それは結局、
最後の晩餐でした。
母のコロッケ、
平治が、
幼い頃から食べつづけてきた、
もう2度と味わうことのないコロッケ、

母には、
なにか虫の知らせでも
あったんでしょうか、
まるで奇跡のように、
最後の晩餐を
しつらえたというんでしょうか、

一般によく言われるのは、
人はその死を迎えるにあたって、
それまでの病苦が無痛になったり、
気力で、生前のような体力を、
一時的に回復するなんて言います。

しかし、
そんなこと、どうでもよいかもしれません。
最後の交流があろうがなかろうが、
こうして、
時間は過ぎて、
彼はとうとう1人きりになることに
違いはありません。

平治が朝起きると、
まるで昨日のままのように、
母は居間のテーブルに座っていて、
そのままつっぷしていました。

「かあさん、」
返事はありません。
「かあさん、そのまま寝てたのかよお」
「…」
そのまま、
とはなにを意味していたんでしょうか、
昨日の夜からであれば、
風邪をひいちゃうよなんて、
揺り起こせば
よかったかもしれません。
しかし、
母は、そのまま、
永遠に起き上がることがありませんでした。

穏やかな朝でした。
台所の上の、
擦りガラスの窓から、
白っぽい、
煙に包まれたみたいな光が、
薄っすらと
部屋の中に射しこんでいました。
母の白髪まじりの髪の上に、
陽光が直線を作り出して、
うつぶせて見えない顔は、
黒々とした影になっていました。

「…」
平治は、その様子に、
すぐに駆け寄るとかはしないで、
寝起きの瞳を
ぱちくりさせて、
ただ呆然と
立ち尽くしていました。

父が突然亡くなった時、
彼は、また会えるような感覚でいました。
母には、そういうことを、
感じることは出来ませんでした。
父に生と死の境を
意識しなかったのは、
母がいたからでしょう。
まだ、家族での生活が
続いていたからでしょう。
しかしながら、
この時は、もう、
全てのことからの断絶を
感ぜずにはいられませんでした。

平治は、
背中に冷気が触れるみたいに、
はっきりと孤独を意識しました。
 

プロジェクト458日目。

 

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2019/10/10 458日目
■kindle 本日0冊 累計75冊 達成率0.71% 
■文学賞公募作品の執筆状況 1作目半分くらい ※まだ賞は未定
■kindleアップのため『桜の闇』を推敲中
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目

https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html

いつもより、
ゆっくり時間が流れていました。
ふと、あと何回、
こうして母と
晩御飯を向かい合わせで
食べることができるんだろう、
そう考え出すと、
平治は胸に苦しい圧迫感を抱いていました。

また、話題をかえて、
「彼岸花、咲いてたねえ」
母は言いました。
平治は、
「ああ、配達行ったとこでもさ、
畑んとこ、いっぱい咲いてたよ、
赤いのがさ、
ちょうどあぜ道みたいなとこ、
ずーっとふちどってるから、
そこ歩いてくんだ、配る家とか、
その先にあったりすっからさ」
彼は、そこまで言うと、
ふいに口を噤みました。

なぜか、心の奥から、
わけのわからない高まりを感じて、
それは嗚咽に変わって、
いつのまにか
涙を流していました。

「どうしたのあんた?」
母はやつれた目を丸くして、
平治を見ました。
「わかんねえ、」
そう口にしながらも、
平治の目からは、
ぼたぼたと大粒の涙が
こぼれてきました。
「あらやだね、
なんだい急に泣いたりして、」
母の目も潤んでいましたが、
それには、
平治はもう気づくこともなく、
ただ自分の目頭を押さえ、
理由の分からない
涙に戸惑いながら、
ずっと泣き続けていました。

父がいなくなり、
2人だけの
小さくささやかな世界が、
ここにはあって、
部屋の中が埃をかぶって、
うずもれていくみたいに、
それも、かすかな息づかいの中で、
消えていくような、
そういう感覚でした。

