もぬけの殻になった小林さんの部屋です。

「ママさん…」
ドアのところに佇む
2つの人影を見て、
そう口にしたのは宮嶋さんでした。
「ママ、さん」
僕は、
このでっぷりとしたおっさんの言葉を反復して、
その意味をわからないでいました。
「聞いたよ、小林さん」
そう言って、
女性は玄関口に入ってきました。
派手ななりをした、化粧の濃い、
おばさんでした。
もう1人も似たような女性。

「早いねママさん」
宮嶋さんが答えると、
ママさんと呼ばれた女性は、
「あの人、お金全部払ってないだよ」
話し方からして、日本人ではなく、
どうやら中国人のようでした。

これは、後から知ることになりますが、
要はチャイナパブってやつですね。
小林さんはそこの常連客で、
ママさん、と口にした宮嶋さんも、
同じ感じだったのでしょう。

宮嶋さんは少し考えるようにして、
「お金ね、」
ママさんは靴を脱ぐと、
部屋にあがってきて、
「ねえお金、20万くらいあるよ、」
「飲み代ですか?」
僕は聞きました。
たぶん小林さん、
昨日の晩も、
そこで飲んで帰ってくる途中だったんでしょう。
「お金、宮嶋さん払う。払う?」
ママさんは迫るように宮嶋さんに言います。
それで慌てた宮嶋さんは、
「それは勘弁してよ、俺じゃないでしょ、」
「保証人じゃない?」
「は、なに言ってんの?」
後ろにいたもう一人の女性も、加勢して、
「だってお金払ってないで逃げたでしょ、
だれ?払うの誰?」

僕はこの光景を、
1人外から眺めていたんですが、
まだ16だった当時は、
話の内容がよく呑み込めていませんでした。

ただなんとなく、
小林さんは、借金をしていて、
みなを困らせている、
それだけです。

しかし、ことはもう少し大きかったようで、

宮嶋さんは、
ママさんたちとの押し問答の途中で、
ふいに大声で、
「あ!もしかして、」
いきなり、
部屋の隅にあったビニル袋をひっかきまわし、
それから、押し入れをあけました。
そこにも、
もう何もなかったわけですが、
僕は、
「どうしたんですか?」
宮嶋さんの背中に聞きました。
その背中、わなわなと揺れて、
「あのやろう、
集金の金全部持っていきやがった…」
「…」
「月末だろう…、全部だ全部、」

僕と派手めの女の人たちは、
ただ茫然と、
怒りで顔を赤らめた
宮嶋さんを見つめていました。

 

プロジェクト488日目。
 

――――――――――――――――――――――――――――
2019/11/9  488日目
■kindle 本日0冊 累計75冊 達成率0.71% 
■文学賞公募作品の執筆状況 1作目半分くらい ※まだ賞は未定
■kindleアップのため『桜の闇』を推敲中
 158ページ中50ページくらい了
――――――――――――――――――――――――――――

kindleでは「セノイピープル」「バスストップ」「悲しきウスバカゲロウ」が読めます→
https://www.amazon.co.jp/s/ref=dp_byline_sr_ebooks_1?ie=UTF8&text=%E8%8A%B1%E6%9D%91%E5%81%A5%E4%B8%80&search-alias=digital-text&field-author=%E8%8A%B1%E6%9D%91%E5%81%A5%E4%B8%80&sort=relevancerank

『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html

配達屋の従業員の中でも、

奨学生らと違って、
社員は別のアパートに住んでいました。

少しだけ、格がいいのです。
いいといっても、
まあおんぼろアパートなんですが、
奨学生らの寮は、
入り口にいきなり玄関と下駄箱があって、
それこそ昔の寮みたいなところですが、
社員は普通の住居らしいアパートでした。

僕は晩御飯を食べに
配達所に立ち寄ったんですが、
ご飯はあとにして、
宮嶋さんに連れられ、
いなくなったという小林さんの部屋へ向いました。

「いつからいないんですか?」
歩きながら、
僕は丸っこく太った宮嶋さんに聞きます。
「わかんねえんだよそれ、
今朝から配達さぼってんだから、
まあ、昨日の夜なのか、」
配達は朝早いです。
ほとんど深夜午前4時前には
出社しなければなりません。
僕が昨日小林さんを送り届けたのは、
午前12時前、、、
てことは、それから4時間以内に
おっさんはいなくなったってことになります。

