狭い4畳半の部屋。
ちゃぶ台みたいな勉強机、
雑然と置かれた参考書、
それは山積みにされていて、
焦りを印象づけるみたいに、
けして綺麗には
並んでいませんでした。

アパートと公園の間の道路は、
あまり車通りがあるわけじゃないですが、
それでも、
時折自動車が走りすぎると、
みしみしと、部屋全体が
身震いするみたいに軋んでいました。

「俺って、やっぱ駄目だなあって」
森作さんは、
唇をゆがめたまま、
僕の向かいに座りました。
「駄目って、まだ、
これからじゃないんですか?
受験って来年ですし」
「ふっ」
彼は息を吐いて、
「受験がどうっていうかさあ、
俺…、なんか弱いし、
なにやっても駄目だしさ」
「そんなあ」
僕はあぐらをかいた膝に乗せた
拳を強く握り締めました。

森作さんは、
いろんなこと、
諦めていたんだと、
僕はすぐに思いました。
それは、単に受験で、
大学に受かるとか、
そういう部分的なことよりも、
もっと救いようのない、
絶望感に思われました。

「どうすんですか?」
僕は、受験までの間、
どうするのかと聞きました。
森作さんは、
少し考えるように天井を見上げてから、
「ここにはいるよ、
ここには、」
そこで深いため息を吐いて、
「ここには、いなきゃなんないから、
予備校の授業料とかあるからね、」
「配達も、」
僕が言うと、
「そりゃあ、やんないとね、
続けなきゃなんない、
お金払わないと、やめらんないからね」
健太郎さんは、
親に借金して
前金を払ってやめていきました。
森作さんには、
そんな当てはないようでした。

外廊下をぞろぞろと歩く足音がしました。
他の従業員が部屋に戻るところでしょう、
森作さんは、
なぜか肩をすくめて、
「ここは牢屋みたいだよ」
「…」
「諦めて歩けないって言ったって、
抜け出せないんだから」

僕は目に力を入れ、
彼をじっと見つめました。
「僕だったら、きっと諦めません、
せっかくここまでやってきたら」
そう言いかけました。
森作さんは
少しだけ強い口調になって、
僕の話をさえぎると、
「君にはわかんないよ、
やってみなきゃ、
結構大変なんだ…、
わかんないよ」

どうしてでしょうか、
健太郎さんが挫折して
東京を去っていった時とは、
妙に違う気分で僕は彼に接していました。
健太郎さんは、
弱さを全部吐露した感じじゃなくて、
虚勢であったとしても、
何かさっぱりした顔つきでした。
森作さんは、
そうじゃありません。
自己否定をしながらも、
まだ、穴のふちに辛うじて手をかけて、
喘いでいるようで、
僕はそこに自分を投影している気分でした。
 

プロジェクト518日目。
――――――――――――――――――――――――――――
2019/12/9 518日目
■kindle 本日0冊 累計75冊 達成率0.71% 
■文学賞公募作品の執筆状況 1作目半分くらい ※まだ賞は未定
■kindleアップのため『桜の闇』を推敲中
 158ページ中50ページくらい了
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kindleでは「セノイピープル」「バスストップ」「悲しきウスバカゲロウ」が読めます→
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html

夜になっていました。
僕は久しぶりに配達員らが住む、
老朽化したアパートへと向いました。

その日も、
アパートの入り口と
公園の間の道路に立って、
生い茂るケヤキを見上げてみます。
小鳥たちの囀りが、
騒がしく聞こえていました。

森作さんの部屋は、
1階の一番手前、
元々健太郎さんのいた部屋の
真下にありました。
藍色のカーテン越しに
明りがついているのがわかりました。

コンクリートの階段を上がって、
僕は彼の部屋のドアを
軽くノックしました。
1回では出てこなくて、
「森作さあ~ん」
僕はドアに顔を近づけて呼んでみます。
彼が出てくるまで、
どれくらいの時間だったでしょうか、
僕の記憶では、
それはひどく長い時間に思えました。
古びたドアに耳を近づけて、
何か物音を感じ取ろうとしていました。
道路に面したその場所からは、
木々に群がる、
見つけることもできない小鳥の囀りが、
やたらと騒がしかったのです。

