ご訪問くださいまして、
有り難うございます(^^)
今回で4回目になりますが、
五木寛之さんのロングセラー、
大河の一滴
で印象に残ったところを、
紹介しています。
今回は、
私が若い頃は、
なかなか受け入れられなかったところ、
(今はだいぶ受け入れられるようになりました)
を紹介します(^^;
「人間はただ生きているというだけですごいのだ」
というところです。
私は人間の価値というものを、
これまでのように、
その人間が人と生まれて努力したり
がんばったりして
どれだけのことを成し遂げたか―
そういう足し算、引き算をして、
その人間たちに成功した人生、
ほどほどの人生、
あるいは失敗した駄目な生涯、
というふうに、
区分けをすることに疑問を持つようになりました。
う~ん、
私は、2~30代のころまでは、
このような考え方は、
怠惰を正当化して、努力や向上心を奪ってしまう、
いわゆる
「なまけもの」
の考え方だと思っていました(^^;
やっぱり、努力して、
功成り名を遂げるのは、
価値があるのではないか、と。
たしかに人間にとって、
愛と正義と勇気と努力をもって
世のため人のために尽くし、
そして名誉や富や社会的地位を得たり、
あるいは科学上の大きな発明を成し遂げたり、
大冒険を成功させたりする、
そして世の中から拍手で
ヒーローとして迎えられるというのも
すばらしいことではありますが、
さして人間の価値とは関係がないのではないか、
と、たいへん乱暴なことを
少しずつ考えるようになってきたのです。
そうですね・・・
たしかに、
「世のため人のため」
に尽くすのは、
すばらしいことだと、
今でも思います。
たとえば、
稲盛和夫さんの本を読むと、
感化されますし、憧れの気持ちも湧いてきます。
私も、自分の仕事を通じて、
少しでも、
「世のため人のため」
に尽くしたいと思っています。
自分自身の成長のためにも。
しかし、
そのような
「世のため人のために尽くすこと」
ばかりが、
価値のあることではない、
と近年、考えるようになりました。
世の中、そんなに単純ではない。
人それぞれ、役割があり、
それぞれの価値観で生きている。
テレビで、
「家ついて行ってイイですか」
という番組を何度か観て感じたのですが、
人それぞれ、
ほんと
「人生いろいろ」
だなあと。
人生にちょっぴり後悔している人、
子どもに対して負い目がある人、
マニアックな趣味をもっている人、
夢をあきらめきれずにいる人、
・・・
いわゆる、
社会通念としての成功者は、
あまり登場しないのですが、
「人生いろいろ」の中で、
自分なりの人生を、懸命に生きている。
本人が幸せを感じているかは分かりませんが、
でも、何だか、とても愛おしさを感じます。
「人生いろいろあってもいいんだな」
と思えます。
最近では、
人間の値打ちというものは、
生きている―
この世に生まれて、
とにかく生きつづけ、
今日まで生きている、
そのことにまずあるのであって、
生きている人間が何事を成し遂げてきたか、
という人生の収支決算は、
それはそれで、
二番目くらいに大事に考えていいのではなかろうか、
と思うようになりました。
生きていることだけでも、
いかに大切かの例として、
一本のライ麦の根の長さの話が
紹介されています。
根の長さの総量、総延長数は、
なんと、
1万1千二百キロメートルにもなるんですね!
(シベリア鉄道の1.5倍)
命をささえるのは、
それだけ大変な営みなんですね。
一本のライ麦でさえ、
そうなのですから、
ましてや、一人の人間が生きるということは、
どれほど地球にささえられているか、
そして、何より、
自分の命がどれだけ頑張っているか。
私たち、皆、同じですよね。
日本メンタルファウンデーション・コーチ協会
代表理事の野口嘉則先生から学んだ、
コーチ、カウンセラーとして、
共感力を高めるためのエクササイズがあります。
「この人も私と同じだ。幸せでありたいと願っているんだ」
「この人も私と同じだ。苦痛を避けたいと願っているんだ」
「この人も私と同じだ。人生を通じて学んでいるんだ」
毎日5人以上の他人に対して
心の中でつぶやくというものです。
おすすめします!
是非、やってみてください。
私も、
このような学びを通じて、
人を裁いたり、批判したりする気持ちが、
だいぶ薄れてきたという実感があります。
そうなると、
何より、自分自身が、生きやすくなってきます(^^;
次回に続きます。
今回もお読みくださいまして、
有り難うございました(^^)