ちょっと、考え込みました。
小林さんの、最後に見た顔、
暗がりで、
多分手を振ってたような気がします。
自転車持ってけとかなんとか、
そんなこと言ってたような、、

「花村くんさ、あの人、
昨日なんか様子変じゃなかった?
どんなだった?」
「う~ん、酔ってて、
なんか陽気にも見えましけど、」
ふと、腕を組んで、
僕の素振りを観察していた
眼差しがよみがえります。

部屋の前に着くと、
宮嶋さんはポケットから、
持ってきた鍵を取り出してトビラを開けました。

奨学生らの部屋は4畳半ですが、
こっちは少しだけ広めのキッチンと、
六畳間になっています。

がらんとしていました。
物はなんにもなくて、
部屋の済みに、透明の大きなビニル袋が
ひとつ置かれていました。
「あれは…」
僕がそれを指さすと、
宮嶋さんは、
「ゴミだろ、あの野郎、ゴミだけおいてきやがった」
なぜだかその言葉を聞いて、
宮嶋さんが、
こういうこと、
日常的に慣れたものなんだと、
僕は感じたのです。
「本当に、どっか行っちゃったんですかね」
「当たり前だろ、荷物全部持ち出して、
帰っちゃこないだろ」
怒った声で宮嶋さんは言います。

外から、カツカツと足音がします。
僕らは一斉に振り向きました。
まさか、小林さんが
帰ってくるってことはなくて、
ドアの前に、
2人の女性らしい影が佇んでいました。

 

プロジェクト487日目。
 

――――――――――――――――――――――――――――
2019/11/8  487日目
■kindle 本日0冊 累計75冊 達成率0.71% 
■文学賞公募作品の執筆状況 1作目半分くらい ※まだ賞は未定
■kindleアップのため『桜の闇』を推敲中
 158ページ中50ページくらい了
――――――――――――――――――――――――――――

kindleでは「セノイピープル」「バスストップ」「悲しきウスバカゲロウ」が読めます→
https://www.amazon.co.jp/s/ref=dp_byline_sr_ebooks_1?ie=UTF8&text=%E8%8A%B1%E6%9D%91%E5%81%A5%E4%B8%80&search-alias=digital-text&field-author=%E8%8A%B1%E6%9D%91%E5%81%A5%E4%B8%80&sort=relevancerank

『僕を知らない君へ』オープニング 1日目

https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html

僕は小林さんを荷台に乗せ、
自転車で彼のアパートまで送り届けました。

自転車を停めようとすると、
「お前んとこ遠いだろ」
「まあ」
新聞配達の従業員たちが
寮にしているアパートから、
僕の住む部屋までは
徒歩で10分くらいありました。

「乗ってっていいよ」
「え」
自転車のことです。
よく見ると、まだ真新しい自転車でした。
「貸しとくよ、どうせ使わねえから」
「いいんですか?」
「おう」
今思えば、
なぜ彼の自転車を借りたのか、
どうせ使わないというのは
どういう意味だったのか、
もう少し深慮するべきでした。

僕はあまり深く考えることなく、
自転車にまたがるとその場を後にしました。

………、

小林さんに会ったのは、
その日が最後でした。

翌朝、
配達の時には見かけていません。
それ自体は気にもかけなかったのですが、
夜、学校が終わってから、
晩御飯を食べに新聞屋に行った時です。

社員の宮嶋さんが、
「お前、小林さん知らね?」
いきなりそう言ってきたのです。
配達屋の居間には、
すでに数人の従業員たちが、
晩御飯を食べています。

それで、みながこちらを一斉に見ました。

僕は、
「小林さん?どうしたんですか?」
宮嶋さんは太い息をつくと、
「どうしたもこうしたもさ、
あの人、今朝も仕事こなくて、
夕方もいないから、部屋行ったんだ、
そしたら、」
ちょっとの沈黙。
他の連中も黙っています。