ようやく扉を開き出てきた森作さんは、
予想に反して、
平静とかわらぬ感じでした。
「よお、どうしたの?
なんか久しぶりだね」
彼はジャージにTシャツ姿でした。
この時間にいるってことは、
夕刊を配って、
販売所でご飯を食べていないようです。
「ご飯食べないんですか?」
僕は最近、販売所の居間で、
森作さんを見かけていませんでした。
彼は部屋に僕を招きながら、
アゴをひいて、少し考えてから、
「外で食べてんだ、
販売所の飽きちゃってさ」
本当は違う、
山野井とのいざこざがあってから、
行きづらいんじゃないか、
僕はすぐそこに思い当たっていました。

だけれど、それは口にせず、
彼をじっと見ていました。
「なになに、どした?」
部屋に入って座り込んでから、
森作さんはおどけた感じで言いました。
僕がずっと見つめていたからです。
「いや、最近遅刻が多いんだって、
宮嶋さんとか言ってて」
彼はそれで顔を曇らせます。
僕はかまわず、
「勉強、追い込みで、
大変なんですよね」
森作さんは何も答えず、
僕を見ました。
その表情は弱ったな、て感じで、
口元をゆがめて、
深い息を吐くと、
「勉強あんましてない」
「…」

窓枠が弱い風に
きしきしと揺れています。
僕はひとしきり鳴っていた
鳥の声がやんだことに気づいて、
ふと外の方に目をやってから、
「してないんですか?」
「あんま手ぇつかなくなっちゃって」
「そうなんですか…、」
僕が彼の先輩で、
すでに大学受験なんか経験していたら、
がんばれ、なんて言葉を
投げかけたかもしれません。
この時の僕は、
ただ黙って、
なぜだか自分のことのように、
下唇を噛んでいました。

 

プロジェクト517日目。


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2019/12/8 517日目
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html

都会の喧騒、
それは耳にまとわりつくように、
いやそれよりも、
耳の底にこびりつくように、
心の中にリフレインしています。

よく聞いてみると、
自動車のエンジン音だったり、
人々の声が集合して、
得体の知れない、
鳥の囀りに聞こえたり、
様々な音が、
混ざり合っているのがわかります。

そういえば、
奨学生時代の健太郎さんの部屋は、
おんぼろアパートの一番手前、
公園に面した2階の部屋でした。
公園には大きなケヤキが茂っていて、
日が暮れた頃に行くと、
騒がしいくらいの
無数の小鳥の囀りが聞こえたものです。
「寝るんじゃねえの」
僕が不思議がって
窓を開けて覗いていると、
彼はそう教えてくれました。
「騒がしいですね、寝るのに、
なんで鳴いてるんだろう…、」
「寝床とりあってんじゃねえのかな」
当てずっぽうな言い方でしたが、
なぜかその頃の僕は、
5つくらい年上の彼が言うこと、
なんでも素直に
受け止めていたと思います。
暗がりになりかけている、
ケヤキの広がる枝を、
僕はしつこくじっと見つめていました。
「寝やすい枝とかあんじゃねえのかな、
そこ取り合ってんだよ」
「そんなもんなんですか」

そんなもの、
僕には、何もかもが、
そんなものに違いないくて、
何故なら、
人生の始まりのこの時期には、
人生のなにも知らないのだから。


………


健太郎さんが秋田に帰っていって、
1ヶ月は経った頃だったでしょうか、
話の続きを、
そこから再開しようと思います。


夏の終わりの頃です。
よく部屋に遊びに行っていた
健太郎さんがいなくなって、
ボクシングの手ほどきを受けていた
山野井とは少し疎遠になっていて、
高校でも友人が多くなってくると、
なんとなく朝の配達と、
夕食を食べて行く以外は、
最初の頃よりは、
あまり販売所には
行かなくなっていた気がします。