平治は、
具体的な理由を考える、
そういう思いには行き着けず、
ただ、戸惑いながら、
泣き続けていました。
 

プロジェクト457日目。

 

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2019/10/9 457日目
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目

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「でもね、そのおじいさん、
ほんとは寂しいんじゃないのかしら、
だから誰かに、
かまってもらいたいんだろうね」
母は食後に
熱いお茶を飲みながら、
ぽそりと言いました。
「そんなことないよ、
すっげえ怒ってんだよ、
あっち行けってさ」
平治は、老人が唾を飛ばしながら
ひどい剣幕で
せき立ててくる感じを思い出して、
自然と歯噛みしました。
「お年寄りなんてそんなもんよ」
母はそう言うんですが、
どうにも彼は、
納得なんてできず、
首を傾げて、
しかめっ面をして見せました。
「だけどねえ、あんたにも、
なんか非があるんじゃないのかい?」
「そんなあ、俺は…、ただ広報ですって、
渡そうとしただけなんだ、
でも、全然聞いちゃくれねえんだよ、
ほんとにさ、やんなっちゃうんだ、
どこのもんだお前はって
言ってきてよ」
それでも、
母は静かに首を横に振ると、
「平治、あんたね、
あんた憶えてるかね、
一番最初仕事して、
鉄骨ぶつかって倒れて、
それからあんた、
よく眠りこけるようになっただろう、
あの時、
起きたらよくまあ不機嫌だったでしょ、」
「…」
「憶えてないのかい?」
「いや、」
よく、憶えていました。
特に気絶している間の、
無意識の境地についてです。

彼は気絶症の最中、
意識が回復するときの
あの不快感を思い出します。

母は続けて、
「あの時、それでもお母さんたち、
何にも言わなかったじゃない、
わたしはね、あんたが酷い夢でも
見てたんじゃないかってね、
だから機嫌直るまで、
そうっとしておいたんだよ」
「そうなのか」
少し、疑問を投げかけるような、
平治の言い方。
母は、
「人にはそれぞれ、
なんか理由ってもんが
あるんじゃないのかね、
もしあんたが、
そのおじいちゃんに
何にもしてないって言ってもね、
ほんとにしてなくってもね、
そっとしておいて、
いつも誠意もって接してごらんなさいな、
そうしたら、おじいちゃんも
そのうち分かってくれるかもしれないじゃない」
「そういう、、もんかい?」
「そうだよ」
母の声は、かすれて弱々しく、
それでも、奥深い優しさを感じる、
そうした響きがありました。
 

プロジェクト456日目。

 

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2019/10/08 456日目

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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目

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台所でお味噌汁をよそりながら、
母は、
「なんか今日は調子いいよ、
最近すごくだるかったんだけどね、
今日はほんと気分いいからね」
「そうなの?」
「ああ、レンジするかい?」
平治は食卓に並べられたおかずを見て、
「このままでいいよ、」
ラップからは水滴がこぼれ、
出来てからまだ
さほど時間が経っていませんでした。

一口コロッケを頬張ると、
平治は、
「うん、うまい」
よく食べていた、
母の作ってくれるコロッケです。
「ソースは?」
「いいや、このままで、
うまいよこれ」
「そんなせっついて食べないで、
あんたもっとゆっくり食べなさい」
「ああ」
ここ最近は、
店やものだったり、
スーパーの出来合いのおかずばかり
食べていたのです。
久しぶりに口にする、
母の手料理でした。