「部屋ん中、もぬけの空だったよ、
なんにもねえ」
「え!」
僕は驚きます。
「お前なんか知らね?」
別に隠すことじゃないので、
「実は昨日、夜会ったんです」
「どこで?」
座ってすでにご飯を食べていた
健太郎さんが立ちあがります。
「あの、モール街んとこで、
酔っぱらって歩いてて、
それで変に絡んできて」
僕は昨晩、
彼と接触した一部始終を話しました。
みな腕を組み、
聞き入っていました。
「なんか変わった様子は?」
と宮嶋さん。僕は、
「う~ん、」
そもそもあんまり話したこともなかったし、
「ただ酔っぱらってたってだけしか、
なんか甲子園の話したりして、
素振りさせられて」
ここで少しくすくすした笑いが起こります。
「それで、自転車乗って、
2人乗りでアパートまで」
「部屋、行ってみるか?」
宮嶋さんが言いました。
「なんでですか?」
「いやなんかあるかも」
そう言うのですが、
僕が行ったところで、なんの手がかりもないでしょう。
ただ、この時点では、
僕が小林さんの、
最後の目撃者でした。
 

プロジェクト486日目。

 

――――――――――――――――――――――――――――
2019/11/7  486日目
■kindle 本日0冊 累計75冊 達成率0.71% 
■文学賞公募作品の執筆状況 1作目半分くらい ※まだ賞は未定
■kindleアップのため『桜の闇』を推敲中
 158ページ中50ページくらい了
――――――――――――――――――――――――――――

 

kindleでは「セノイピープル」「バスストップ」「悲しきウスバカゲロウ」が読めます→
https://www.amazon.co.jp/s/ref=dp_byline_sr_ebooks_1?ie=UTF8&text=%E8%8A%B1%E6%9D%91%E5%81%A5%E4%B8%80&search-alias=digital-text&field-author=%E8%8A%B1%E6%9D%91%E5%81%A5%E4%B8%80&sort=relevancerank

 

『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html

「俺も昔は、高校で野球教えてたんだ」
小林さんは、なぜか遠い目して、
そう口にしました。

ああ、これか、
みんなが言ってたやつだ、
彼は甲子園まで行った
有名校の監督だったってやつだ、

僕は、みながたまに口にしていた
高校の監督だったって
話を思い出していました。

どうせ嘘だろう、
だれかがそう口にしていました。
どうせって、どういう意味でしょうか?
どうせ、というのは、
彼がいくつも嘘を重ねているということか、
こんな配達稼業やってる人間には、
まずありえないってことか、

僕にはよくわかっていませんでしたが、
ここは何か言わないとまずいんでしょうか、
棒切れを振る手をとめると、

「強い高校だったんですか?」
そう聞いてみました。
小林さんの口元に、
緩い笑みが生まれます。
「準優勝2回に、1回戦突破が1回な」
「って、県大会とか、」
無意識にそう言ってしまって、
しまったと思ったんですが、
彼はぷっと笑うと、
「ばかやろう、甲子園だよ、全国大会」
「全国大会…」
「お前だって見たことあんだろう、
甲子園だよ甲子園」
僕は棒切れを手にぶらぶらさせながら、
ベンチにまた座りなおして腕を組んでいる
おじさんを見下ろしました。

彼に野球帽をかぶせて、
ユニフォーム着て、
サインなんかを出している姿を
想像してみたんです。

まあ、たしかに、
そんな野球監督いそうだな、
僕はそう思って、
「似合いそうっすね」
そう口にすると、
小林さんは立ち上がり、
「お前、嘘だと思ってんだろ?」
「え、なにがですか?」
「俺みたいなやつが、
監督なんて出来っこねえって思ってんだろう」
なんだこの絡み、
やっぱり、まだ酔っ払っていそうです。
僕は手を振って、
「そんなことないですよ、
俺、そもそも高校野球
あんまり知らないですし、」
「ふんっ」
小林さんは鼻息をふっと吐くと、
きびすを返して、
公園の外に向って歩き出しました。
「あ、ちょ、ちょっと、
どこ行くんですか?」
僕は彼が
気を悪くしてしまったって思ったんです。
おじさんは振り向くと、
「チャリ忘れたから、とってくる」
「チャリ?」
「お前、ここで待ってろ」
そう言い捨てて、小林さんは、
公園の外の暗がりへと消えていきました。

