気を失っている間、
彼はまた
幼い頃を旅していて、
だから、
両親の顔が
やけに老けて弱々しく見えて、
それもあって、
「どうしたの?2人とも」
そんな意味を含めたこと口にしていました。
その間に入ってきたのは、
あのいかめしい顔つきの男です。
男はベッドから平治の顔を覗き込み、
「気づいたかい?」
「…」
「よく気絶しちゃうんだって?
大丈夫かな?もうわかる?」
平治は寝たまま、
かすかに頷きました。
母はおろおろしながら、
「伊藤さんとこの子、どうして連れ出したりしたの?」
加奈ちゃんの名字です。
伊藤歯科医院です。
平治は今度は首を横に2度振って、
「違うんだ、加奈ちゃんが、
どっか遠くへ行こうって」
「そんなことあるか!
お前何したかわかってんのか」
父です。
「ほんとなんだ、だから俺、
一緒に出かけたんだ」
彼はベッドから半身を起しました。
頭が殴られた後のように
くらくらしています。

少しの間のあと、
平治は自分をじっと見つめる3人の大人を眺め回し、
「俺…、なんか悪いことしたのか?
俺、悪いこと」

また、ちょっとの沈黙、

刑事は静かな声で、
「警察に行ってから、ゆっくり話は聞こう、
同行、できるね?」

プロジェクト440日目。

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2019/9/22 440日目
■kindle 本日0冊 累計75冊 達成率0.71% 
■文学賞公募作品の執筆状況 1作目半分くらい ※まだ賞は未定
■kindleアップのため『桜の闇』を推敲中
 158ページ中50ページくらい了
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html

 

男は、刑事かなにかなんでしょう、
老練な感じのする、ごま塩頭の短髪、
ラフな開襟シャツを着ています。

その男の不敵な笑み、
それにつられるように、
平治はもう一度、
「ただの友だちなんだ…」
そう答えました。

すると、男の目がふいに
煌いた感じがしたのです。
それに身震いを感じた平治は、
「俺…、俺は、」
何も悪いことしていない、
そう言おうとしながら、
彼らの前を突っ切り、
駅の外へと駆け出していました。

「おじさん!」
最初に叫んだのは加奈ちゃんでした。
彼女は若い方の男に押さえつけられ、
走り出したのは年配の方です。
男は、
「おいおうこらあ」
叫びながら、平治の後を追います。

周囲の通行人が道をあけます。

平治は屋内から出て
コンコースを駆け抜け、
商店街へと繋がる階段に
さしかかる手前で、
人にぶつかり、
その場にしりもちをつきました。

追いついたごま塩の男が
その上にすぐ覆いかぶさります。
「俺は、俺はなんにも悪いことしてない」
平治は、
首に回った腕を力なく握りながら、
荒い息で言います。
「おいおいおい、
じゃあなんで逃げるんだ?」
抑えた男も荒い息づかいです。
男の吐く息は、
生々しい煙草の煙の匂いがしました。
「なんで…、なんでだろうか」
平治は自問自答するように、
ぶつぶつ言い続けています。
「お前なあ、女の子連れまわして、
なんにも悪いことしてないってないだろう?
なあ、だから逃げたんだろうが、
そうだろうが」
男の手が強くなり、
語調も厳しくなっていきました。

平治は、
気の遠くなる思いがしていました。
気絶症の、あの感じが、
網膜の奥まで迫っていました。
このまま気を失ってしまえば、
また、元のように、
あの川原に佇んで、
ただぼうっと過ごしているところに
戻れる気もしました。

「さ、立ちなさい、一緒に来るんだ、
そこで話聞いてやるから、」
男の腕が、
彼を引き上げようとしています。
「俺は、ほんとに全然、
悪いことなんてしてないんだ…、」
「じゃあ言うこと聞きなさい!、
さ、立て、ほら!」

頭は目まぐるしく回っています。
あの中華屋のラーメンと餃子、
ホテルで、加奈ちゃんが
修学旅行みたいだって、言ってたこと、
そして、朝もらったサンバイザー、

サンバイザー、

それは今の悶着で、
彼の頭からはずれて、
少し先の地面に落ちていました。

平治は男の腕の中でもがきながら、
自らの手を思い切り伸ばしました。

「あれ、俺のだから、俺のやつ…」
そこで彼は、
まるで眠るように気を失いました。

プロジェクト439日目。

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2019/9/21 439日目
■kindle 本日0冊 累計75冊 達成率0.71% 
■文学賞公募作品の執筆状況 1作目半分くらい ※まだ賞は未定
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 158ページ中50ページくらい了
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
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