2人は、本当に数週間ぶりに、
向かい合って夕食を食べていました。

「どうだい仕事は?
順調かい?」
母は味噌汁をすすり、
ことりとそれを置いてから言いました。
「ああ、いつも通りだよ、」
「続きそうかい?」
「もうだいぶ続いてんだろう、
ちゃんとやってんだよ俺、」
と平治は言いかけ、一度言葉をきると、
「1人さ、やなじじいがいるんだ、」
「市役所の人かい?」
「違うよ、」
彼は首を大きく横に振り、
「谷町の方さ、
あっちに集落あんだろう?
あそこに配りに行くと、
なんか怒るじじいいるんだ、
ほら、でっかいガラスのハウスあるとこ、
あの奥の家でさ、
よぼよぼのじじいのくせに、
杖振り回して、俺のこと叩いてくんだ」
「叩く?それほんとかい?」
平治はなぜか胸をはって、
「ほんとに叩くんだ、ほっぺたとか背中とか、
ばしばしやられて、出てけくんなって、
怒鳴ったりして、」
「あんたがまた何か失礼なことしたんじゃないのかい?」
母がそう口にすると、
妙な憤りが生まれ、
平治は声を大きくして、
「そんなことあるかよ、そんなこと、
俺、絶対にしてねえよ」
「じゃあなんで?」
平治は首を傾げて、
「わかんねえよ、なんか、煙たがってんだ、
くんじゃねえみたいに、」
「偏屈な人なのかね?」
「ふん、ただの、
よぼよぼした年寄りなんだ、
なんだかわかんねえけと、
俺、とにかくそいつに合わねえように、
いつもそっと行ってんだ」
「そう…」

しばらく無言で食事を続けます。
話題が変わって、
母は、
「外…、もうだいぶ涼しくなったね」
「今日、外出たのかい?」
母はしばらく寝込んでばかりで、
外出もあまりしていませんでした。
「おつかいにね、
こう一日中家ん中ばっかりいたら、
どうもダメだね」
「でも、あんま無理すんなよ、」
平治が言うと、
母はそれには答えず、
またご飯に箸をつけて、
「彼岸花が咲いてるね、そこの河原のとこ」
 
プロジェクト455日目。

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2019/10/7 455日目
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
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母は、仕事を辞めてしまいました。
もう日常的に
労働して暮らしていけるような
容態ではなかったのです。

平治はある時、
台所の床が少しべたついて、
靴下がいつも以上に汚れているのを見て、
刻一刻と近づいている
変化に気づきました。

母は綺麗好きで
きっちりした性格の人でしたから、
家の中は
いつも小ぎれいに片付いていました。
それが徐々に変わっていきます。

テレビの上には埃がたまり、
洗濯物は
たまりがちになり、
料理もじょじょにレトルトや、
簡単なものになっていきました。

平治は少しでも補おうと、
家事なんかを
手伝ったりしていましたが、
慣れないことも多く、
中々行き届きません。

母は、
とうとう終日
寝込んでいることが
多くなっていました。

夏が終わり、初秋の季節でした。
陽が暮れると、
床から寒々とした
冷気を感じるくらいです。

ある日、
いつものように
配達を終えて帰宅すると、
最近は寝込んでいることが
ほとんどだった母が、
居間のテーブルに座っていました。

見ればテーブルには、
久しぶりにラップにくるまれ、
おかずの入ったお皿が並べられています。

「あれ、これ?」
「ああ用意したから食べようか、
お味噌汁飲むかい?」
母はゆっくりと立ち上がりました。
ラップをとると、
コロッケや炒め物で、
スーパーのお惣菜ではなくて、
母が作ったものでした。
「具合、大丈夫なの?」
平治は座りながら、
台所に立つ母に言いました。
 
プロジェクト454日目。

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2019/10/6 454日目
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html

「おかね…、」
母に反論するつもりでも
ありませんでした。
ただ平治は、思っていることを、
「お金ないと、なんにもできねえから」
彼は、もう数年以上前になる、
加奈ちゃんとの水戸への
逃避行を思い出していました。

あの時、彼は刑事に捕まったから、
その途上が潰えたのか、
それとも、ふところ具合から、
いずれ終わったのかが、
実のところ、
自分でもよくわかっていませんでした。