5分ほどすると、
ママチャリを引きながら戻ってきました。
チャリというから、配達用の
ごっつい自転車で
出かけてたのかと思いました。
「それどうしたんですか?」
僕が聞くと、
「いいからお前運転しろ、
俺酔っちまってるから、
後ろ乗せてな」
「え~、」

彼の住むアパートまでは
5分くらいの距離でしたが、
歩けないことはないでしょう、

それでも僕はしかたなく、
彼を後ろに乗せて
自転車を漕ぎ出しました。
 

プロジェクト485日目。

 

――――――――――――――――――――――――――――
2019/11/6  485日目

■kindle 本日0冊 累計75冊 達成率0.71% 
■文学賞公募作品の執筆状況 1作目半分くらい ※まだ賞は未定
■kindleアップのため『桜の闇』を推敲中
 158ページ中50ページくらい了
――――――――――――――――――――――――――――

 

kindleでは「セノイピープル」「バスストップ」「悲しきウスバカゲロウ」が読めます→
https://www.amazon.co.jp/s/ref=dp_byline_sr_ebooks_1?ie=UTF8&text=%E8%8A%B1%E6%9D%91%E5%81%A5%E4%B8%80&search-alias=digital-text&field-author=%E8%8A%B1%E6%9D%91%E5%81%A5%E4%B8%80&sort=relevancerank

 

『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html

 
「遊びてえだろ、な、
毎朝新聞なんて配達してねえでな」
水を一気に飲み干してしまうと、
小林さんは、僕を見上げました。
僕は、
「そんなもんですかね」
答えに窮していたのもあって、
ただそれだけ口にすると、
「俺はさ、何年か前まで、
お前ぐらいの年のやつら相手してたからな、
よくわかんだよ、勉強もしなきゃなんねえし、
でも遊びてえしな」
「そうなんですか…」

夜の公園の暗がり、
街灯がちょうど小林さんの
顔のあたりを照らしていて、
目じりと口元の
深い皺がくっきりと見えました。
眠そうな顔に見えたけれど、
さっきまでの酔いが嘘みたいに、
頬の赤みはわかりませんでした。

「お前、野球やったことあるか?」
彼は言いながら、顎で、
僕にとなりに座るよう促しました。

たまたま通りすがりで捕まってしまって、
僕は少し
イラついていたかもしれませんが、
観念して、
おじさんのとなりに軽く座りました。

「野球ですか、小中までは、
少年野球とか、少しやってました」
「ほう…、」
なんか、
さっきまでとは声色が変わっています。
小林さんは腕組みして、
横に座る僕をしげしげと眺め、
「ピッチャーか?」
「いえ」
僕は首を振りました。
草野球に、決まったポジションなんて明確じゃなくて、
僕は左利きだというのに、
サードとか、あとはセンターあたりを
守ったりしていました。
「打順は?」
「足だけ速かったんですよ、
だから先生が、一番やれって」
「俊足の一番バッターか」
小林さんはふらふらと立ち上がり、
なぜか、たまたま落ちていた棒きれを拾うと、
それを僕に渡すようにして、
「振ってみろ」
「へ?」
無意識に、
棒きれは受け取ってしまっていました。
「俺が見てやるから、素振りしてみろ」

酔っ払いの余興に付き合って、
僕はしぶしぶ
バッティングフォームに構えると、
軽く棒切れを振りました。
静かな公園に
風を切るしゅうっという音が響きます。

「ほうっ、左ってわけか」
そう、僕は左利きなので。
彼が促すので、
何回か棒を振らされます。
「なかなか筋はいいな、ただ線が細いから、
力の伝わり方よくねえな、
もっと腰を落とした方がいいな」
僕は言われるまま、
少し重心を低くして、
また棒を振ります。
なんとなく、
力の伝わり方がスムーズな感じはしました。

「俺なあ、高校野球で監督やってたんだ」
小林さんは
僕の素振りを眺めながら、
なぜか遠くを見るような目をしました。
 
プロジェクト484日目。

 

