ご訪問くださいまして、
有り難うございます。
れっつごうです(^^)
皆さま、
前向きに生きることに、
疲れることってありますか?
私は、やっぱり、
あります(^.^;
ということで、
今回は、
禅宗(曹洞宗)の、
南直哉(みなみ じきさい)
さんの本、
(今回は、キンドルで
読ませていただきました)
を読んで、
印象に残ったところを、
皆さまとシェアさせて
いただければと思います(^^)
南直哉さんは、
永平寺で修行されたのち、
青森県恐山菩提寺院代(住職代理)
を務められているお方です。
私は、仏教関係の本は
好きでよく読むのですが、
南直哉さんの本を読むのは、
初めてでした(^^;
読んでみての感想は・・・
そうですね~、
なかなか、
手厳しいところもありますが、
けっこう、
現実を直視されているというか、
きれいごとではなく、
ほんとうのことを
おっしゃっている、
とても誠実な方だという印象です。
(少し五木寛之さんの思想に
近いような気もします)
目次を見ても、
いわゆる一般論とは、
ちょっと違う感じです(^^;
一部を抜粋しますと、
・「生きる意味」
は見つけなくてもいい
・「置かれた場所」
で咲けなくていい
・「夢」や「希望」
がなくても人は生きていける
・「生きがい」や「やりがい」
をつくる必要はまったくない
「ええっ、そうなの?」
という感じですが、
本書を読むと、
「たしかに
そうかもしれないな・・・」
と思えてくる
説得力があります(^^;
「はじめに」
には、
こんなことが書かれています。
この本は、
今まで会ってきた方たちとの
対話の中で感じたことや、
日頃私が僧侶として
考えてきたことを
お話ししていきます。
仏教そのものを学ぶ本では
ありません。
仏教というツールを使って、
こだわりや執着から起こる
苦しみの正体を知り、
その取り扱い方を
身につける本だと
思ってください。
仏教という
「ツール」を使うという
発想ですね(^^)
もし今、
あなたの中に
重苦しい気持ちがあるのなら、
その思いをなくしたいと
願ってもむずかしいでしょう。
「ないほうがいい」
とわかっているのに
持ち続けているのは、
そもそも
捨てられるものではない
ということですから。
ただ、
苦しみをなくすことは
できなくても、
悩みや問題を
解きほぐしていくことは
できます。
もっと言えば、
「つらくても大丈夫」
と思える生き方を
することはできます。
苦しみを、
なくすことはできないが、
解きほぐすことはできる。
「つらくても大丈夫」
と思える生き方を
することはできる・・・
そんな生き方、
したいです(^^;
もちろん、日々幸せに
生きられるのなら、
それに越したことは
ありません。
実際、
生きるのに
さほど四苦八苦せず、
人生を謳歌している人も
たくさんいます。
それはそれで、
大変けっこうなことです。
仏教の出る幕はありません。
むしろ、私は
そんな方たち
ばかりになって、
仏教など
なくなったほうがいいと
思っているくらいです。
しかし、
もしあなたが
今の状況を変えたいと
感じているのなら、
仏教というツールを
試すのも悪くないはずです。
この発想、
私は好きです(^^)
たしかに、
悩みもなく、
日々幸せに生きられるのなら、
それに越したことはない。
皆がそうなって、
仏教の出る幕など、
なくなったほうがいい。
私もそう思います。
しかし、
現実はなかなか
そうはならない。
だとしたら、
仏教というツールを
試してみる価値があるのでは、
ということですね。
で、内容の紹介に入りますが、
こんな印象的な話があります。
以前、 ある中学校に
講師として招かれまし た。
司会をしていた教師に、
「これから、
ためになるお話を
していただけます」
と紹介されたので、
「そんな話は、
私にはできませんが・・・」
と断って、
こう切り出しました。
「私は60歳前の
おじさんですから、
みなさんの気持ちは
少しも分かりません。
これからする話が
ためになるかはわからないが、
私にも中学生だった
時代があります。
当時のことを
思い出しながら話すので、
自分の役に立つと
思ってくれたことだけを
覚えていてくれれば
十分です」
それから話したことを
かいつまんで言うと、
次のようなものです。
どんな話でしょうか?
ほかの大人は
君たちに
夢や希望を持てと
言うかもしれない。
もちろん、
夢や希望どおりに
生きられた人間は、
けっこうな人生を
送れたのだから
すばらしい。
拍手を送ろう。
しかし、
私が今まで生きて
わかったことがある。
それは、
人生では
夢が叶わなかったり、
希望どおりにいかなかったり
することのほうが
ずっと多いということだ。
現実では、
ほとんどの人間は
夢破れる。
でも、心配するな。
夢が破れても
人は生きていくことができる。
そのほうが
もっと大事なことだ。
その証拠に
まわりを見てみるといい。
先生や君たちの親が、
子どもの頃の夢を叶えて、
理想の人生を
生きているか?
畑仕事したり、
公園のベンチに座っている
おじいちゃんや
おばあちゃんに、
いまさら
夢や希望が要ると思うか?
そんなものを
叶えていなくても、
みんな十分元気で
いるのだろう。
だから、
夢や希望なんて
持たなくても大丈夫。
なんの問題もないから、
安心していいのだ。
そうですね・・・
私、中学生のころは、
「夢」といわれても、
ピンとこなかった記憶が
あります(^^;
受験が近くなってから、
何となく、
「勉強やらねば・・・」
と思った程度でして。
(成績もトップクラスでは
ありませんでしたし(^^;)
ちなみに、
たしか、小学校卒業の頃だったか、
将来なりたい職業を、私、
「弁護士か秘書か政治家」
と書いた記憶があります(^^;
我ながら、
嫌なガキですね(苦笑)
どんな仕事かも、よくわからずに、
ただ、偉そうだとか、
尊敬されそうだからといった、
浅はかな理由で書いた記憶が・・・
ああ、恥ずかしい(^^;
で、話は戻りますが、
もちろん、
「夢」を持って、
それに向かって努力するに
越したことはありませんが、
無理矢理、
「夢」を持とうとしたり、
「夢」がないからといって、
焦る必要はないということですね。
未来ある中学生に、
身もフタもないことを
言っていると
思うかもしれません。
しかし、
彼らは明らかに
話に食いついてきました。
つまり、
リアルな話だったのです。
中学生も、
意外と、きれいごとではない、
人生のリアルを見抜いているのかも
しれません(^^;
(中略)
私が本当に
偉いと思うのは、
夢や希望を叶えて
生きる人では
ありません。
夢に破れても
生きていく人です。
「この目標を叶えたい」
という願いが
叶わなくても、
しぶとく生きていく
人です。
「しぶとく生きていく」
いいですね・・・
世の中は、
思い通りにならないことが多い。
だからこそ、
たまに、思いが叶ったときには、
喜びを感じられるわけですが、
それにしても、
思いどりにならないことのほうが
はるかに多いというのが
実感です。
その中でも、
「しぶとく生きていく」
大切にしたいです・・・
-------------------------------------------------
・・・次回に続きますね(^^;
今回も、
最後までお読みくださいまして、
有り難うございました😊