もし金がたらふくあって、
刑事に追いかけられもしなければ、
もっとはるか遠く、
北海道や、アメリカまで、
彼は加奈ちゃんを連れて
逃げのびていったんでしょうか、

そういう、想像をしていました。

空には
いっぱいの夕焼けが広がっていました。
母は相変わらず
背後の平治に背中を向けたまま、
河原の向こう、
茜色の空の先を
眺めているようでした。

「あんた、私がいなくなっても、
ちゃんとやってかなきゃね…」
「え?」
母は空咳をいくつかして、
痩せてしまった背中を丸めると、
「今度の病気でね、
私だっていつまでも
のんきに元気に
暮らしていけるわけじゃないってね、
お母さんも思ったりしたのね」
「そんなこと言うなよ…」

ここで、とうとう母は振り向きました。
その顔、
なぜかいつもと違って見えて、
平治は言葉を失い、
唾を飲み込みました。
夕日を受けた
影のせいではなかったでしょう、
凄愴感が、
刻まれた深い皺、
その細い目つきに表れていました。

「もうあんたもいい年なんだから、
いつまでも子どもじゃないんだし、
自分で生活してかなきゃね、
結婚でもしてくれたら、
私だってどんなに安心だか」
母は弱弱しい口調で、
最後の方は、
少し笑いも込めて言いました。

平治は何も言えず、
母から目をそらし、
夕日の赤い色を反射させた川面に
視線を落としました。
 
プロジェクト453日目。

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2019/10/5 453日目
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
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お金を稼ぐだけが仕事じゃない、
河原に座り込んで、
背中を向けたまま、
母はそう言いました。

「なんでだよ、金貰えねえと、
仕事する意味ないじゃねえか」
平治が言い返すと、
「そういう意味じゃないんだよ、
そういう意味で仕事してたら、大変だろう?
疲れたって思うばっかでしょ」
「そういうもんかな…」
平治は、いつも仕事をした後で、
ただただ疲れたと思うのです。
彼は、それがなにも、
人から賦役された
仕方ないものだからなんて思っておらず、
ただ漠然と、
労働に倦怠感を
抱いているにすぎません。
だから母の言うことが、
いまいちわかっていないのです。

母はまた少し黙ってから、
「本当は生きてくってことは、
何か糧があって、」
「かて?」
「喜びとか、何かね、目標とかあって、
それで生き生きとしてね、
だから仕事だって、
ちゃんと目的があって、
確かにお金を
貰えるもんなのかもしれないけどね、」
「それ以外ってことか?」
平治は言いながら、
ようやく、自分がいやいやでも、
なぜ労働を
続けているのかを考え始めました。

大学を断念した後、
鉄製品の取り扱い工場、
父とともに工務店、
市役所の広報誌配達、
その全てで、
ただ惰性と、時に嫌悪と、
最終的な倦怠感の中でしか
仕事を意識していませんでした。

それはなぜだろう、
と考えるのです。

平治は、世の中には、
もっとインテリジェンスな仕事もあって、
スーツを着て出かけるとか、
そうしたことを意識していませんので、
やってきた仕事を、
汚いとかきついとか
比較しているわけじゃありません。

ただ息をするように、
時には吐息に似た息を吐くようにしか、
労働をしてきていませんでした。

「金もらう以外、何もねえよ、やっぱ」
彼は母の骨ばった背中を
じっと見つめ口にしました。
「お金は後からついてくるもんだからね」
「そうか…」
それ以上の反論はしませんでした。

ふと、加奈ちゃんと家出した、
あの時のことを
思い出していました。
働きもせず、母親の金をくすめて、
それをポケットの中で握りしめ、
水戸の街をうろついていたのです。

お金が無くなったら、
何もできなくなる、
そうした不安感が、
ずっと彼を支配し続けていました。

 

プロジェクト452日目。

 

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2019/10/4 452日目
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目

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寝込んでいた夜が明け、
平治の母は朝、
いつものように
起きては来なかったのです。
平治は心配になって
寝たままの母に声をかけます。
「大丈夫?具合、まだ悪い?」
「もう少し寝てたら治るから、
あんた仕事行きなさい、朝ご飯は、
なんかコンビニで買ってすませて」
「飯なんかいいよ、大丈夫か?」
平治は昨晩と同じことを言って、
後ろ髪引かれる思いで、
配達の仕事に
出かけていきました。