――――――――――――――――――――――――――――
2019/11/5  484日目

■kindle 本日0冊 累計75冊 達成率0.71% 
■文学賞公募作品の執筆状況 1作目半分くらい ※まだ賞は未定
■kindleアップのため『桜の闇』を推敲中
 158ページ中50ページくらい了
――――――――――――――――――――――――――――

 

kindleでは「セノイピープル」「バスストップ」「悲しきウスバカゲロウ」が読めます→
https://www.amazon.co.jp/s/ref=dp_byline_sr_ebooks_1?ie=UTF8&text=%E8%8A%B1%E6%9D%91%E5%81%A5%E4%B8%80&search-alias=digital-text&field-author=%E8%8A%B1%E6%9D%91%E5%81%A5%E4%B8%80&sort=relevancerank

 

 

『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html

 


僕は高校のブレザー姿です。
10時過ぎでしたが、
池袋の中心から離れていくこの商店街、
まだ人が

それなりに歩いています。

人目を気にして、
小林さんに近づくと、
「お疲れ様です。
酔っぱらってんですか?」
そう小声で話しかけました。
「おうおう見りゃわかんだろうが」
彼は大声で喚くように答えました。
僕は一歩引きさがります。
「あんだよ挨拶もなしで
通り過ぎようとしたろう
「僕がですか?」
「そうだよお前だよ、」
「違いますよ、」
僕は手を大げさに振って、
「気づきませんでした」
そう嘘をつきながら、
この人結構繊細なんだな、
と感じていました。
「おら肩かせ」
そう言って、

彼は小柄な体を伸ばし、
僕の肩に
自分の手を巻き付けてきました。
僕は少し、むっとしましたが、
しかたなく、

覆いかぶさるような彼ともに、
住宅街の方へと歩き始めました。
「お前なんだ、今学校帰りか?」
「違います、ちょっと出かけてて」
小林さんの口元が近くにあります。
酒臭くてしかたありません。
僕は顔をそむけながら、
それでもおじさんに身をまかせていました。
「お前よお、俺のこと馬鹿にしてんだろ」
なにかと絡むようです。
酒癖なんでしょう。
僕は、
「そんなことないです」
馬鹿にする以前に、
小林さんのことを
あまり気にしてはいませんでした。
「おっさんだからってよ、
あんなとこで働いててよ、
どうしよもねえなって思ってんだろ」
「あんなとこ…」
僕は販売所で働くことを、
そこまでひどく感じていませんでした。
ただ、彼らには、
ここは社会の底辺であるという気分が、
常に漂っていたのを、
僕はなんとなくわかっていました。
「きついしきたねえしな、汗くせえしな」
小林さんは

酒の匂いをぷんぷんさせて、
通行人など気にせず喚き散らします。
「ちょっと休みますか?」
道のわきに、公園が見えたのと、
彼の足がよろめいたので、
僕はそう言いました。

それで、彼を公園につれていくと、
ベンチに下ろします。

「はい、」
僕は近くの自販機で
ペットボトルの水を買ってくると、
座ってうなだれた
小林さんに手渡しました。
「おう」
彼は言うとそれを受け取り、
喉を鳴らして、
酒を煽るように

水を一気に飲んでいました。
僕は彼のとなりに座ることはなくて、
ベンチに座る小林さんの前に立ち、
見下ろしながら、
「別に馬鹿になんかしてないですよ、」
「おう」
「酔い、少しは冷めましたか?」
「おう」
彼は何を聞いても、一つ返事をして、
また首をがくんとうなだれていました。

 

プロジェクト483日目。

 

――――――――――――――――――――――――――――
2019/11/4  483日目
■kindle 本日0冊 累計75冊 達成率0.71% 
■文学賞公募作品の執筆状況 1作目半分くらい ※まだ賞は未定
■kindleアップのため『桜の闇』を推敲中
 158ページ中50ページくらい了
――――――――――――――――――――――――――――

 

 

kindleでは「セノイピープル」「バスストップ」「悲しきウスバカゲロウ」が読めます→
https://www.amazon.co.jp/s/ref=dp_byline_sr_ebooks_1?ie=UTF8&text=%E8%8A%B1%E6%9D%91%E5%81%A5%E4%B8%80&search-alias=digital-text&field-author=%E8%8A%B1%E6%9D%91%E5%81%A5%E4%B8%80&sort=relevancerank