そんな頃、
販売所で晩飯を食べていると、
みなの会話で、
健太郎さんと同じように
奨学生をやっていた森作さんが、
最近よく遅刻するって
話を聞きました。

「どうしたんですかね?」
僕がみなの会話に割って入ると、
社員の宮嶋さんは、
お茶を飲みながら、
「だらけてんだろ、
最近はさ、毎日だよ毎日、
朝たたき起こしにいかねえと、」
「起こしに行くんですか?」
と、僕が聞くと、
宮嶋さんは怒ってるのか、
目は笑ったままで、
「危ねえだろ、来なかったら、
誰がやつのとこ配んだよ、」

僕は以前、
山野井が車のドアで
頬を怪我して、
それが理由で
森作さんに怒鳴ったこと、
思い出していました。
 

プロジェクト516日目。

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2019/12/7 516日目
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html

みんなは、大学行ったのか、
そう聞いた健太郎さんに、
僕はちらっと彼を見て、
やっぱり気にしていたんだと
思ったものです。
もちろん、
そんなことは口にはしませんでしたが、
僕は、妙にさっぱりした顔して、
最後に食堂で、
話したときの

彼を思い出していました。

人間なんて、わからないな、
つまり、自分以外の人間が、
いったいどんなこと考えているのかなんて、
僕自身だって、
こんな複雑な思考をして、
それを持て余しているというのに、
誰だってそうに違いありません。
彼は、精一杯の虚勢で、
あの場にいたんだと感じました。


さて、読者のみなさんは、
この『溺れる時代』編が、
いったいどこに向っているのか、
もうよくわからなくなっていることでしょう、
本当は、人生に苦悩し、
通り魔を犯すことになる一青年について、
話が進んでいくはずでした。

自分が間接的にでも味わった、
多くの若者から、
そのモデルを探していたのかもしれないし、
モデルはいなくても、
挫折と敗北感の中で、
人はどう生きていくのかということを、
ずっと考え続けていたのかもしれません。

秋田までやってきて、
健太郎さんと、
20年も前の過去を振り返っていました。
実のところ、
配達所でのお話は、
まだ終わっていません。

僕は、
「受かった人もいました」
「だれ?」
健太郎さんの目は大きく見開かれた、
そんな気がしました。
僕はそっぽを向いて、
また湖面を眺めながら、
「1人だけ、受かってましたよ、」
「あんな環境で、よくやったなあ」
販売所で奨学生をしながら、
大学受験をするということは、
本当に至難なことに思えました。
毎日、自らの弱さを突きつけられ、
それを跳ね返し、
机に向う彼らのこと、
僕は今でもはっきりと覚えています。
そして、
挫折して背中を向けた人たちのことも。

「東京にはもう行かないんですか?」
なんか、突拍子もないこと、
健太郎さんに尋ねました。
「なんでよ、急に」
彼はそう言うと、
再び口を開いて、
「もう行かねえよ、
行く、理由ないじゃん」
「そうですよね…、」

あの、都会の喧騒の中、
配達所のジャージを着て、
汗だくになって、
新聞を配っている自分と、
彼らの姿がよみがえります。

僕は、彼に向って、
彼が去ってからのことを、

話し始めました。

 

プロジェクト515日目。

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2019/12/6 515日目
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html

懐かしい、
そう互いに口にして、
僕らは笑い合ったんですが、
不思議でした。
健太郎さんは、
まあ僕もですが、
もうあの頃の2人ではなくて、
30代後半から40代の
おじさんなわけです。