母の容態は、
想像以上に悪いものでした。
どんな病気だったのかは、
聞いていません。

一度は回復したような様子もありました。
起き上がって、
なんとか台所に立ったりして、
しかし、
日常の仕事に
復帰することは出来ませんでした。
病院には通っていましたが、
入院まではしなかったみたいです。

「外出たいね、少し散歩したい」
平治の休日の日でした。
その日は、朝食も支度もして、
母は、わりあい口数も多かったのです。

2人はようやく暑さの抜けた、
初秋の郊外へと出ました。
団地から
すぐ近くの河原を歩いています。
日中はまだ汗ばむような陽気でしたが、
夕方には、
すでに涼しい風が吹いています。
小さな河原には、
ススキの穂が群れていて、
目に見えぬ大きな手で
嬲られるみたいに、
風が吹くたびに
大きく揺れていました。
「少し寒いね」
前を歩く母は、
振り向きもせずそう言いました。
「大丈夫?上着持ってこようか」
平治が言うと、
「大丈夫大丈夫、歩いてたら、
あったかくなるでしょ」
「そっか…」
母の背中は、
あきらかにやせ細って見えました。
薄いカーディガンの上から、
背骨が浮き上がっています。
母親は、土手のつきあたり、
川面に近いコンクリートに
腰を下ろしました。

「あんた、仕事続けなきゃだめよ」
彼は母の背後に佇んでいました。
しばらく黙ってから、
母親はこんなことを言い出したのです。
「そりゃ続けるよ」
「大変かい?配達は?」
「そんなことない、楽な仕事だし、
雨の日は、紙が濡れないようにすんのがさ、
ちょっと大変だけどさ、でも、
そんな大変じゃないよ」
「そうかい…、」
また、少し母は黙った後で、
「仕事ってのは、
なにもお金を稼ぐためだけに
やるんじゃないんだから、」
そう口にしました。
 

プロジェクト451日目。

 

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2019/10/3 451日目
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目

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彼はあの偏屈な年寄りに
杖を振り回されて、
ほとほと参ってはいましたが、
それでも、
毎日ってことはありません。
避けることもできましたので、
半年あまり、黙々と、
しがない配達夫の仕事を
続けていました。

春先に就業して、夏を越え、
いつしか初秋を迎えていました。

そんなある日のことです。
いつものように夕方、配達を終えて、
市役所に報告し、
帰宅した時でした。

団地の家の窓に、カーテン越しで、
うっすらと、
灯りがともっていました。

普段は、まだ母が帰っていない時間です。
母はスーパーのレジ打ちが終わった後、
また別のアルバイトをして、
19時から20時の間で帰宅、
それから2人分の夕食を
作ったりしていました。

平治は変化に弱い性質です。
何か平静と異なることがあると、
些細なことでも、
妙な不安を覚えるのです。

不信に思って首を傾げながら、
おそるおそる家に入りました。

居間は、
台所の蛍光灯だけがついていて、
がらんとしています。
蛇口の閉め切れていない水道から、
ぴちゃんと水滴が落ちました。
「母さん…」
彼は誰に言うでもなく、
ぼそっと口にして、
あたりをうかがい、
きょろきょろと部屋を見渡しました。

母の寝室(以前は父と母の寝室でした)から、
かすかな声が聞こえてきました。
ふすまを開け、部屋に入ると、
母が布団に横になっています。

「どうした?具合悪い?」
平治は入り口に立ったまま
声をかけました。
寝室には灯りはついておらず、
暗がりの中、
ふとんにうずくまる母がいました。
母は顔をのぞかせて、
「平治、ごめんなさい、
母さんなんか調子悪くて、
仕事早退したんだよ…、」

彼が物心ついてから、
ついぞ見たことのない母の姿でした。
そういえば、
母はいつも
せかせかと働いているイメージで、
こうして布団に入って
寝ているところすら、
平治は見たことがなかったのです。