 

 

『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html

 

新聞屋には、
こうした予備校生たち以外にも、
いろいろな人たちが働いていました。

社員の小林さんは、
もう50歳は越えてるおじさんでした。
いつも鼻歌唄いながら、
なんか緩い感じで
若者たちに交じって会話してる人です。

無精ひげはやして、
いつも眠たそうな

目つきをしていました。
この人は、
とにかくパチンコと、
夜のお店に通うばかりの人だった

記憶があります。

「あの人、

高校野球の監督やってたらしいよ」
別の従業員がそう言ってました。
まさか、と思うでしょう。
ただ、当時の僕には、
高校野球の監督が
どれほどのものかが
まずわかりませんでしたし、
なによりそんな人が、
新聞屋の従業員をしていることが
不思議にもならないし、
あまりネットも進んでいない時代、
確かめる術もありませんでした。

初夏の頃だったかと思います。

僕はどういう理由だったか、
夜10時も過ぎてから、
街を歩いていた時です。
池袋の郊外です。
モール街と呼ばれるタイル地の路面が、
川越街道まで続いている商店街でした。

見慣れたジャージを着た人が、
前方をふらふら歩いていました。
見慣れた、というのは、
例の、あんまりかっこよくない、
配達屋のジャージだったからです。
通気性のあまりよくない、
黒地に緑のラインが入ったやつです。

背格好と髪型から、
僕はそれが、
小林さんであることに

すぐ気づきました。
声をかける気はありませんでした。
販売所でも、

そんなに話す仲ではなかったので。

酔っぱらってるんだな、
めんどくさい人にあったと

思っていました。

ところがちろちろ歩いているので、
すぐに追いついてしまいます。
僕はしかたなく、少し距離をひらいて、
おじさんを追い抜きにかかりました。

「おう花村じゃねえか、おい」
すぐに呼び止められました。
「高校生がこんな夜遅くまで
遊んでちゃだめだぞ」
僕はその言葉で

あきらめて振り向きました。
小林さんは、
赤ら顔して、
目じりを下げた顔で

僕を見ていました。

 

プロジェクト482日目。

 

――――――――――――――――――――――――――――
2019/11/3  482日目
■kindle 本日0冊 累計75冊 達成率0.71% 
■文学賞公募作品の執筆状況 1作目半分くらい ※まだ賞は未定
■kindleアップのため『桜の闇』を推敲中
 158ページ中50ページくらい了
――――――――――――――――――――――――――――

 

kindleでは「セノイピープル」「バスストップ」「悲しきウスバカゲロウ」が読めます→
https://www.amazon.co.jp/s/ref=dp_byline_sr_ebooks_1?ie=UTF8&text=%E8%8A%B1%E6%9D%91%E5%81%A5%E4%B8%80&search-alias=digital-text&field-author=%E8%8A%B1%E6%9D%91%E5%81%A5%E4%B8%80&sort=relevancerank

 

 

『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html

 

赤井さんとは、
あまり話したことはありませんでした。
森作さんや健太郎さんの部屋には
遊びにいったことがありましたが、
彼のところには行ったことがありません。

健太郎さんが2階の角部屋、
その真下が森作さんの部屋、
赤井さんは、
アパートの一番奥、
日当たりの悪い部屋に暮らしていました。
よくアパートに入り口にたまって話していた
仲間をしり目に、
軽く会釈をして、
暗い廊下の奥へと
消えていく姿が印象にあります。

ある日のこと、
朝、新聞を配り終え、
配達所の前に
自転車を停めている時でした。
「高校生なの?」
朝食を終えて、
すでに出かけようとしていた赤井さんが、
話しかけてきました。
「はい…」
当時高校生で
アルバイトをしていたのは僕だけです。
「偉いね~、」
「いやそんなんじゃないです」
赤井さんは、
背丈は僕と同じくらい、
浅黒い肌、銀縁の、
妙に艶やかに見えたフレームの眼鏡をかけて
引き締まった顔つきをしていました。