そして、
山林の奥に突然開けた、
この青々と広がる湖面は、
あの頃の僕らとは、
なんの繋がりもないのです。

「しかし不思議だよなあ、
あん時だけだかんね、
思えばさっ、」
「不思議ですか?」
「だって花村くんと会ってたのだって、
ほんの半年くらいでしょ、
その後の20年の方がずっと長いかんね」
僕は、笑いながら言う健太郎さんに、
今頃それに気づいたのかって
思いながら、
「でも」
この場合、でもじゃないんですが、
「でも変わってないですね、声とか、
思い出せますよね、あの頃のこととか」
「はははっ、そうだよなあ、
すんげえでぶになってたり禿げてたりしたら、
違かったかもな」

そういえば、お互い、
幸いにも体型的には
あまり変化がないようです。

僕らはそれから、
湖岸に沿って、少し歩き始めました。
初夏の湖畔は、
観光客で溢れています。
僕はきゃっきゃっ騒ぎながら通り過ぎる
子連れの家族を目で追いながら、
「なんかいつも思うんですけど、
観光地って人間の、そのなんていうか、
関係性の縮図みたいですよね」
「なにそれ」
あんまり興味なさそうに
健太郎さんは答えます。
僕は続けて、
「だって、偶発的な関係で、
ここにいる人ってほとんどないじゃないですか」
「偶発的?なんか哲学?」
僕は首を横に振って、
「昨日街角ですれ違った人が、
今日観光地行こうってなんないっていうか、
恋人とか、友人とか、夫婦とか、
必ずある程度しっかりした人間関係がある人が、
連れ添ってここにいるんですよね」
「ふうん、そんなもんかな」

僕も、途中で自分の言ってることが、
よくわからなくなって、
この話は途絶えました。

また、少し歩いていると、
健太郎さんは、
「あん時のさ、奨学生だった連中、、
大学受験やってたやつらさ、」
「森作さんとか、赤井さんですか?」
僕が名前を出すと、
彼はぽんっと手を叩いて、
「そうそう!よく憶えてるなあ、
いたいたあ、森作、赤井、」
それで、また少しの間、
立ち止まると、健太郎さんは、
「あいつら、どうした?」
「どうって?」
僕がその背中に聞くと、
「大学行ったのかな」
そう、彼は呟くように口にしました。

 

プロジェクト514日目。

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2019/12/5 514日目
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html

湖畔に降り立ち、少し歩くと、
目の前には、
深い青を湛えた
湖面が広がっていました。
「すっごい青ですね」
僕は、
それ以上の言葉が思い浮かばず、
ただ感嘆としながら、
湖を見渡していました。
「ほんときれいだよねえ」
健太郎さんは伸びをしながら、
「俺も久しぶりだよここ来んの」
「そんなもんですか」
「そんなもんだよ、地元だからって、
しょっちゅう来ないでしょお、
5回目くらいかな」
「そんな、もんなんですね」
「小学校の時の遠足、それから、
彼女出来てからドライブ、とか」
健太郎さんは指折りながら話します。
「そういえば、」
僕はそんな彼を見ながら、
「俺の地元にはなんにもないからって
言ってましたね」
「言ってた?そんなこと」
「はい、言ってましたよ、
秋田はなんもなくて、
東京はなんでもある、」

そして、何でもある東京は、
自分には無縁だと、
そう言っていました。

彼は深く息を吸い込んで、
「田沢湖は、あるか」
「そうですね、ありますね」
「これ、あるうち?」
「あるうちじゃないですかね」

よくわからない会話でした。
ただ、思うところがあるのか、
何かを探すような目で、
彼は一面の湖を
見渡していました。

しばらくしてから、
健太郎さんは、
「そういやさ、小林さんっていたじゃん」
「小林さん?」
「ほらあ、店の金盗んで
蒸発しちゃったおっさんさ、
高校野球の監督やってたとか言ってた、」
「ああ、いましたね、いました」
「あの人、戻ってきた?」
「なんでですか?」
「だって気になんじゃん、
自分がいなくなった後って」
「ははっ」
僕は笑って、
もう覚束ない記憶で、
白髪の短い髪で、
なんだかいつも
酔っ払ってたような印象の、
小林さんの顔を思い出していました。
「なんで?おかしい?」
「いえ」
僕は首を軽く振って、
「この景色とは、
あんまり関係ないなって思っちゃって」
「ま、そうだな」