「どうしたんだよ、頭?おなか?」
彼は自らのことのように、
不安をあらわにして言いました。
「ごはん、なんか食べておいで、
店やもの頼んでもいいし、」
「飯なんていいから、」
平治はようやく部屋の中に入り
しゃがみ込むと、
布団に半分隠された
母の顔をのぞき込んで、
「具合、そんなに悪いの?」
「だいじょうぶ、少し寝たら治るから」
母の声はかすれて、
聞き取りづらいものでした。
ただの風邪でもなさそうです。

当たり前のようにいた母親の存在を、
ふいに意識した瞬間でした。
 

プロジェクト450日目。

 

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2019/10/2  450日目
■kindle 本日0冊 累計75冊 達成率0.71% 
■文学賞公募作品の執筆状況 1作目半分くらい ※まだ賞は未定
■kindleアップのため『桜の闇』を推敲中
158ページ中50ページくらい了
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kindleでは「セノイピープル」「バスストップ」「悲しきウスバカゲロウ」が読めます→

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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目

https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html

そんなある日、
また、あの集落で、
老人の家を訪ねました。

大声で「すいません!」
と平治は連呼します。
すぐには誰も出てきません。
彼はちょっとだけ
門の中をのぞきみて、
そそくさときびすを返しました。
すると、
「おいこら待て!」
背後からしわがれた声がします。
しまった、あいつです、
あの偏屈な老人です。
平治は慌てて、
「あ、いや、大丈夫です」
と首だけ振り向きました。
それでまた立ち去ろうとすると、
いきなり杖が彼の背中を叩きました。
「おい!」
「うっ」
以前とは違い、
少し痛みを感じて、
平治は思わず声を上げました。
また、
振りかぶられた木製の杖が、
今度は首筋に当たりました。
彼は立ち去るのをやめ、
弱々しい顔で振り返りました。
「待てと言ってるじゃろうが、
なんで逃げる?」
「いや…、その」
こないだは追い払うように
無下にされたのです。
それを言いかけても、
口を噤むしかありませんでした。
「あにしに来た?」
「その、市の広報誌です、だからそれ、
配ってて、そいで俺…、」

以前と同じです。
平治は困り果て、
その場に立ち尽くしてしまいました。

「どこのもんだ?」
「だから、舟渡団地の、」
彼はそこまで口にして、
「市役所のもんです。
町で配ってるんです。
広報誌はみんなに配るんです。
みんな、みんなに…、」

みんなって何だろう?
平治の頭に、疑問がよぎります。
みんなとは、
市の住民に違いないんですが、
この老人ときたら、
まるで自分のことを、
よそ者か、虫けらを見るように
蔑んだ調子で接してくるのです。

「ふんっ、お前みたいなのが
信用できるか?」
「俺みたいなの…」
平治は小脇に紙束をかかえ、
自分を人差し指で指差しました。
「そうだ、お前みたいな、
どこの馬の骨かもわからんやつが、
市役所から来た?なんか証明してみろ、
証明書出せ」
そう言われて、平治は、
「あ…」
思い出したように、
ポケットの中を探ります。
一応、きちんと役所から、
配布する身分を証明する、
写真入りのカードを作っていたのです。
「これ」
それを取り出すと、
背の低い老人にかがんで示しました。
また、
杖が、びゅんっと音をたてました。
それは平治の手元にあたり、
証明カードがひらひらと飛んでいきました。
「帰れ!お前みたいなやつが、
一番信用ならん、いね、とっとといね!」

こないだと一緒です。
平治は弱り果てながら、
杖のあたった手をおさえ、
その場をいそいそと立ち去りました。

 

プロジェクト449日目。

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2019/10/01 449日目
■kindle 本日0冊 累計75冊 達成率0.71% 
■文学賞公募作品の執筆状況 1作目半分くらい ※まだ賞は未定
■kindleアップのため『桜の闇』を推敲中
 158ページ中50ページくらい了
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kindleでは「セノイピープル」「バスストップ」「悲しきウスバカゲロウ」が読めます→
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
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