「朝だけ?」
彼は、朝刊だけ配っているのかと聞いています。
僕は、
「はい、そうです。
夕刊も、人いないとかで
たまに手伝ったりもして、」
朝刊だけ配達しているのは、
従業員の中で僕だけでした。
夕刊の配達は、
さすがに学校の終業時間では
間に合わないからです。
もちろんその分給料もみんなよりは少ないし、
奨学生というわけでもありません。
しかし、
なんとなく1人だけ夕刊を配らないことに、
かすかな劣等意識もあって、
僕はこんな答え方を
したんだと思います。
「そうなんだ、大変だね、」
赤井さんはただそう答えます。
「全然、大変じゃないです、
みなさんに比べたら、部数も少ないし、
夕刊もやってないし、」
「でも高校生だろう、朝も早いしさ」
彼は、それが癖なのか、
ふいに右上の方を
じっと見るような仕草をしながら、
「勉強もしなきゃなんないしね」
と言ってました。

本当に、ほとんど喋ったことはないのです。
森作さんや健太郎さんたち同年代の人たちと、
和気あいあいと話している姿も
見たことありませんでした。

彼は強い意志の元、
他の人とは一線を
画していたふうでもありましたし、
だからといって周囲の人たちが
次々に脱落していくのを、
卑下しているふうでもなく、
ただ黙々と、
目標に向かって精進しているようでした。

当時の僕には、
その違いはあまりよくわかりませんでした。
森作さんや健太郎さんたちと、
なにがどう違うのか、
そういうことには頭が至らず、
ただ、無口でぶっきらぼうな人だな、
と思うばかりでした。

 

プロジェクト481日目。

 

――――――――――――――――――――――――――――
2019/11/2 481日目
■kindle 本日0冊 累計75冊 達成率0.71% 
■文学賞公募作品の執筆状況 1作目半分くらい ※まだ賞は未定
■kindleアップのため『桜の闇』を推敲中
 158ページ中50ページくらい了
――――――――――――――――――――――――――――

 

 

kindleでは「セノイピープル」「バスストップ」「悲しきウスバカゲロウ」が読めます→
https://www.amazon.co.jp/s/ref=dp_byline_sr_ebooks_1?ie=UTF8&text=%E8%8A%B1%E6%9D%91%E5%81%A5%E4%B8%80&search-alias=digital-text&field-author=%E8%8A%B1%E6%9D%91%E5%81%A5%E4%B8%80&sort=relevancerank

 

 

『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html

 

こんな健太郎さんと森作さん、
ところが不思議なことに、
予備校生同士で仲良くしているところは、
あまり見たことがありませんでした。

彼らは同じような目標に向っているようで、
ライバルだったんでしょうか、
この苦境の中で、
誰が最初に脱落してしまうのか、
それを気にしていたのかもしれません。

だから健太郎さんからは、
「最近、森作どう?予備校行ってんかな?」
なんて聞かれることがありました。
いつも同じ仕事して、
同じアパートに住んでいるのです。
自分で聞けばよいのに、
僕は、
「最近は行ってるみたいですね、
眠いって言ってましたけど」
「そうか…、」
「なんか徹夜明けで、そのまま行っても、
ほとんど授業聞いてないみたいな」

彼らが奨学生の生活を始めて、
2ヶ月ほどした初夏の頃です。
そろそろ、力尽きるように、
予備校通いが
億劫になっているようでした。

高校1年生の僕は、
まずは自分のことで精一杯だったんですが、
もし彼らの境遇になったら、
果たしてやり遂げられるのか、
そう考えたものです。

僕は力なく首を振るのです。

たぶん、貫徹なんてできやしない、
なぜって、逃げ道があるからです。
大学をあきらめるとか、
田舎で暮らすとか、
選択肢として、
逃げる場所があるからです。

「そういや、赤井くんは、」
健太郎さんが言いました。
1人だけ、
朝夕の新聞を配りながら、
予備校に通い、
初志を貫き大学へ行った人がいました。

赤井さんです。

予備校生連中は、
あまりつるむことがなかったと言いましたが、
赤井さんはさらに、
誰とも親しくすることもなく、
いつも寡黙に
かすかな笑みを浮かべていました。

 