水がちゃぷちゃぷと
岸に当たっていました。
風はほとんどありませんでしたが、
湖面は微妙にさざなみをたてています。

「帰ってこなかったですね」
僕はぽそりと言いました。
小林さんのことです。
健太郎さんは、
「やっぱそうだよな、
帰ってきたってしょうがねえよな」
それで乾いた声で笑いました。
僕もつられて笑いながら、
「なつかしいですね」
そう口にしました。
 

プロジェクト513日目。

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2019/12/4  513日目
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html

角館は観光地でした。
古い佐竹の武家屋敷が並ぶのですが、
人を見に行っているようです。
僕らはそこから、
山を越えて田沢湖へと向います。
「今日は空気澄んでそうだから、
湖たぶん綺麗だろうな」
健太郎さんは、
そんなことを言っていました。

みちのくの奥、
東京暮らしの僕には、
ここは最果ての場所であって、
その奥深く、
山肌に抱かれた高地にある湖は、
いったいどういう印象で
僕を迎えてくれるのか、
期待をしつつ車に揺られていました。

「大学行って、やっぱよかった?」
健太郎さんが言いました。
どんな表情で、
そんなこと思うんだろう、
僕は車窓から目を離し、
ふと彼の顔を
覗き込むようにしました。
その横顔、ただ平然としていて、
黙々と前を向いて
ハンドルを握っていました。
「どうでしょうかね、俺の場合、
必要だったかもしれませんが、」
僕は1人のビジネスマンとして、
大学での学問が大事だったというより、
資格として必要だったかもしれない、
そんなことを口にしました。
健太郎さんは笑い声で、
「じゃあ俺には必要なかったかもな」
「そうなんですかね」
「地元帰ったら、
まあ普通に仕事も出来て、
結婚して平凡に家庭作って、
そうなったからな、」
「…」
「だってそうじゃん」
僕が何も答えなかったからでしょうか、
健太郎さんは念を押すみたいに続けて、
「俺の2浪は無駄だったかもなあ、てね、
思ったりもしたんだよ」
「そうなんですね、」
「ああ」

僕はしばし考えて、
息を吐くと、
「でも、あの頃のこと思い出すと、
なんでみんな、
あんなに頑張ってたのかなって」

お揃いのかっこ悪いジャージ着て、
朝から晩まで、
手には、
新聞から沁みたインクの匂いを漂わせ、
せっせと新聞を配る、
それは終わりがない日々というか、
苦悩を思わせるものでした。
だって、朝の配達が終わっても、
また翌朝には、
新しい新聞が積まれているのですから、

当時の僕には、
それが情報の洪水の予兆、
つまり、
来るべきネット社会の前触れの、
その技術のない時代の喘ぎであって、
情報は有意無為の区別なく、
せき止めることなく溢れかえり、
それが毎日毎日
ちょっと違った顔してやってくる、

そういうことは、
16歳の僕にはまだわからなくて、
ただ、終わりのない
配達という行為に、
なんとなく虚無感を
抱いたに過ぎませんでしたが、


「頑張ってたかな俺たち?」
と、健太郎さん。
「今思い出すと、挫折したとしても、
苦しんでても、」
僕は当時を回想するみたいに、
狭い車の天井を仰いで、
「なんかみんな、汗水たらして、
頑張ってたんだって、そう思います」
「挫折してもか…」
彼は考えるようにそれだけ口にしました。

それから5分ほどして、
「そろそろ着くよ」
健太郎さんが言いました。
下り坂になって、徐々に、
木々の間から、
日の光を照り返した静かな湖面が、
姿を現しました。