プロジェクト480日目。

――――――――――――――――――――――――――――
2019/11/1 480日目
■kindle 本日0冊 累計75冊 達成率0.71% 
■文学賞公募作品の執筆状況 1作目半分くらい ※まだ賞は未定
■kindleアップのため『桜の闇』を推敲中
 158ページ中50ページくらい了
――――――――――――――――――――――――――――

kindleでは「セノイピープル」「バスストップ」「悲しきウスバカゲロウ」が読めます→
https://www.amazon.co.jp/s/ref=dp_byline_sr_ebooks_1?ie=UTF8&text=%E8%8A%B1%E6%9D%91%E5%81%A5%E4%B8%80&search-alias=digital-text&field-author=%E8%8A%B1%E6%9D%91%E5%81%A5%E4%B8%80&sort=relevancerank

『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html

健太郎さんの部屋で
話しています。
彼は自嘲気味な、
半笑いを口元に浮かべて、
「だいたいさ、俺の頭じゃな、
場違いっつうか、
検討違いだったのかなって思うわけよ」
「それって…」
この人、いつもこんなふうでした。
外見はそれなりに
おしが強い感じでしたが、
口を開けば、その表情とは裏腹に、
皮肉っぽい弱音を吐くのです。

僕は相変わらず部屋の壁に
寄りかかって座ったまま、
窓に座る健太郎さんを見上げました。
「俺さ、秋田の田舎じゃ、
それなりだったんだよ、だけどさ、
新卒ん時、結構行けると思って、
そんで国立落ちたら、なんだかな…、
もっと早く自分の実力に気づくべきだったな」
「秋田は…、いいとこですか?」
僕がささやくように口にすると、
彼はぷっと吹き出して、
「なにそれ、なに?」
「いや、健太郎さんが、
秋田でって言ったんで、
どんな感じだったかってイメージしてたんです」
「はははっ、そっ、面白しれえ」
「そうですか…」
僕は唇を歪めて、それから、
彼につられて、少しだけ笑いました。
「気になる?秋田?はははは
お前自分が東京もんだからって、馬鹿にしてんだろう」
「そんなんじゃないで」
慌てて手を振りながら、
何が、そんなに可笑しかったんだろうか、
でも僕は、
やっぱり彼に合わせて笑いながら、
「いや、その…、行ったことないし」
「そりゃそうだよな、遠いしな、
俺さ、そこじゃ結構
頭いいってなっててさ、
そいだから、東京の有名な大学
行きてえってなるじゃん、
そしたらよ、東京の有名な大学だったら、
秋田の田舎でも
みんな知ってんじゃん、
もし入ったら、それだけでよかったよ」
彼は言いながら、手に持っていた缶ビールを
一息に飲み干しました。
「俺の地元なんて、海とか山とか、
あと単線の電車とか、なんもねえよ、」
「なんにも?」
「街だって想像つかねえだろうけど、
すっごく小せえしな、
夜は真っ暗、ほんとなんもねえ」
「そうなんですね…」

それで彼は立ち上がると、
部屋の隅にある小さな冷蔵庫を開いて、
新しい缶ビールを取り出しました。
それを開けながら、また、
窓際によりかかり、

「ほんと…、なんもねえ」
「…」
「東京、やばいなって思ったよ」
「そうですか…」
「なんでもある」
僕には、そういう感覚、
よくわかりませんでした。
「なんでも、ですか?」
そう聞き返すと、
健太郎さんは、僕から目をそむけ、
しばらく黙ってから、
「俺には、関係ないけどな」
そう言いました。
 

プロジェクト479日目。

――――――――――――――――――――――――――――
2019/10/31 479日目
■kindle 本日0冊 累計75冊 達成率0.71% 
■文学賞公募作品の執筆状況 1作目半分くらい ※まだ賞は未定
■kindleアップのため『桜の闇』を推敲中
 158ページ中50ページくらい了
――――――――――――――――――――――――――――

kindleでは「セノイピープル」「バスストップ」「悲しきウスバカゲロウ」が読めます→
https://www.amazon.co.jp/s/ref=dp_byline_sr_ebooks_1?ie=UTF8&text=%E8%8A%B1%E6%9D%91%E5%81%A5%E4%B8%80&search-alias=digital-text&field-author=%E8%8A%B1%E6%9D%91%E5%81%A5%E4%B8%80&sort=relevancerank

『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html