 

プロジェクト512日目。
――――――――――――――――――――――――――――
2019/12/3 512日目
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
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駅前の駐車場に
健太郎さんは車を停めていました。
僕はその助手席に乗り込みました。

最初に向ったのは、
角館方面でした。
天気はよく晴れていて、
初夏の陽射しは眩しく、
田園風景がどこまでも続いています。

「どうしてたの?元気だった?」
ハンドルを握りながら、健太郎さんは、
やはりあの頃と変わらない
あけすけない感じで口にしました。
「まあぼちぼちですかねえ」
僕はふと彼の横顔を見て、
一緒に過ごしたといっても、
それは僕が16歳の、
数ヶ月のことだけだったんだと思っていました。
「ボクシングは?続けてたの?」
「ああ、」
僕は自分がそんなことしていたのも、
日常的には思い出したりしませんから、
少し驚いて、
「大学2年までやってました、
目が悪くなっちゃって、」
「へえ結構続けたんだね、
あん時16だろ、」
僕は指を折ってみて、
「5年か6年くらいですかね、
あんま上達しなかったですけど」

ちょっと間、
右折でハンドルを切りながら、
健太郎さんは、

「大学行ったんだねちゃんと」
僕が大学まで
ボクシングを続けたと話したからです。
「まあ、一応ですね、
健太郎さんは、」
僕が言いかけると、
「俺は行かないよ、あのまんま、」

あのまま、とは、
あの、食堂で別れたあの日のまま、
はるか遠いことのように思えました。

「秋田帰ってきて、最初のうちさ、
親に借金しちゃったからね、
予備校の学費とか、
それ返すのでアルバイトしてたよ、
でそのまま、今んとこに就職して」
健太郎さんは、
地元の建設関係の会社に就職し、
今は営業マンだそうです。

「受験大変だったろう?」
彼は僕に聞き返します。
「それなり大変でしたけどね、
今はそうも思ってないですが、」
「あそこでやったの?」
あそことは、
販売所で奨学生って意味です。
僕は少し笑って、
「まさかあ、
新聞配りながらってことですよね?」
「そうだよ、あのまんまあそこで」
「まさか…、」
僕は窓を開けて、
風を受けながら、
「俺も、すぐにやめちゃいましたから、」
「そうなの?」
健太郎さんは少し驚いて、
運転しながらちらっとこちらを見ました。
僕は頷きながら、
「1年とちょっとして、やめました、」
「大変だもんな…、新聞」
「そうですね、」
「今じゃあんまさ、はやんないらしいよ」
「新聞配達ですか、」
「いや、つうか、ああいう奨学生みたいなの」

秋田の市街を抜け、
川沿いの道が続いています。
国道をそれると、
道幅の狭い山道にさしかかりました。

「話すこと、いっぱいありますね、」
僕がそう言うと、
「そうだなあ、ありすぎんでしょ」
健太郎さんは
乾いた声で笑っていました。

 

プロジェクト511日目。

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2019/12/2  511日目
■kindle 本日0冊 累計75冊 達成率0.71% 
■文学賞公募作品の執筆状況 1作目半分くらい ※まだ賞は未定
■kindleアップのため『桜の闇』を推敲中
 158ページ中50ページくらい了
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html

秋田駅に着く時間は、
すでに健太郎さんに
伝えてありました。

改札を出ると、
なまはげや秋田犬ハチ公をモチーフにした
オブジェが並んでいます。
その間に突っ立っていた
1人の男に、すぐ目がとまります。
不思議なくらい自然に、
それが健太郎さんだとわかりました。
彼は20年前と変わらない、
少し寂しそうな、
皮肉っぽい笑みを浮かべていました。

それは互いに感じた時間に対する

照れだったと思うのですが、

僕はとても懐かしく感じました。


「よおっひさしぶり」
乾いた声でした。
「スーツだからびっくりしたあ」
声の調子も
以前と全然変わっていません。
「ああ、昨日まで仕事だったから、
そのまま…、」
僕は少し照れながら言いました。

健太郎さんは、
Tシャツにジーンズで、
顔つきは、
すぐにあの頃を思い出せるほど、
変わっていませんでした。
20歳だった彼の表情に、
薄く皺をなぞっていった感じです。
僕は背丈が同じくらいの
彼の顔を覗き込むようにして、
「全然変わってませんね」
「そんなことないだろお、
さすがに20年だろ、
花村くんこそ変わってないよ」
僕も思わず笑って、
「いくらなんでも変わりましたよ、
高校生でしたから」
「いやあ、大きくなった」
確かに、あの頃は、
彼より頭半分くらい

小さかった気もしますが、
「大きく、ですか、

なんかそれ変ですね」
「高校生だもんな、
お互いいいおっさんになったなあ」

20年は、
今40歳を越えた僕にとっては、
それはそれで
長い時間に思えます。
主観としては、
人生の半分になりますが、
世の中は、
それなりに変わった実感があるからです。
僕はそれを、
健太郎さんがスマホを
取り出してみているのを見て、
あの頃は、
携帯電話だってまだあまりなくて、
そんなことに、ふと思ったものです。

しかし、
写真が色褪せるようには、
記憶は耐蝕することはなくて、
奨学生だった彼が、
食堂で最後を打ち明けたあの一幕は、
僕の中で、
鮮明に再現されていました。

健太郎さんは、
車を停めてあるから、
行きたいとこ行こうか、
と言いました。

 

プロジェクト510日目。

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2019/12/1  510日目
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
https://ameblo.jp/levelbooks/entry-12445434453.html

僕が16だった当時、
配達所で奨学生をしていた健太郎さん、
彼は2浪目で上京し、
早稲田を目指していました。
ところが、
わずか5ヶ月の苦学生生活のあと、
なかば逃げるようにして、
秋田へと帰っていきました。

あれから、20年あまりが経過して、
僕は彼に再会します。

話が飛んでしまいますが、
30代後半になった時間へと
少し進んでみます。

彼とSNSサイトで旧交をとった僕は、
その年の初夏の頃、
山形県に出張していました。
庄内地方です。
社会人になった自分については、
また後に書くとして、
この時、
ふとグーグルマップを見た僕は、
ここからだと、案外秋田県が近いな、
と思ったのです。
金曜でした。
このまま東京へ帰ってもよかったのですが、
思い立って、羽越本線を北上して、
秋田に向うことにしたのです。

健太郎さんに連絡を入れてみます。
まあ、会えたらいいなくらいで、
だめなら、1人で秋田観光をしようと
思っていたんですが、
彼は驚きながら、
土曜日はあけておくからと、
すぐに返信がありました。

金曜の夜は、酒田に泊まり、
翌日の朝早くから、
日本海沿いに続く
羽越本線の列車に乗り込みました。

列車はがらんと空いていて、
車窓からは、
広い田園風景が
延々と続いています。
僕は窓に頬杖をついて、
時折うとうとしながら、
あの頃のことを考えていました。

健太郎さんは、
四角張った顔をして、
こわごわしたくせっ毛で、
当時の僕より少しだけ背が高く、
しかし、顔つきははっきりとは、
脳裏で再生されません。

最後にときわ食堂で別れた時、
グラスのビール片手に、
わけ知り顔で
僕に何か語っていました。
あの頃は、
はるかに大人っぽくて、
世の中を知っている人だな、
なんて思っていましたが、
今の僕は、
その彼よりも
はるかに年齢を重ねました。

どんな会話をするんだろう、
そんなことを考えながら、
また、うとうととして、
線路の軋む
心地よい揺れに身を任せていました。

 

プロジェクト509日目。

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2019/11/30  509日目
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『僕を知らない君へ』オープニング 1日目
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